生活保護の「水際作戦」の背景には偏見 国はマイナンバー並みの熱意で「正しい理解」の普及に努めるべき

 
国民の権利なんですから!生活保護を利用するのはワンステップするために必要不可欠な制度。何も物怖じすることはない。
 
 
<砂上の安全網 ④>

 桐生市による生活保護制度の不適切な運用をめぐっては、同制度が憲法に基づいた国民の権利であるという根幹部分への無理解が浮き彫りとなった。生活困窮者支援の活動に取り組むかたわら、フリーライターとして精力的に生活保護をめぐる問題の取材を続けている小林美穂子さん(55)=前橋市出身=に、一連の問題の背景などについて聞いた。
 
◆「自分たちがルール」と言わんばかりの運用は憲法無視
 -生活保護費を「1日1000円」に分割した上、決定額を満額支給しなかったり、持ち主が分からない印鑑を職員が書類に無断押印したりするなど、桐生市で明らかになったさまざまな問題点をどう考えますか。

 「多くの自治体へ生活保護の申請に同行した経験を踏まえても、桐生市の対応は突出しておかしなことばかりです。憲法や生活保護法を無視して『自分たちがルールだ』と言わんばかりの運用がされていたことに驚きました」

◆人員不足で「申請を受け付けない」力学が働く
 -桐生市の例は典型ですが、生活保護を求める人を窓口で拒んで申請させない「水際作戦」は、なお後を絶ちません。なぜでしょうか。

 「まず、生活保護の実務を担当するケースワーカーが慢性的な人員不足で、過重労働に陥っていることが挙げられます。厚生労働省はケースワーカー1人当たりの受け持ち目安を80世帯としていますが、実際には100世帯を超えることも珍しくありません」

 -生活保護制度が複雑なことも、職員の負担を重くしていますか。
 「その通りで、処理しなければいけない書類が非常に多く、心理的、身体的な負担を軽くするため、申請を受け付けないようにするという力学が働きます。職員の増員が必要です。多忙ゆえに制度や人権に関する研修が不十分で、十分な知識を蓄積できない問題もあります。制度利用の要件を満たしている人のうち利用している方は現状で2割程度です。必要な人にすべて行き渡らなくては制度の意味がありません」

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◆国会議員によるバッシングが偏見を助長した
 -生活保護制度には「楽をしてお金をもらっている」といった誤解や偏見が根強くあります。なぜでしょうか。

 「以前から『働かざる者食うべからず』といったスティグマ(他者が押し付ける負のイメージ)はありましたが、2012年ごろに一部の国会議員が制度利用者に対して激しいバッシングを行い、より助長されたように思います。群馬県のように保守的な地方ほど、その傾向は強いと感じています」

 -制度の改善にはどのような施策が必要でしょうか。

 「短期的には、国がマイナンバーカードの普及宣伝と同じぐらいのエネルギーを注ぎ、生活保護制度に人びとが正しい理解を得るよう努めてほしいと思います」

 「中長期的には、現在は生活扶助や医療扶助などが全てパッケージになっていますが、個人の事情に応じ、例えば住宅が必要な人には住宅扶助だけを実施する『単給』を導入し、より利用しやすくすることが必要だと考えます。負のイメージが定着してしまった生活保護という名称も変えていく必要があるでしょう。市民のスティグマ解消や人権意識の底上げも必須です」

小林美穂子(こばやし・みほこ) 前橋市出身。幼少期をインドネシアやケニアで過ごし、成人後はニュージーランド、マレーシアで働き、帰国後は自動車会社の通訳者となる。2014年から生活困窮者支援団体「つくろい東京ファンド」(東京都中野区)のスタッフを務める。単著に「家なき人のとなりで見る社会」(岩波書店)、共著に「コロナ禍の東京を駆ける」(同)がある。 

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<連載・砂上の安全網>全4回

 生活保護は「最後のセーフティーネット(安全網)」とも呼ばれる。国民の生存権を保障した憲法25条を根拠とする制度だからだ。しかし、桐生市では保護費を1日1000円に分割した上に満額支給しなかったり、受給者から預かった印鑑を無断押印したりするなど、違法性を強く疑われる運用が表面化した。黒田さんの体験から問題点を洗い出す。(この連載は、小松田健一と福岡範行が担当しました)