安倍派を潰して政権維持を図る岸田首相 「最大最強のスポンサー」日本医師会への露骨な擦り寄りで利権を手中に収める

 
「自民党史上最も醜い足の引っ張り合い」のゴングが鳴った。
 
 
 東京地検特捜部による捜査が進む安倍派の裏金問題。政権の支持率は急落したが、岸田文雄・首相は今回の騒動を奇貨として、「数の力」で大きな影響力のあった安倍派議員を政権の要職から一掃。それによる政権維持を目論んでいる。だが、事はそう簡単に進むはずがない。通常国会を前に、恨みを募らせた安倍派の「死なばもろとも」作戦が迫っている──。
 
最大派閥の恨み骨髄
 永田町は重苦しい新年を迎えた。

 全国から動員した応援検事を含めて約100人の大捜査態勢を敷いた東京地検特捜部の裏金疑惑捜査はいよいよ大詰め、1月中に召集される通常国会開会までが政界捜査のタイムリミットとされる。自民党内は「何人の議員が逮捕されるのか」「大物議員の立件はあるか」と戦々恐々だ。

 岸田首相はすでに「Xデー」に備えている。昨年末の人事で「女房役」の松野博一・前官房長官をはじめ安倍派の大臣、副大臣、自民党幹部を一掃し、“安倍派抜き政権”へと衣替えした。

 だが、“派閥解体の危機”にある安倍派の議員たちは逆に結束を強め、首相の仕打ちに“憎悪”をたぎらせている。若手議員が語る。

「総理はうちの派閥の大臣を、有無を言わせず更迭しながら、二階派の大臣たちは派閥離脱でOK。そのくせ国民には『辞任は自発的なもの』とウソの説明をした。総理が安倍派というだけで一括りに罪人扱いしたせいで、我々は地元での風当たりがすごく厳しくなった。派内は怒り心頭だ」

 閣僚経験者はこう言ってのけた。

「総理は安倍派から何人かを検察につき出して幕引きしたいのかもしれないが、これは岸田政権の終わりの始まりだ。最大派閥を排除して政権運営をやれるものならやってみればいい。政権が追い詰められようが倒れようが、我々は一切手を貸さない」

 そんな安倍派の有力議員の1人が強く怒りの目を向けるのが岸田首相ら主流派による“政治資金スポンサー”への擦り寄りだ。

「こんな時に露骨な利権漁りをしてタダで済むと思っているのか」──。

 特捜部が安倍派議員らへの事情聴取に乗り出していた昨年12月20日、岸田首相は国民が支払う医療費の積算根拠となる「診療報酬」の本体部分引き上げを決定した。

 この診療報酬改定こそ、岸田首相の「カネ」に直結する最重要の政治課題だった。

 安倍派が「露骨な利権漁り」と見ているものだ。
 
二階派を更迭しない理由
 岸田首相は昨年末の安倍派の大臣更迭にあたっての記者会見で、わざわざ「診療報酬」の改定を挙げてこう意欲を示した。

「これから年末に向けて、予算、税制、診療報酬・介護報酬等の同時改定など国民の生活や国の基本政策に関わる重要な決定がめじろ押しで、まさに大詰めを迎えています。政府・与党として、国政に遅滞を来すことがないよう全力を挙げなければなりません」(昨年12月13日)

 診療報酬引き上げは、自民党の「最大最強のスポンサー」と呼ばれる日本医師会が強く要求していた。

 日本医師会の政治団体「日本医師連盟」は、2021年には都道府県の医師連盟からの寄附と前年からの繰り越し金をあわせて約22億円もの収入があり、自民党本部をはじめ各派閥、多くの議員に献金したり、パーティー券を購入している。さらに中央とは別に、都道府県ごとの医師会の政治連盟も地元の国会議員に資金提供を行なっている。

 政治評論家の有馬晴海氏が語る。

「自民党と日本医師会は昔から切っても切れない関係です。国民が健康保険で病院にかかった時の医師の報酬は政府が決める公定価格で、診療報酬と呼ばれる。これが上がるか下がるかで医療機関の経営が左右される。そこで医師会は診療報酬を上げてもらうため自民党に医師会直系議員を送り込み、さらに党本部や自民党議員に広く献金、選挙の時には陣中見舞い(寄附)まで渡して医師会シンパの議員を増やしてきた」

