今回は松本人志氏の論争について、「週刊誌側」から意見を述べてみました。最後に『週刊文春』の後輩のみなさん、心の傷に立ち向かおうとしている女性たちを、全力で応援してあげてください。

 

 

 

終わらない「松本vs文春」論争

「週刊誌の書き得」は本当なのか?

 

 連日、松本人志氏と『週刊文春』をめぐる報道について色々な議論が出ています。文春2月8日発売号では、松本氏が性加害を行った疑惑について第6弾の記事が掲載されるなど、事態収拾の気配は見えません。
 そんな中、文藝春秋在籍中、週刊誌に何らかの形で関わり続けてきた私には、間違いだらけの議論が横行しているように思えます。

 私は、この問題を取り上げた以前の記事で、テレビにコメンテーターとして登場する弁護士が名誉棄損裁判に詳しくないという現状について書きました。以降、テレビに登場する弁護士には少しは現場を知っている人が多くなり、裁判で松本氏が相当不利であると認識する方向に、報道も変わってきました。

 しかし一方で、「これは週刊誌の『書き得』だ」「書いた記者の顔と実名を出せ」「賠償額を高額化せよ」といった意見が出るようになりました。これらについても、世間の人々が実情を知った上で、きちんとした議論が行われるべきだと思います。そこで、私の知っている「文春側」の事情を踏まえながら、改めて松本人志氏に関する論争について持論を述べたいと思います。

 まず、『週刊文春』の後輩に意見したいと思います。それは、松本氏の性加害を初めて報じた特集記事が掲載された「新年特大号」が完売したときの竹田聖編集長のコメントです。

「今回の完売、本当に嬉しく思います。ご愛読、誠にありがとうございます。紙の雑誌よりもスマホで情報を得るのが益々当たり前となっている昨今ですが、それでも、『スクープの力』は実に大きいのだと改めて実感しています」(以下略)」

 竹田編集長はかつて私の部下だったこともあり、誠実で有能な後輩です。しかし、「自分が現役編集長でも、たぶん同じようなコメントを出したのではないか」と思うことを断った上で言わせてもらうと、時代の空気を考えれば、こうコメントするべきだったと思います。

「ジャニーズ問題以来、この国でもようやく性加害に厳しい視線が投げかけられるようになりました。今回、勇気を奮って証言してくれ、そして裁判でも証言台に立つと意を決してくれた女性に対する共感・応援が、みなさんに雑誌を買っていただいた理由だと考えています。編集部一同、権力を背景とする理不尽な行いを今後も追及していきたいと考えます。応援をぜひお願いいたします」

 街には「週刊誌嫌い」の人が溢れています。案の定、ネット上にはこの編集長コメントに厳しい声が寄せられました。

「週刊誌って何ですかね。文春砲と言われているけれど、芸能人の粗探しでしょ」「結局、今回のことに限らず、嘘でも真実でも一度文春砲喰らったら、その人の今後の人生まで変えてしまう」――。

 編集長は大変です。完売したら部下の鼓舞もしなければなりません。ただ、よかれと思って出したのであろうこの編集長コメントが、全く別の角度の批評を誘発してしまったことは否めません。

 

 

元編集長だから知っている

「完売」の意外な真実


 この完売報告に関して世間で盛り上がった議論が、「週刊誌は有名人のスキャンダルを書いて儲けている。それに比べて損害賠償額が少なすぎる。書かれた側から名誉毀損で訴えられて敗訴しても、賠償額より儲けた金額の方が多いから、『書き得』ではないか」というものです。

 中には、500円弱の掲載号が約45万部売れたことに言及し、「単純計算で2億円以上の売り上げに対して、賠償額が数百万円というのは少なすぎる」という旨を解説していた元知事もいました。ただ、雑誌の売り上げ金額と賠償額という純粋な出費を比較するのは、乱暴すぎる議論です。

 私の経験則では、雑誌が完売しても、利益は概算でおそらく4000万円に満たないと推察します。完売というのはあくまで「業界用語」です。実際は100%売れたということではなく、流通過程で売り物にならない雑誌が一定割合発生するので、最高でも85~90%です。そして、返本も考慮しなければなりません。私が在籍していた時代の文春社内の詳しい懐事情を紹介するのは控えますが、実際には4000万円を下回るでしょう。しかもこの数字には、編集部以外で雑誌に関わる広告、営業、宣伝、経理などのスタッフの人件費・経費は含まれていません。それらを差し引いた実際の利益は、2000万円というところでしょうか。

 そして、現在文春の平均実売率は50%くらいで、号によっては数百万円の赤字を出しているものもあると聞きます。これは文春に限ったことではありませんが、1冊完売したくらいで、雑誌の赤字構造は変わりません。そこに訴訟の費用が数百万円かかるとなれば、想像以上に利益は減ってしまうのです。そのため結局、文春以外の週刊誌はみんな事件や政治を扱わない雑誌になり、ヌードグラビアと漫画が中心になってしまいました。

 この状況を知っても、賠償金額が少なすぎると言えるでしょうか。

 

 

「賠償額が少ない」は間違い

実は司法の圧迫で増えていた


 そして、多くの弁護士やコメンテーターは、「昔から損害賠償の金額は数百万、高くても1000万だった」とコメントしています。これも実情と違います。

 週刊誌に対する訴訟が増えてきたのは1990年代からです。それまでは訴訟はほとんどありませんでしたが、その頃から1年で数十件という裁判が提起され始めました(今はもっと減っています)。高額ではありませんが、それまで数十万円の賠償で勝訴だったものが、記事の小さな不備を指摘して100万円以上の賠償を求める判決が多くなりました。

