仕事を持ってきてくれる「自民党議員を」と会社ぐるみで自民党候補を応援する姿や、電話で対話すると必ずに出てくる言葉。会社が社員を恫喝しているのである。正社員にも非正規社員にも。日本の政治の矛盾である。

 

 

 集会への動員、党員集め、パーティー券購入。自民党の裏金問題で、政党と企業の関係が改めて注目されている。「昔も今も当たり前」という声の一方で変化も起きつつある。AERA 2024年1月29日号より。

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 都内のある大手民間企業で働く40代の女性は、昨年、管理職になった。大学卒業後、順調にキャリアを重ねてきた。「ついに私も管理職か」と感慨深かったという。

 新しい肩書になって数日後のことだ。女性は、オフィスの自席にふらりとやってきた総務部の若い男性社員から「これ、お願いします」と書類を渡されたという。
 簡単なアンケートを求めるような、気楽な口調だったが、やや太字で印字された「自民党入党のお願い」という文字を見て、絶句した。女性は、

「一瞬、何のことかわからず、フリーズしました。まさに寝耳に水でした」

 と振り返る。

「これ、おかしくないですか? 私がどこに投票しようと自由ですよね?」

 と言うと、総務部の男性は、その反応に驚いた様子で「他の管理職はみんな入っています」と繰り返したという。女性は信頼できる上司に相談したが、その人も自民党員で、こう諭されたという。

「拒否した人は過去にいないのではないか。慣例だし、その後、特に困ったことはなかった」

 納得できない女性は、その後も一貫してサインせずにいるものの、社内の特に上層部から「困った奴がいる」という視線を感じているという。女性は言う。

「社員を党員にすることで、自民党への忠誠心を見せているつもりの会社に幻滅しました。自民党も党員をそんな形で集めていたら、いずれ立ち行かなくなると思います」

■昔も今も「当たり前」
 憲法が保障する「思想信条の自由」を侵す可能性のあることだが、元衆院議員の50代の女性は、こう指摘する。

「それは昔も今も『当たり前のこと』ですね。自民党が最もよく聞きますが、野党につながる企業も同じようなことをやっています。特に許認可が必要な金融や交通関連の業界で顕著だし、それが結果的に癒着につながっています」

 

 ある大手銀行では数年前、支店に配属された新人社員が上司から自民党員になるよう言われ、断りきれずに入党。勤務時間内に特定の候補をアピールするハガキを書かされたことがあったという。それは公務員の世界も同じだ。

 2021年、山口県の小松一彦副知事(当時)が同年秋の衆院選の際に、自民党候補の後援会に入会するよう部下を通じて県職員らに要請。県庁や出先機関にある複数の部署で、幹部職員が勤務時間中に後援会の入会申込書を部下に手渡し、記入させていたほか、決起集会などへの動員も行われていたことが発覚し、小松氏は公職選挙法違反(公務員の地位利用)の罪で略式起訴された。

■違法性の認識が希薄
 いずれも企業・団体と自民党の距離感に首をかしげざるを得ない事態だ。自民党は現在、最大派閥・安倍派(98人)の政治資金パーティーをめぐる事件で揺れているが、共通しているのは、「違法性の認識が限りなく薄く、倫理観に欠ける」という点だ。元衆院議員の女性は、

「当選1、2回目の新人議員は人脈に限りがあるケースが多く、キックバックの恩恵を受けることがほぼありません。県連のパーティーであれば、いくらパーティー券を売っても県連の収入になるし、自分の収支報告書に記載することもない。だから、議員本人にもその周囲にも違法性の認識が育たない。その感覚が民間企業にも広がり、当たり前のように党員になることを強制する事態が横行している。時代が流れても、自民党を取り巻く状況が何も変わらない一因だと思います」

 と呆れたように話す。

■変わり始めた認識
 地方議会や投票行動に詳しい東北大学の河村和徳准教授(政治学)は、

「党員になることはもちろん、勤務時間中にハガキを書くことなどは決して強制してはならないことです。日本にはコミュニティーに準拠する文化と習慣があり、組織が応援する人を自分も応援しなければ関係がまずくなるのではないか、出世に響くのではないか、と考え従ってしまうケースが多い」

 と話す。その一方、

「ここ数年のことですが、選挙にまつわる強制は立派なハラスメントであるという認識が広がりつつある」

 と変化も口にする。それは、社会全体が様々なハラスメントに厳しくなっているからでもあるが、今回の取材で興味深い観点を耳にした。

「選挙や政治の世界における変化は、地方から起きている」

 そう指摘するのは、大正大学の江藤俊昭教授(地方政治・政治過程論)だ。

「地方自治の方が自浄作用があり、クリーンな印象がある。地方自治の方が進んでいる。カネと利益のために癒着する構造が崩れ、公平な政治が実現しつつある」

 と話す。地方にいくほどに、政治家(議員)と企業や団体との癒着が強くなる、というのは過去のことなのだという。

 その最大の理由は「平成の大合併」だ。3200以上あった市町村は半分近い1700余りにまで減り、地方議員数は、01年は6万1351人だったが21年は3万2021人となり20年で半減している(総務省調べ)。

「合併で集落が機能しなくなり、要望を伝える先の選択肢が広がった。同時に女性活躍を掲げる政策ネットワークや若手による勉強会などが数多く立ち上がったことが大きい」(江藤教授)

 00年代に入ってから談合や汚職事件が相次いだことをきっかけに、一般競争入札の制度が整ったことに加え、地方議員からの要望や働きかけなど、いわゆる「口利き」行為を記録に残す規定が多くの自治体で採用されたことも影響しているという。

 また、地方自治体では、政治倫理条例があれば審査会を開くことができるほか、地方自治法の百条調査権で議会や会派の中まで調べることができるが、国政調査権では証人喚問や記録の提出を求める以上の規定がないことも、地方の方が透明度が高まっている理由だ。

 東北地方在住で著書に『政治とカネ、何が悪い!』のあるジャーナリストの井川夕慈さんも、

「日本全体が縮小していく中で、地方では特に、政治家に頼る“うまみ”が薄れていると感じている。票を取りまとめる力のある大企業も団体もなく、政治家がグリップを利かせることが地方の方が難しくなっているのではないか」

 と話し、この観点に大いに共感する。冒頭の都内の企業で自民党員になることを強制された件については、

「周囲で見聞きしたことはありません」(井川さん)

■お金の「見える化」を
 自民党・安倍派の裏金疑惑に端を発し「政治とカネ」のあり方や企業・団体と政党との距離感にまで関心が高まっている時である。地方の変化を国政に波及させるためにはどうすればいいのだろうか。

 前出の東北大の河村准教授は、こう提言する。

「問題点が多く語られているが、全てが政治理念の話になってしまっている。まずは、シンプルにお金の流れを『見える化』することです。デジタル社会なのだから、AIも存分に活用し、マスコミや一般の人が監視しやすいシステムを構築するべき時でしょう。現状は自民党だけでなく、野党も含めて多くの政治家が自分のSNSを一生懸命使っているだけ。それでは、デジタル化の抵抗勢力でしかない」

 いま、変わるべき時だろう。(編集部・古田真梨子)