自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を受け、企業・団体献金の禁止を訴える野党に対し、岸田文雄首相は、企業献金の自由を認めた1970年の最高裁判決を持ち出し、消極的な考えを繰り返している。一方、96年の最高裁判決は、政治献金について「個人の判断で決定すべきだ」として、企業献金に否定的な見解を示したが、首相はこの判決には触れようとしない。(大杉はるか)

 

 

◆首相が根拠にした1970年の論理
 今月初めの衆院本会議で、共産党の志位和夫議長が「経済力のある企業が献金することは金の力で政治をゆがめ、国民の参政権を侵害することになる」とただしたのに対し、岸田文雄首相は「企業は憲法上の政治活動の自由の一環として、政治資金の寄付の自由を有するとの最高裁判決がある」と主張。54年前の八幡製鉄(現日本製鉄)政治献金事件の最高裁判決を持ち出して「論理の飛躍がある」と反発した。
 

 この事件は、八幡製鉄の役員が自民党に350万円を献金したのは事業目的に反するとして、株主が61年に提訴。最高裁は、憲法上、公共の福祉に反しない限り、企業にも政治献金の自由があるとの判断を示した。巨額献金による弊害への対処は「立法政策にまつべきこと」とした。

 

 

 企業献金は金権政治や汚職の温床となり、ロッキード事件やリクルート事件などが国民の政治不信を招いた。非自民政権になった93年、企業献金をあっせんしてきた旧経団連は、政治資金の公的助成や個人献金の定着を前提に「廃止を含めて見直すべきだ」と表明した。94年、政治改革関連法が成立し、企業・団体献金は廃止の流れとなった。
 

◆1996年には個人以外の献金を事実上否定する判決が
 そんな世相の中で出されたのが96年の南九州税理士会事件の最高裁判決だ。政治献金のための会費徴収を求められた税理士会員が、献金は会の目的外と主張した裁判で、最高裁は原告の訴えを認めた。
 

 政治献金は「投票の自由と裏表をなすもの」とした上で「どの政党、候補者を支持するかに密接につながる問題」のため、「個人的な政治的思想、見解、判断にもとづいて決定すべき事柄」と認定した。個人以外による献金を事実上否定する判断が示された。
 

◆「判例変更と解釈するべきだ」
 だが、政党や政党支部への企業・団体献金は温存され、経団連の献金あっせんも再開した。自民党の2022年の収入249億円のうち24億5000万円が企業・団体からの献金だ。税金から支出される160億円の政党交付金との「二重取り」も続く。自民幹部は企業・団体献金の禁止について「企業も社会を構成する一員。政治活動の自由を奪うことは良いことだとは思わない」と語る。
 

 元自治省選挙部長の片木淳弁護士は「南九州税理士会の最高裁判決は、献金は個人に任せるべきだという新しい考えを示した。八幡判決の判例変更と読むべきだ」と指摘。「抜本的な政治改革をしようという時に、50年以上前の古い考えを土台にすること自体がおかしい。企業・団体献金は民主主義、国民主権とは相反する」と語る。
 

 

 企業・団体献金の制限 1994年成立の政治改革関連法は、献金を通じた特定の企業や団体との癒着を防ぐため、政党に公費助成する政党交付金制度を導入。代わりに、政治家個人への企業・団体献金を禁止した。激変緩和のため政党への献金見直しは5年後に先延ばしした。だが、99年の法改正では、政治家の資金管理団体への献金を禁じただけで、政党や政党支部への献金は容認した。また、パーティー券は購入できるため、献金制限の「抜け道」となっている。

 

 

政倫審、安倍派幹部と二階氏の出席で与野党攻防

岸田首相の"圧力"も、当事者反発で調整難航

 

 

通常国会召集から間もなく1カ月、自民党の巨額裏金事件を受けての「政治改革」を巡る与野党攻防は、週明けから最初のヤマ場を迎える。野党側は2024年度予算案を“人質”に「裏金議員」の衆院政治倫理審査会への出席を迫り、岸田文雄首相や自民党執行部も野党要求に応ずるべく党内調整を進める構えだが、当事者の反発もあって難航必至だ。

当面の焦点は、安倍、二階両派(いずれも派閥解散)幹部の政倫審出席問題の行方。野党側は、いわゆる安倍派「5人衆」と二階俊博元幹事長の政倫審出席を「最低目標」とし、自民の「確約」が得られなければ、2024年度政府予算の年度内成立が確定する3月1日までの同予算案の衆院通過を阻止する構え。

これまでの衆院予算委での与野党論戦で、岸田首相は「政倫審出席は国会が決めること」と建前論を繰り返すが、水面下では5人衆や二階氏の政倫審出席応諾に向け“圧力”をかけているとされる。これに対し、5人衆の多くは「(出席の)ルールが決まれば、それを踏まえて対応する」と与野党交渉を見極める構えだが、二階氏は不快感を隠さない。このため、今後の党内調整は「厳しい状況」(自民国対)が続きそうだ。

「条件設定」を求める5人衆、二階氏は不快感
与野党は先週末の16日、衆院での政倫審開催に向け、国会内で幹事懇談会を開いて意見交換した。この幹事懇には自民、公明両党と、立憲民主、日本維新の会、共産の野党3党の幹事らが出席し、野党側は、自民の聞き取り調査の対象となった85人(安倍派79人、二階派6人)のうちの衆院議員51人の政倫審出席と、15日に自民が明らかにした両派議員らに対する聞き取り調査で、匿名にされていた議員名の公表を求めた。