 1回につき100万円程度でも、それが複数回になれば、賠償額は年間で見ると極めて多くなり、週刊誌の採算は厳しくなりました。

 

以前の記事でも書きましたが、裁判所の上層部には判決を誘導する流れがあります。90年代以降に出された判決には、明らかに週刊誌の報道を抑制しようという意図が見られました。

 なぜなら、私が編集長をしていた時期、大物政治家が週刊誌報道で落選したり、辞任したりすることが頻発したからです。たとえば、田中真紀子元外務大臣(秘書給与疑惑)、山崎拓・自民党幹事長(愛人問題)、福田康夫・自民党官房長官(年金未納)、辻元清美議員(秘書給与詐取疑惑)などで、週刊誌報道以外で辞任したのは島村宜伸農水大臣(郵政民営化解散に反対して辞職)くらいです。

 裁判官の独立が本来の司法制度の在り方ですが、この国では法務省の意向が人事で働きます。そして、政治を担うのが必ず自民党という戦後の歴史の中で、立法府と行政府が実質的に同一であるという構造が、政治への忖度を生み、司法の独立を形骸化させてしまいました。心ある裁判官は、国の判断に従う判事たちを「ヒラメ判事」と呼び(魚のヒラメは上にしか目が付いていない、つまり出世しか考えていないということ)、その数がどんどん増えていったという背景があります。

 このように、賠償金額はずっと同じではなく、週刊誌にとっては司法の圧迫により、吊り上げられてきた歴史があるのです。

「謝罪広告」の掲載命令は

先進国で日本だけ


「今回のようなケースでは、外国では高額賠償が普通だ」という議論も出ています。これも、間違いを含んでいます。

 米国では特にそうですが、名誉棄損裁判では原告、つまり名誉を棄損された側が陪審員に対し、報道の内容が事実無根であるかどうかについて立証責任を負います。週刊誌側に立証責任はなく、もし報道事実が間違っていても「悪意の証明」(わざと間違いを書いて立場を悪くしようとする悪意があったと証明すること)がない限り、名誉棄損は成立しません。

 また、謝罪広告の掲載命令を出すのは、先進国では日本の裁判所だけです。賠償金は別として、間違ったことを書いたと思っていないメディアに無理矢理謝罪させるのは、「良心の自由」を犯すものと判断されるのが普通なのです。メディアで「高額賠償」を主張する方々は、その程度のことは知っておいてほしいと思います。

 私は、野中広務氏(元自民党幹事長)が引退されたころ、お付き合いがありました。当時、文春の保守系雑誌『諸君!』が野中氏と北朝鮮の関係を厳しく書いていましたが、廃刊になりました。廃刊が決まった日、野中先生に「『諸君!』が廃刊になりました。先生、気持ちいいでしょう?」と言ったところ、憤然としてこう答えました。

「私はあの雑誌を定期購読しています。なぜなら、京都府議時代、蜷川虎三という共産党系の知事がいて、マスコミは全部知事礼賛。批判していたのは『諸君!』くらいでした。素晴らしい雑誌だと思って読んでいたら、自分が権力者になると、厳しい批判ばかり。しかし、私は権力者たるもの、自分に厳しい意見は必ず聞かねばならないと思って、定期購読をやめていません」

 高額賠償を主張する元知事さん、民主主義を守る国の政治家は、こうあるべきではないでしょうか。しかも、あなた方は今、コメンテーターとして報道を守る側で発言すべき立場にいることを、忘れないでほしいと思います。

日本刀と拳銃で脅されて……

記者の実名を出すなどもってのほか


 さらに、「記事を書いた雑誌記者の名前や顔をさらせ」と叫ぶ人々がいます。週刊誌記者が日頃どんな危険な目に遭っているか、お話ししましょう。

 私の体験で言えば、暴力団員に日本刀で脅されたこと、拳銃を突きつけられたこともあります。朝がけで取材した相手が散歩中のシベリアン・ハスキーのリードを緩め、けしかけられたこともありました。夜中の12時になると、毎日のように自宅に何者かがやって来て、ピンポンダッシュをされたこともあります。

 また、若い女性記者が暴力団員から「ねえちゃん、いい話を教えてやるからキスさせろ」と迫られ、とっさの機転で「100万円でも、もらわないと……」と言い逃れをしたら、なんとポケットから100万円を出してきたという話もありました。

 報道において、編集長が実名を出すのは仕方がありません。しかし、こうした中で一般記者の実名を出すのは、社員の安全を守る意味でも、会社組織として適切ではありません。SNSなどのコミュニケーションツールが発達した今の世の中、個人の自宅はすぐに割り出され、どんな危険な目に遭うかわからないからです。そうしたリスクを顧みずに、「実名を明かせ」と言っているのでしょうか。

 色々述べてしまいましたが、今回は松本人志氏の論争について、「週刊誌側」から意見を述べてみました。最後に『週刊文春』の後輩のみなさん、心の傷に立ち向かおうとしている女性たちを、全力で応援してあげてください。

(元週刊文春・月刊文芸春秋編集長 木俣正剛)