繊細でしなやかで…素敵な方。優しさがあふれ出している。

「黙れ」「売名か」「おまえは音楽のことだけやってろ」って。でも、そんな風潮は危険ですよ。だから、僕は言い続けるしかない。「同じ口で語ろう」「おれの歌を止めるな」と。

 

 

【特別インタビュー】松尾潔(前編)

 日刊ゲンダイで「松尾潔のメロウな木曜日」を連載中の音楽プロデューサー松尾潔氏が、連載をまとめた新刊「おれの歌を止めるな ジャニーズ問題とエンターテインメントの未来」(講談社)を上梓、話題を集めている。そこで、著者である松尾氏に刊行に寄せる思い、連載に至った経緯などなど、話を聞いてみた。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 ──新刊「おれの歌を止めるな」が刊行から1カ月以上が経ちました。

松尾 多くの方に読んでいただけているようでありがたいです。中には「1冊まるまるジャニーズの話が書いてある」と勘違いしている人もいるんだけど、それは違います。中心に据えた日刊ゲンダイの連載には、映画評や書評などの肩の凝らないコラムも多いですからね。一方、ラジオでの発言を書き起こした章や新たに書き下ろした章では、性加害問題に向き合いました。

 ──「おれの歌を止めるな」というタイトルのインパクトが何より大きいように思いますが、タイトル案は30個以上あったとか?

松尾 「沈黙の大国」とかありましたけど、「音楽プロデューサーが書いた本だって伝わらない」って突っ込まれてボツ(笑)。

ラブソングと同じ口でプロテストソングを

 

 ──それも興味深いタイトルではあります。

松尾 日本には寡黙を良しとする風潮が長くはびこっていますよね。「男は黙ってサッポロビール」っていうコピーもはやったし、「以心伝心」とか「言うほど野暮じゃない」とか、結構あります。寡黙の良さもわかるけど、以前からそういった言葉の多くが、この国を覆う忖度の空気をつくっている気がするんです。

 ──それで「おれの歌を止めるな」が残った。「政治の話をした口でラブソングを歌おう」という松尾さんなりの決意表明とも取れます。

松尾 僕は20代の頃から音楽ライターとして、黒人ミュージシャンを中心に取材をしてきたんだけど、彼ら自身がそうでした。マービン・ゲイもビヨンセも、みんなベッドルームで聴くラブソングも歌えば、同じ口でホワイトハウスに向けてのプロテストソングも歌う。そのことが常に頭の中にあって。

 ──そもそも、日刊ゲンダイで連載を始めるきっかけは何だったんでしょう?

松尾 3年前に「東京五輪2020」についてコメントを寄せたことにさかのぼります。22年前の「日韓Wカップ」のとき公式ソングを作ったりもしたので、その経験も踏まえて「音楽と国際的なスポーツの祭典と政治はすべて地続きである」みたいな話をしたんです。

 ──音楽の政治利用ですね。

松尾 事実、ナチスも音楽を大いに政治利用しましたから「常に緊張感を持っている」といった話をしました。すると、その翌年に日刊ゲンダイさんからお声がけをいただいて、忘れもしない2022年7月7日、所属していた音楽事務所スマイルカンパニーの会議室で担当の方に「連載をやりませんか」と。つまり、この本はスマイルカンパニーから始まった本になる(笑)。

 

「松尾潔は共産党」という書き込みに

 

 ──その、まさか1年後に、日刊ゲンダイ紙上で「スマイルカンパニー契約解除全真相」を明かすことになろうとは。

松尾 自分でもビックリですよ。人生なんて一瞬にしてパッと変わっちゃう(苦笑)。

 ──では、日刊ゲンダイについて、それまでどういう印象を抱いていましたか?

松尾 割合、好印象を持っていました。イデオロギー的に肌合いが近いのもそうだけど、やっぱり五木寛之さんですね。連載「流されゆく日々」を長くおやりになっている。五木さんと僕は同郷にして同窓。五木さんも小説家になる前はクラウンレコード専属作詞家だったという経歴をお持ちなので、一方的に親近感をおぼえて若き頃から今に至るまでお慕いしていましたね。以前、由紀さおりさんに「松尾さんといると五木寛之さんのお若い頃を思い出すわねえ」なんて言われて、つい調子に乗ったりもして(笑)。

 ──それで、2022年9月からの連載が決まるわけですが、2カ月前の7月8日、安倍晋三元首相の銃撃事件が起きます。

松尾 なんと、連載依頼を受けた翌日にね。そこで「第0回」という感じで緊急寄稿したんです。それもあって、政治を語っている印象が強いのかもしれない(苦笑)。

 ──昨今、よく見かけるのは「松尾潔は共産党」という書き込みです。

松尾 ネット空間で絡んでくる人って、党派性やイデオロギーを絡めて攻撃してくる。この本にも登場する自民の石破茂さんや立憲民主の小川淳也さんとの交流には目もくれず、選挙期間中に一度街宣を見に行っただけで、共産党の山添拓さんと親密であるかのように延々と拡散させるでしょう。僕は共産党に限らず、どこかの党員であったり、固定の支持者だったことは一度もない。にもかかわらずです。