 岸田首相の安倍派排除人事によって、各派閥の大臣の数は裏金疑惑捜査で“無傷”だった麻生派が5人に増えたのをはじめ、茂木派3人、岸田派3人(首相を除く)と主流3派で過半数を占めたが、実は、医師会とのパイプが特に太いのが閣僚を増やした主流3派だ。

 政治ジャーナリストの野上忠興氏が語る。

「自民党の派閥で伝統的に医師会に強かったのが保守本流の流れを汲む茂木派や岸田派、最近では麻生派です。保守傍流だった安倍派はもともと資金力が弱く、保守本流が有力スポンサーを持っていることに臍を噛んできた。だから医師会に食い込もうとしたが、安倍長期政権下でも、安倍派からは医師会に睨みが利く厚労大臣は出ていない」
 
 第2次安倍政権以降の厚労大臣の顔触れを見ると、田村憲久氏(大臣2回。岸田派)、塩崎恭久氏(岸田派)、加藤勝信氏(3回。茂木派)、根本匠氏(岸田派)、後藤茂之氏(無派閥だが総裁選で岸田首相の推薦人)、現在の厚労相は武見敬三氏(麻生派)と岸田派が圧倒的に多い。

 医師会応援団の自民党議員300人以上が参加する「国民医療を守る議員の会」の会長は茂木派の加藤氏、会長代理を岸田派の田村氏が務めている。

 まさに主流3派の牙城と言っていい。

 しかも、岸田首相は安倍派と同じく特捜部の強制捜査を受けた二階派に所属する小泉龍司・法相と自見英子・地方創生相の2人を派閥離脱だけで大臣にとどめたが、その自見氏は武見厚労相と並んで医師会の全面バックアップを受けて当選した「医師会直系議員」でもある。

「岸田総理は最大派閥の安倍派が捜査で身動き取れないのを好機と捉え、主流3派の主導で診療報酬改定を行ない、医師会利権を完全に手中に収めた。安倍派の大臣だけ切って、二階派の大臣を切らなかったのも、医師会に配慮して自見を大臣に残すためとしか考えられない」(安倍派関係者)

 裏にあるのは医師会マネーの岸田首相への還流だ。
 
 

岸田首相に追い込まれた最大派閥・安倍派が進める逆襲の準備 野党に岸田氏の医師会献金問題を追及させ、主流3派の大炎上を狙うか

 
 
 東京地検特捜部による捜査が進む安倍派の裏金問題。政権の支持率は急落したが、岸田文雄・首相は今回の騒動を奇貨として、「数の力」で大きな影響力のあった安倍派議員を政権の要職から一掃。それによる政権維持を目論んでいる。また、特捜部が安倍派議員らへの事情聴取に乗り出していた昨年12月20日、岸田首相は国民が支払う医療費の積算根拠となる「診療報酬」の本体部分引き上げを決定した。診療報酬引き上げは、自民党の「最大最強のスポンサー」と呼ばれる日本医師会が強く要求してたものであり、岸田首相ら主流派が、医師会に擦り寄っているとの指摘もある。だが、事はそう簡単に進むはずがない。通常国会を前に、恨みを募らせた安倍派の「死なばもろとも」作戦が迫っている──。
 

献金後に引き上げを決定
 診療報酬の改定は2年ごとに行なわれるが、岸田首相は前回の改定時に日本医師会から巨額の献金を受けている。

 2021年の改定では政府は当初、診療報酬を0.4%引き上げる方針だったが、医師会側はさらなる上乗せを要求して激しい陳情を展開した。

 折しも自民党では菅義偉・前首相が退陣表明し、改定は次の首相の判断に委ねられることになった。同年9月29日に行なわれた自民党総裁選は事前の予想では岸田氏と河野太郎氏のどちらが勝つかわからない情勢だったが、決選投票で岸田氏が新総裁に選出され、総理就任が確定すると、日本医師連盟はその日のうちに岸田首相の資金管理団体「新政治経済研究会」にポンと1000万円を献金したのである。

 タイミングから見ても、診療報酬改定を睨んだ“就任祝い”だったことは容易に想像できる。

 日本医師連盟に献金について聞くと、「法律に従い適正な政治活動を行なっております」と答えた。

 岸田事務所は「政治資金は法令に従い適正に処理し、その収支を報告している」と回答した。

 法令に従うのは当たり前だ。だが、診療報酬改定の結果を見ると、献金の効果はてきめんだったことがわかる。

 就任したばかりの岸田首相は医師会の要求通り診療報酬を上乗せして0.43%の引き上げを決定、「岸田裁定」と呼ばれた。この年の岸田首相への医師会関係団体からの献金総額は合計1400万円にのぼり、前年の250万円から5倍以上に急増した。

