凜として繊細な方です。カラオケ歌合戦の解説を聞いていても優しさがにじみ出ています。

エンタメを受け取るファンの方にとっても、大切な考え方だと思います。旧ジャニーズに関しても、好きなタレントを応援することと、事務所に対する批判は両立するはずなので。“事務所への批判=タレントへの批判”と捉えてしまう方も多いようですが……。

 それも不思議ですよね。こんなことを言うと身も蓋もないですが、国語教育の問題もあるかもしれない。説明的な文章を読む力もそうだし、技巧的な文章を楽しむ能力も落ちているといいますか。「そんな難しいこと、堅苦しいことを言うなよ」と知性や教養を嫌悪する態度も広まっている気がします。

 アイロニカルな表現なども伝わりづらくなっていると感じるし、同時に、言葉が足りなかったり、誤った認識のもとで発言をしたときに、それがその人の一生の過ちであるかのように責められることもある。そういうことも含めて今の日本はメロウじゃない、成熟していないなあと感じています。

 

 

 この本に収めた文章は既に発表しているものが多いんですが、一部分を切り取られて、ネットで拡散されたことが何度もあって。本来の意図と違う捉え方をされることもありましたが、そのことを受け入れつつ、「これがフルバージョンです。ぜひ読んでみてください」という感じですね。音楽風の言い方になりますけど、たとえばTikTokでサビだけ聴いても、曲の全体像はわからない。それは文章も同じだと思うんです。せめて僕のツイート(X)をいくつか遡るくらいはやってほしいんですが(笑)。

 

■なぜ、ジャニーズ問題について発言をするのか

――松尾さんがジャニーズ問題に対して発言を行うようになったきっかけは、2023年3月に英BBCで放送された『Predator:The Secret Scandal of J‐Pop(プレデター~Jポップの秘密のスキャンダル)』だという。いろいろな意見があるなか、今も発信を続けている理由は?

 一つは危機感ですね。若い世代や子供たちに「声を上げても無意味だ」という失望を与えたくないという気持ちが大変強くなりました。あとはジャニーズにかかわらず、同根の問題がいくつも起きていることも気になっています。

 今年に入ってからジャニーズに関する報道が減ってしまったのは、松本人志さんの問題も一因だと思いますが、そこには共通点がある。宝塚や歌舞伎もそうですが、その世界でもっとも力のある組織であり、老舗ですよね。そんな場所にはローカルルールがあって、どんなに世の中の常識とかけ離れていても、それが強く機能してしまうわけです。そういう閉鎖的なコミュニティーにおいては、しばしば権力者による犯罪も起こり得る。それぞれ別の問題として考えなくちゃいけないという大前提はありますが、共通している構造があるのだとすれば、これは広く社会の問題だと捉えるのが自然ではないでしょうか。

――誰しも無関係ではないはずだ、と。

 そうです。ロシアのウクライナ侵攻、ガザとイスラエルの戦争については熱く語るジャーナリストの方々が、「芸能界のことはわからないね」と仰る場面にも何度か直面したことがあって。面と向かって「ジャニーズのことは騒ぎすぎだよ。もっと大切な問題があるんだ」と言われたこともありますが、去年の秋に自ら命を絶った旧ジャニーズの男性と、ガザ地区の戦火で失われた命、その命の重みに差をつけてはいけないと思うんです。それはこの本のなかでも書いている「同じ口で語りましょうよ」ということにもつながっていますね。

 

■ラブソングを作る仕事を続けたいだけ

――「ジャニーズ問題とパレスチナ危機を同じ口で語ろう。政治の話をしたばかりのその声で、あまやかなラブソング歌おう」という一文ですね。しかし実際には、音楽系のメディアでジャニーズ問題が取り上げることはほとんどなく、アーティストやタレントが発信することもきわめて少ない。松尾さんの発言に対しても多くの誹謗が寄せられてしまいました。