これに対し、自民側は踏み込んだ回答を避け、丹羽秀樹・自民筆頭幹事は「私が開催したいからと言って、開催できるものではない」として今週明け以降に協議を先送りした。

協議後、立憲民主の寺田学・野党筆頭幹事は記者団に「51人全員に来てもらうのが大事」と述べる一方、「(両派の)責任者は必ず出向いて弁明をするべきだ」とも語り、5人衆や二階氏ら両派幹部の出席を重視する考えをにじませた。また与党の公明党幹事も、「対象議員は政倫審を開いて説明責任を果たすべきだ」と野党側に同調する態度を示した。

そもそも、政倫審の開催は、議員自らが弁明を申し出るか、委員の3分の1以上の提案が必要。しかし、衆院政倫審の野党委員は3分の1に達せず、自民議員が申し出るか、与党が提案に加わらないと開催できないのが現状だ。

自民は対象議員の自主的申し出での開催を目指す。しかし、安倍派5人衆らは「拒むものではない」(萩生田光一前政調会長)などと出席拒否はしないものの、明確な条件設定を求めている。また、二階氏の事務所は16日、取材メディアに対し「仮定の質問には回答を控える。法令などにのっとり対応する」と紋切り型の応答に留めた。

さらに、与党側は政倫審の開催時期について、予算案衆院通過を見込む3月初旬後の同月上旬を想定しているが、野党は予算審議を盾にしつつ、衆院通過前の開催を求めているため、週明けからの与野党協議は、「時間との勝負というぎりぎりの攻防」(自民国対)となるのは確実だ。

法的拘束力なく、「議員辞職勧告」はできない政倫審
そもそも、政倫審は衆議院と参議院にそれぞれ設置され、政治倫理の確立のため、議員が「行為規範」その他の法令の規定に著しく違反し、政治的・道義的に責任があると認めるかどうかについて審査し、適当な勧告を行う機関。今回政倫審の開催が決まれば、2009年以来、15年ぶりとなる。

また、現在の衆院政倫審委員は25人で、①その3分の1を超える9人以上の委員からの「申し立て」②疑惑を受けたとする議員本人の「申し出」―のいずれかで審査会が開催される仕組み。ただ、現在25人の委員のうち野党は8人のため、「与党が同調しないと限り開催できない」のが実態だ。

 

しかも、政倫審は、出席議員の釈明などを踏まえてその議員の登院自粛、国会役職辞任などは勧告できるが、法的拘束力はない。加えて、議員辞職勧告はできない決まり。さらに、「審査会は傍聴を許さない」との規定から非公開が原則で、申し出た議員の要望などがあった場合だけ公開となるなど、様々な縛りがある。

歴史を振り返ると、衆院政倫審は1985年に設置されて以降、開催されたのは9回。このうち、議員本人の「申し出」が8回で、委員の「申し立て」は1回だけ。一方で、参院では、政倫審の開催例はない。

これまでの最後の政倫審開催は2006年2月23日に遡る。政治問題にまで発展した耐震強度偽装事件に関し、当時の伊藤公介・自民党議員の「申し出」を受けての開催だった。この審査会はメディアにも公開され、問題があった不動産業者社長と国土交通省の担当課長を引き合わせた伊藤氏が「政治倫理に反していない」などと弁明した。

「申し立て」開催は鳩山氏欠席で“空振り”に
一方、政倫審の「申し立て」での開催は、2009年7月17日に当時の民主党・鳩山由紀夫代表(その後首相に就任)の資金管理団体の政治資金収支報告書に、死亡者などからの献金が記載されていた問題で決められた。しかし鳩山氏本人が欠席し“空振り”に終わった。

そもそも、国会議員に疑惑や問題が生じた際、国会で説明を求める場は「政倫審」以外に「参考人招致」がある。参考人は、質疑者の要求、または理事の協議により、委員会の議決を経て委員長が招致し、出席、答弁を求めるものだが、対象議員への強制力はない。

 

これに対し、強制力を持つのが「証人喚問」だ。憲法の定める国政調査権と議院証言法に基づき、国会として対象議員を証人として呼ぶもので、虚偽の証言や、正当な理由のない出席拒否は、偽証罪・出頭拒否罪など刑罰の対象となる。

今回の裏金事件では、野党側が「原則非公開の政倫審なら自民側にもハードルが低く応じやすい」(立憲民主)との判断から早期開催を求めている。ただ野党側の司令塔の安住淳・立憲民主国対委員長も「政倫審は事件解明の第1歩」としており「徐々にハードルを上げて、最後は証人喚問まで徹底してやらせていただきたい」と徹底追及の姿勢を示しているため、自民側も身構えているのが実態だ。

支持率最低更新で追い詰められる自民だが…
そうした中、先週末から週明けにかけて一斉に実施、公表された各メディアの世論調査の多くで、内閣支持率と自民の政党支持率が過去最低を記録した。裏金事件への国民の激しい怒りが反映された数値とされ、岸田首相ら自民執行部は「ますます追い詰められている」(自民幹部)のが実情。

その一方で、今回の政倫審開催問題への対応が「岸田首相による衆院解散断行の可否や、9月の総裁選をにらんでの自民内の権力闘争の材料になりつつある」(自民長老)との見方も出始めており、週明けに始まった与野党攻防は「権謀術数が渦巻く複雑な構図」(同)となることは避けられそうもない。

泉 宏 政治ジャーナリスト