ガースー総理の肝いり企画「Go Toトラベル」を体を張って止めた専門家がいた《コロナ専門家はなぜ消されたのか》

尾身さんのこと?
 
 
「夏休み中のオンライン帰省」という奇策
 広野真嗣著『奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか』から、新型コロナ専門家をめぐる驚愕の事実を引き続きご紹介しよう。
 
 パンデミック開始から半年が過ぎようとしていた2020年7月、菅義偉(すが・よしひで)官房長官は肝いりのGo Toトラベルキャンペーンを強行しようとしていた。まだパンデミックが収束していないにもかかわらず、国の補助金をバラまいて全国各地に人を行き来させようというのだ。

 〈菅は、Go Toに賭けていた。

 安倍の求心力が落ちる中、観光族のドンである自民党幹事長、二階俊博や公明党とも連携して再び官邸の危機管理の中心に躍り出ていた。【※二〇二〇年】八月上旬とされていたGo Toの開始時期を前倒しするという決定も、感染症の専門家には一つの意見も聞かずに発表した。

 七月に入って高まってきた第二波を無視できなくなって「東京抜きで七月二十二日からスタート」と国土交通大臣の赤羽一嘉が明らかにしたのは七月十六日、専門家たちの新しい会議「新型コロナウイルス感染症対策分科会」の第二回会合が開催されるわずか一時間前だった。

 この新しい分科会で会長を任された尾身茂は事前にコロナ対策担当大臣の西村康稔(やすとし)に対して、「感染状況を分析してから判断してください、議論させてください」と申し入れていたが、聞き届けられることはなかった。〉(『奔流』99~100ページ)

 すると2020年8月5日、尾身茂は政治家抜きで単独記者会見を開いて〈感染対策ができなければできるだけ帰省は控えてください〉と訴える。押谷仁や県知事など18人の分科会メンバーの意見をわずか3日でまとめ上げ、〈感染が収まるまで当分の間、オンライン帰省を〉とまで踏みこんだ行動制限を訴えた。〈政府の二歩、三歩先を行っても政府はついてこられない、だから半歩先を示すのが大事なんだ〉(『奔流』102~104ページ)。
 
Go Toトラベルを止めた総理直訴
 尾身茂が「夏休み中のオンライン帰省を」と強気の進言ができた背景には、疫学解析の専門家である押谷仁が膨大なデータを分析し、国民を納得させるだけのエビデンスを整理し続けてきたからだ。

 〈押谷が行った解析によれば、旅行を含めた移動歴がある人が二次感染を起こす頻度は二五%、移動歴のない人よりも三・四ポイント高かった。しかも、移動にともなって感染を広げているのは、九〇%が十代から五十代の人、つまり、若い人の移動こそが、感染を拡大する要因になっていた〉(『奔流』112ページ)。

 コロナ禍から半年後の2020年9月、菅義偉は安倍晋三の跡を継いで首相に就任する。〈首相肝いりのGo Toは厚労省内で「Go To ヘル」と揶揄(やゆ)されていた。政策をいったん止めたほうがいいに違いないが、進言すれば自らのクビが飛ぶ、という自嘲の表現だ。〉(『奔流』115ページ)。

 出世の道が絶たれ、ヘル(地獄)行きになることを恐れる官僚は、菅義偉首相や関係閣僚を忖度(そんたく)して強い意見を進言しない。そんな中、尾身茂は菅と直談判してGo Toの中止を諫言(かんげん)した。

 菅・尾身会談から2週間後の2020年12月14日、菅はGo Toの全国一律中止を発表する。忖度なき尾身の叫びによって、新型コロナを全国にバラまきかねないGo Toが中止されたのだ。

8人ステーキ会食
 Go Toトラベルをズルズルと引き延ばした結果、2020年末から2021年初頭にかけての日本では何が起きていたか。

 〈「コロナ自粛にはもう飽きた」という気分が街に満ちていた。

 【※二〇二〇年の】大晦日(おおみそか)の渋谷では、コロナ前ほどではないものの、スクランブル交差点に人と肩がこすれあうほどの人出があり、渋谷公会堂には年越しライブに並ぶ長蛇の列ができていた。この十二月三十一日、全国の新規感染者数は約四千五百人、「蛇口が開きっ放しで風呂桶も溢れている」(鳥取県の平井伸治知事の表現)ようなありさまで、年明けには八千人超にまでふくれあがった。十人、二十五人で驚いていた二〇年二月、三月とは桁が二つも違う。検査のキャパシティが上がったこともあるが、爆発的な感染が起きていた。

 第二波の感染者数(全国)のピークが二〇年七月三十一日の一千五百七十五人で、そこから下がって二百十六人で底を打ったのが九月二十三日。約一千三百人の感染者を減らすのに、二ヵ月近くを必要とした。これと同じ程度まで引き下げることを考えると、単純計算で半年はかかるほどの大きな感染の山が積み上がった。〉(『奔流』98~99ページ)

 Go Toトラベルの中止が発表され、年末年始の帰省を自粛するよう国民への呼びかけがなされる中、政治リーダーは何をやっていたのか。よりによってGo Toの中止を発表した2020年12月14日の夜、菅義偉首相や自民党の二階俊博幹事長、みのもんた、王貞治や杉良太郎らが銀座のステーキ店に集まり、ステーキに舌鼓(したつづみ)を打っていた。国民に「5人以上の会食は自粛するように」と促す中、8人が集まるノーマスクの会食だった。

 〈首相の菅と幹事長の二階ほか八人によるステーキ会食のことを問う記者たちに対し、麻生太郎財務大臣が「会食だけ気をつけても話になりませんな。(会食は四人以下でと専門家は言っているが)六人家族だったら飯は一緒に食うなということ? あなたの意見ですか」と強気で言う場面があった。政府首脳らが自分たちの会食を正当化していながら、国民には自粛を求めるという矛盾を孕(はら)んでいた。〉(『奔流』124ページ)

 全メディアで大々的に報道された上級国民8人ステーキ会食が、年末年始を控えた国民にドッチラケ感をまき散らしたことは間違いない。

 〈東京都は【※二〇二〇年の】大晦日にかけての五、六日間に感染が増加し、十二月三十一日には千三百五十三人というケタ違いの感染者が報告された。例 年のインフルエンザでは、子供の学校が休みになるこの期間に感染の勢いが衰えるものだが、この年は逆だった。クリスマスパーティーであつまった者同士が感染し、年末年始に家や実家に持ちかえってさらに次の感染が起きたケースが多かったようだ。

 専門家は「忘年会は控えてほしい」「歳末に集まるのは控えてほしい」とくどいほど述べたが、飽きてしまった国民の心には響かず、政治家が額に汗して、噛(か)んで含めるようにして説いたとも言い難い。「今日ぐらいはいいじゃん」という人々の気持ちの積み上がりの帰結が、この急伸であった。〉(『奔流』127~128ページ)(文中敬称略)

広野 真嗣(ノンフィクション作家)