 僕の多くの仕事のなかで、ジャニーズ関連は数えるほどしかないんですよ。にもかかわらず、「ジャニーズで食ってきたくせに」「恩知らず」と数えきれないほど言われましたから。

 これも繰り返し言ってきたことですが、旧ジャニーズ事務所に対しては「組織的に隠蔽してきたことを明らかにして、膿を出すべきだ」と思いますが、所属しているタレントの方々を誹謗する意図はまったくないんです。むしろ彼らのことを思えばこそ、「こんな組織にいたら、才能を正当に評価されないのでは?」というつもりで発言しているんですが、なぜか「松尾は恩知らずだ」ということになる。

 これは何も難しい話ではなくて、たとえば親しい友達が良くないことをしていると思ったら、一度はただしますよね? 「見て見ぬふりをするのがフレンドシップだ」と小杉周水社長(スマイルカンパニー代表取締役)には言われましたけど、僕はどう考えても賛同しかねるんですよ。

――個人の考えではなく、組織の論理だったり、それまでの人間関係が優先されるところがあるんでしょうね。

 山下達郎さんもご自身のラジオで「人生で一番大切なことはご縁とご恩」と言い切りましたからね。僕は何も人のためだけにやってるわけではなく、(社会的な問題に対する発言は)自分のセルフケアでもあるんです。自分の心を偽り、見て見ぬふりは気分が悪い。

(スマイルカンパニーからマネージメント契約を解除されてからの)この半年間、「なにがしたいの?」「政治家になりたいの?」と真顔で問われたこともありましたが、そのたびに「いやいや、ラブソングを作る仕事を続けたいだけなんですよ」と言ってるんです。別にはぐらからしているわけではなくて、偽らざる本心なんですけどね。

 

――音楽、エンタメを健全に続けるために、業界が抱えた問題を指摘することは当然のことだと思います。しかし実際には、音楽系のメディアやアーティストから発信されることは本当に少ないですよね。

 残念ながらそうですね。でも少ないながらも、沖野修也さん(DJ/音楽プロデューサー)をはじめ、しっかりと声を上げている方もいらっしゃいますけどね。沖野さんとは同世代ですし、ジャズとR&Bという違いはあれど、アフリカン・アメリカンが作り出してきた音楽に心惹かれて、この仕事を続けてきたという共通点がある。

 ジャズ、ソウル、ブルース、そしてヒップホップといった音楽の成り立ちを考えれば、社会的立場の弱い人たちに寄り添うために僕らがやっていることは真っ当すぎるほど真っ当だと思います。ただ、そうではない方もいらっしゃるのも事実で。僕と同じソウルやヒップホップ好きで知られるラッパーが「亡くなった安倍晋三さんに献花してきました」とSNSでポストしているのを見て、理解に苦しんだこともありました。もちろん、安倍さんの政策を支持する人も献花する人も沢山いらっしゃるでしょう。でもレベルミュージック(社会権力に抗う音楽)を長年聴いてきた経験と、弱者への思いやりに欠けていたと批判されることも多い安倍さんへの献花という行為が両立するのは、僕にとっては驚きですね。

 じつは7月以来、芸能界や音楽業界の著名な方々が連絡をくださったり、あるいは直接会いに来て「応援してるよ」とおっしゃることが何度もありました。僕も冗談めかして「だったらあなたもジャニーズ問題について発言してもいいんですよ」と言ったりするんですが、実際に声を上げる人は皆無です。「松尾が言うことはわかるけど、いろいろあるじゃない」「それぞれの意見があるから静観するしかないよ」と。

――なるほど……。旧ジャニーズ事務所が会見を開き、性被害があったことを認めた後も言論の状況はあまり変わっていない印象です。

 