 ──小泉今日子さんも「キョンキョンは共産党」とか「正真正銘“真っ赤な女の子”になった」って叩かれたりしていました。

松尾 絡んでくる人にとって最も都合が悪いのは、僕が共産党員じゃないという事実なんです。つまり、彼らこそ党派性を求めているわけで、奇妙な現象だと思う。そう言うと「こいつは、そんな手あかの付いたことを言ってやがる」ってまた匿名の人から叩かれる。「筋金入りの匿名」っているんですね(笑)。

 

 

特別インタビュー

松尾潔(後編)「お前は音楽のことだけやってろ」って風潮は危険です

 
 
■ジャニーズ問題の本質は人権問題

 ──「メロウな木曜日」の連載が始まって1年半、音楽業界からの反応はどうでしたか?

松尾 残念ながら、現役の音楽業界人は、さほど話題にしていませんでした。その半面、2人きりになったときに「チェックしています」って言う人もいたり「応援してます」って急にお歳暮を贈ってきた人もいた(笑)。

 ──わかりやすいですね。
 
松尾 でしょう(笑)。ただ、何度も言っていますが、僕の場合、批判ではなくて提言なんでね。そこを踏み越えてはいないつもり。

 ──それでも、面識のある人を取り上げるのは、なかなか出来ないように思うんですが。

松尾 うーん……でも、僕の考えうる本当の人付き合いってそっちなんでね。それに、香川照之さんにしろ、藤島ジュリー景子さんにしろ、プライベートの空間における発言を書いたわけではなくて、彼らがメディアを通して発言したことへの言及ですから。

 ──ちなみに、連載が世間の耳目を一斉に集めたのが、ジャニーズ問題に端を発した「スマイルカンパニー契約解除全真相」でした。

松尾 最初にまず言っておかなければならないのは、ジャニーズ問題の本質は人権の問題であること。子供の人権を著しく脅かす問題として「被害に遭う子供たちを再生産しなくていい社会」「今の子供たちに未来への無力感を与えないように」という提言をしたかった。

 ──とはいえ、「よく踏み込んだなあ」と驚いた人も多かったと思います。

松尾 だって、そういう提言をするときに「この分野はタブーです」って言って逃げるのはナンセンスでしょう。例えば「私は眼科医なので、この視力の低下は明らかに食生活の劣化から来ているのはわかります。でも、それについては専門外なんで言いません」って言う医者に身を委ねたくはないもの(笑)。

 ──アハハ。

松尾 この頃、旧ツイッターで契約解除について投稿したら3000万以上の閲覧がありました。手ごたえや高揚感もあったけど、芸能記者に追っかけ回されたりしたこともあって「メロウな木曜日」で書くことに決めたんです。
 
 
「正義より生理」
 
 
 ──夕刊紙の歴史に残る、2023年7月6日、見開きでの拡大版となりました。

松尾 拡大版にも程がある(笑)。あのとき、筆を進めているときは無私、静かな心境でした。あれが大きく載って、一生分の誹謗中傷は受けたかもしれない。でも、賛同して下さる方も大勢いた。「世間は捨てたもんじゃないな」と思いましたね。

 ──このときの気分を解析すると、後押ししたのは正義感ということになりますか?

松尾 うーん、ちょっと違います。言うなれば「正義より生理」。例えば、人間誰しも眠くて仕方のないときってあるでしょう。そのときに耳元で「ねえねえ、政治の話をしようよ」って言われても「後で……」って言って寝ちゃいますよね。それで眠ったとして、蚊が「プーン」って飛んできたらどうします? 「バシッ」と叩き殺すでしょう。それが生理です。いくら眠くても生理が勝つんですよ。

 ──ああ、わかりやすい。

松尾 僕にとって旧ジャニーズの問題はまさに生理的に看過出来なかった。同時に2023年に起こった問題はいずれも同根に映ります。自民党の裏金と派閥の問題もそう。「これからは派閥という言い方はやめて『政策研究会』と呼ぶことにします」って、これって、旧ジャニーズが「SMILE-UP.」に改名したときの理屈と一緒じゃないですか。

 ──師走に入って松本人志の問題も飛び込んできました。

松尾 あれもね、若い芸人が松本人志の好きそうな女性を連れてくるって、パワハラが生まれる構図として一緒だもの。構図が似ているというのは、この国全体が体質改善していかない限り、同じことを繰り返すわけで。

 ──ただし、問題を論じる上で、専門分野ではないものも含まれると思います。それについてはどうお考えですか?

松尾 僕は音楽について言うと、参考資料がなくても、立て板に水でブアーッと語れます。でも、政治や社会については、つっかえつっかえ、「間違えてないか」って慎重になりながら。でも、それでいいじゃないですか。

 ──そのことを攻撃する人もいますよね。

松尾 「黙れ」「売名か」「おまえは音楽のことだけやってろ」って。でも、そんな風潮は危険ですよ。だから、僕は言い続けるしかない。「同じ口で語ろう」「おれの歌を止めるな」と。 =おわり

(聞き手=細田昌志/ノンフィクション作家)