中村文則さん「国法を守らず、税金を払わない愛国者って、一体何をどんな感じで愛しているんだろうか」

 

 

 遠くの町を歩いていたら、ケーキ屋の前に列ができていた。

 列は気になる。そんなにおいしいのか、と興味を引かれたけど、列は長く、並べないと思った。今、自民党の派閥の裏金問題があるけど、もし裏金を得た議員なら、どうするのだろう。

 秘書か会計責任者を代わりに並ばせ、順番抜かしという不正までするのだろうか。他のお客が仮に警察を呼んでも、何のおとがめもない。行為が発覚したら、会計責任者が勝手に並んだ、自分は知らなかったと言い、会計責任者も、派閥から、列は順番を抜かしてもいいと言われたので従った、悪いことじゃないと思った、と言うのかもしれない。

 僕は列を横目に、自分の用事を済ます。でも帰り道、その列が消えていた。店内にお客はいるが、今なら入れる。

 これもまた列の不思議なところで、誰かが並んでいた場所が空くと、チャンスに感じてしまう。店に入り、しかし驚く。一番安いケーキが800円もする。

 しかも、とても小さい。場所代、物価高、さらに素材にこだわれば、この値段になるのかもしれない。久しぶりにケーキを買うけど、ここまで値上がりしてるとは。800円は、僕の大半の文庫本より高い。どうするか。こういう時、作家になる前、フリーターだった頃のことを思い出す。

 預金が1000円を切ると、ATMでは下ろせなくなる。バイトの給料日まで数日あり、財布には数百円しかない状況は何度もあった。だから預金の全ての数百円を下ろすため、通帳と印鑑を持ちよく銀行に行った。

 これが何とも、恥ずかしかった。全財産を下ろすから「解約ですか?」と聞かれたこともある。恥ずかしく、代わりに何か格好いいことを言おうとし「いや、ゼロという数字を見たくなって」と意味のわかないことを口走った。何か、哲学的な習慣と思ってもらえたかもしれない。

 その当時を思えば、このケーキであの時の全財産が消える。でもせっかく入ったし、一つ購入して家で食べて驚く。ものすごくおいしい。

 量は少ないけどその分濃厚で、糖分が脳を刺激したからか、絶妙な小説のアイデアまで浮かぶ。すごい。さすが800円のケーキである。やはり800円は違う、と思いながら新聞を開き、自民党の二階元幹事長が在任中の5年間に党から約50億円の「政策活動費」を得ていたのを知り、食べていたケーキを噴き出しそうになった。政党には政党助成金が入るから、原資には税金も入っている。しかもこのお金は何に使ったか公表する義務がなく、使い切れば税金も払わなくていいという。

 確定申告の時期である。今、くしゃくしゃになったそのケーキの880円(消費税が加算された!)のレシートがある。僕が税務署に「この糖分で脳が刺激されて、いい小説のアイデアが浮かんだんです。だからこれは経費でしょう?」と言っても却下されるだろう。