 BBCの放送の後、「性被害が事実だったら許されないことだけど、まだわからない」と言った方は多かったですよね。昨年7月にTOKYO FMのご自身の番組(「山下達郎のサンデー・ソングブック」)で僕を名指しで非難された山下達郎さんをはじめ、多くの方々から「松尾は臆測でモノを言っているに過ぎない」と批判されました。ですが、その後ジャニーズ事務所のトップであり、ジャニー喜多川氏の姪でもあるジュリー藤島さんが、9月の記者会見で事実認定したわけですから、「もし事実だったら許されない」と言った方々は改めてコメントを出す責任があるでしょう。それをせず、何事もなかったかのように振る舞っているアーティストは狡猾だと感じます。誤解を恐れずに言うと、日本社会におけるポップミュージックの文化的地位の低さの理由を自ら物語っているようで、哀れきわまりない。

――確かにそうですね。これもよく言われることですが、テイラー・スウィフト、ビヨンセ、レディー・ガガ、アリアナ・グランデ、ジャスティン・ビーバーなど海外のビッグアーティストは社会的、政治的な発言を積極的に行っていますし、むしろ何も言わないことで叩かれることもある。なぜ日本の音楽シーンはそういう方向に行かないのか……。

「意見を言わないことは現状の是認になる」ということすら共有されていません。巷間言われるように作品がガラパゴスという以前に、社会的態度がガラパゴスなんでしょうね。

 去年、ケイト・ブランシェット主演の映画「TAR/ター」(著名な女性指揮者のパワハラ、セクハラを扱った映画)が話題になりましたが、多くのメディアで「日本の音楽業界の問題を思い出さすにいられない」と評される一方、当のクラシック業界、音楽業界から大きな声が上がることはなかった。ラジオやテレビで、歯に衣着せぬ、タブーなき言論を売りにしているはずの方々も、ジャニーズ問題に対して発言することはほとんどない。僕なんかは「そんな仕事、もうやめたら?」と思っちゃいますね。

 

――社会的な発言によって仕事が減るという怖さもあるでしょうね。私もそうですが。

 それもわかりますが、忸怩たる思いを抱えながら「はい、今日の特集は……」と喋るって苦しくないんでしょうか。本のなかでも書いた通り、僕は正義よりも生理を優先して生きていたいと思っているんです。先ほど言った「見て見ぬふりするのは気分が悪い」ということですね。

 もう一つは「正しさ」よりも「公平さ」を重視したい。その物事が正しいかどうかを判断するのは難しいじゃないですか。時代や場所によって正義の在り方は変わってくるし、明確な線は引きづらいですから。そう考えると「正しいかどうか」よりも「公平かどうか」のほうが、まだ判断しやすい気がするんです。組織のローカルルールや閉鎖的コミュニティーにおける正義ではなく、フェアかアンフェアかを重視するということですね。

――それはエンタメを受け取るファンの方にとっても、大切な考え方だと思います。旧ジャニーズに関しても、好きなタレントを応援することと、事務所に対する批判は両立するはずなので。“事務所への批判=タレントへの批判”と捉えてしまう方も多いようですが……。

 それも不思議ですよね。こんなことを言うと身も蓋もないですが、国語教育の問題もあるかもしれない。説明的な文章を読む力もそうだし、技巧的な文章を楽しむ能力も落ちているといいますか。「そんな難しいこと、堅苦しいことを言うなよ」と知性や教養を嫌悪する態度も広まっている気がします。

 アイロニカルな表現なども伝わりづらくなっていると感じるし、同時に、言葉が足りなかったり、誤った認識のもとで発言をしたときに、それがその人の一生の過ちであるかのように責められることもある。そういうことも含めて今の日本はメロウじゃない、成熟していないなあと感じています。

(取材・文/森 朋之)

まつお・きよし/1968年、福岡市生れ。早稲田大学卒業。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。音楽ライターを経て、楽曲制作も手がけるように。SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデュースや作詞、作曲で関わったアーティストに、CHEMISTRY、平井堅、JUJUなど。これまで提供した楽曲の累計セールス枚数は3000万枚を超す。プロデュース、作詞、共作曲したEXILE「Ti Amo」が日本レコード大賞、天童よしみの「帰郷」で日本作詩大賞。NHK-FM「松尾潔のメロウな夜」は今春で放送15年目を迎える。

森朋之