“こんなにおいしいのか”──首相がそう思ったとしても不思議ではない。

 今回の診療報酬改定は前回以上に揉めた。医師会と財務省の大バトルとなったからだ。
 
 
 日本医師会は、「医療従事者の賃上げが他の業界より低い」と診療報酬の引き上げを主張。

 それに対して、財務省が全国の医院・クリニックなど診療所の2022年度の平均収益は1億8800万円と2020年度から2000万円増加し、利益剰余金も1900万円増えている──というデータを公表して「(診療報酬を上げなくても)賃上げはできる」と反論。政府の財政制度等審議会財政制度分科会も、「医療機関にコロナ補助金とコロナ特例診療報酬で2022年度だけで4兆円が支援された」と指摘して診療報酬はマイナス、とくに診療所の診療報酬を「5.5%程度引き下げる」との意見を政府に答申した。

 危機感を強めた医師会側は自民党に猛烈なロビー活動を展開し、自民党では「国民医療を守る議員の会」が「診療報酬の大幅引き上げ」を決議。岸田派、茂木派の議員たちが岸田首相に申し入れ、最終的に医師会の要求通り「診療報酬本体部分」の引き上げで決着したのは前述の通りだ。日本医師会の松本吉郎・会長は「率直に評価をさせていただきたい」と歓迎した。

 政治ジャーナリストの野上忠興氏が語る。

「診療報酬改定は揉めれば揉めるほど自民党にはおいしい。改定率はあらかじめ総理が決めているが、自民党議員は議連の決議や陳情を派手にやって『オレたちはこんなに貢献した』と医師会にアピールする。いわば政治パフォーマンスショーです。その貢献度合いが献金額に反映される」

 前回の医師会巨額献金に味を占めた岸田首相が、今回は主流3派の有力議員たちに“どんどんアピールして献金を増やしてもらえ”と演技させたという指摘だ。

 医師会利権に食い込みたくても検察捜査で身動きが取れなかった安倍派の幹部たちは指をくわえて見ているしかなかった。

疑惑を飛び火させる
 

 自民党最大の資金源を握った岸田首相は、安倍派にさらなる追い討ちを掛けた。

 岸田首相と麻生太郎・副総裁、茂木敏充・幹事長らは検察捜査で安倍派議員が立件された場合を想定し、“安倍派抜き”の党役員会で派閥活動の縮小など政治改革を議論する新組織立ち上げを“新年の初仕事”に掲げた。狙いは最大派閥・安倍派が立ち直れないように解体することにある。

「そこまでコケにするのか」と、安倍派は本気で逆襲の準備を始めた。

 安倍派関係者が不気味な言い方をする。

「岸田がこっちを潰す気なら、こちらも遠慮はしない。野党は通常国会が始まれば、裏金問題で岸田政権を追及しようと手ぐすねひいて材料を集めている。

 そこで野党をけしかけて岸田自身の医師会献金問題などもセットで追及させ、疑惑を主流3派にも飛び火させて大炎上させる。うちの派閥には安倍政権時代に身体検査のために集めた各派閥の議員のスキャンダル情報がある。材料ならいくらでも提供できる」
 
「死なばもろとも」と岸田首相を道づれにする暴露作戦に出るというのだ。
 


 安倍派と主流3派の抗争激化で自民党内が分裂状態に陥り、国会が岸田追及一色となれば、2024年度予算案の審議が難航して年度内成立が難しくなり、岸田首相は追い込まれる。

 そのさなかに地方組織からも“岸田おろし”が起きるという。安倍派が視野に置いているのは3月17日の自民党大会だ。

「党大会には全国から都道府県連幹部の地方議員が参加するが、その多くは安倍派が押さえている。県連幹部たちの会合で岸田批判を噴き出させ、党大会は大荒れになる。そうすれば岸田退陣への流れは決定的だ」(同前)

 どちらが先に倒れるか、それとも共倒れか。

 新年早々、岸田首相と最大派閥・安倍派の「自民党史上最も醜い足の引っ張り合い」のゴングが鳴った。