国立科学博物館長が語る「物事を長い目で考えるのか、短期的な投機か」…運営費不足でクラファン、9.2億円集め話題

 
政治の怠慢です!現在のシステムは単年度という短期間で評価し、収支をあわせようとする。一方、自然科学や文化の継承は非常に長い範囲でモノを考えなければなりません。そうした違いへの配慮が今は難しいのではないでしょうか」
カネはかかるが、利益の出ない分野だ。そんなところには税金は掛けられないと補助をしない政府…。日本の文化に対する質の悪さの表れである。
 
 
 お金がない──。日本最大級の博物館が訴えたショッキングなニュースが2023年8月、全国を駆け巡った。国立科学博物館が乗り出した1億円のクラウドファンディングは開始から1日で目標金額を突破。世間の関心の高さをうかがわせた。昭和初期から続く歴史ある博物館をどう後世に伝えていくか。館長の篠田謙一氏が語った思いとは。

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 約3カ月続いたクラファンは、約5万7000人から9億2000万円を集めた。支援者数と支援額はともに国内のクラファンとして過去最高だ。

「寄付していただいた方には感謝しかありません。科博は『国立』と冠しているため、多くの方は『お金が足りなければ国が出してくれる』というイメージを抱いていただろうと思います。当時、3年続いた新型コロナ禍やウクライナ問題、建築資材の高騰などが押し寄せた結果、運営費は2億円以上も足りませんでした。

 国に補正予算での支援をお願いしましたが措置されなかったので、皆さんに寄付をお願いする方向へ舵を切りました。クラファンは独立行政法人の運営状況が厳しくなっている現状を可視化することにもなりました」

 科博の収入は8割が国からの運営交付金、残り2割が入場料などの自己収入だ。「研究」「資料の収集・保存」「展示」の3本柱からなる博物館の運営は、どれが欠けてもいけない。自然科学を含め、知や文化の継承は国や行政が担保するべきではないのか。

「国や自治体が集めたお金をどう配分するかは政治の問題です。国が独立行政法人への運営交付金を絞っていくのは政治方針なのでしょう。何にお金を出して、どこを絞るか、濃淡が出てしまうのは仕方がありません。私個人の意見を述べれば、その判断にタイムスパンの問題を考えていただければと思います。

 すなわち、どのくらいの時間で費用対効果を考えるかということです。現在のシステムは単年度という短期間で評価し、収支をあわせようとする。一方、自然科学や文化の継承は非常に長い範囲でモノを考えなければなりません。そうした違いへの配慮が今は難しいのではないでしょうか」
 
 
アップデートした情報を展示に反映する
 
クラウドファンディングで9億2000万円集めた(C)共同通信社

 お金を稼ぐことと、博物館が本来担う役割は必ずしもイコールではない。

「日本における博物館は従来、社会教育施設としての役割を担ってきました。教育が根底にあるのです。教育的価値のあるコンテンツをつくるためには研究が欠かせません。科博の場合、所属しているのは学芸員ではなく研究員です。科学の進歩は極めて早いので、常に研究をしてアップデートした情報を展示に反映するサイクルをつくっておかなければ、科学博物館として成り立たなくなってしまいます。

 例えば恐竜ひとつとっても、十数年前とは違って、今では『羽が生えていた』というのが定説です。情報更新を担保しているのは標本です。こうした取り組みを資金面についても自助努力で支えなければならないのはつらいものがあります」

 標本や資料の収集・保存、研究は目先の利益の追求とは馴染まない。だからこそ、重要なのが「長い目で考える」ことだ。

「いま生まれたばかりの子どもや、これから生まれ育つ子どもは22世紀の世界を見ることになります。彼らが目の当たりにする世界をどう形作っていくか、今の私たちが考えて後世に伝えていかなければなりません。なぜ私たちが標本や資料を継承しなければいけないかといえば、それらが長い目で物事を考える材料だからです。

 例えば、科博で一番古い標本は江戸時代のもの。標本や資料を明治期から集め始め、関東大震災で壊滅したものの、帝室博物館に保存していた標本・資料を預かって昭和6年に現在の科博が設立されました。それから100年近くにわたり、標本・資料を集め続けてきたわけです。

 この作業を止めてしまうと、短い時間のスパンでしか物事を考えられなくなってしまいます。現在はインターネットやSNSの普及により、世界で何が起こったか瞬時に分かるようになりました。しかし、『長い時間を知る』ことは容易ではありません。博物館は人間の認知を広げていく作業を行っているのです」

 カネはかかるが、利益の出ない分野だ。

「100年、200年、300年とモノを集めたら、300年先の人間が何かとんでもない発明を考えてくれるかもしれないという可能性を、私たちは信じているわけです。今の時代だと、その瞬間に稼げるお金に対しての必要経費という見方をするので、稼げない分野に関しては、経費をかけるのをやめましょうという話になってしまう。長い目で考えるには、体力も知力も財力も必要です。それを必要経費と見るかどうか。人生100年時代において、長い目で物事を考えるか、短期的な投機を繰り返すのか。今は社会的なレジームチェンジが起きている過渡期なのでしょう」

▽篠田謙一(しのだ・けんいち) 1955年生まれ。京大理学部卒業。博士(医学)。専門は分子人類学。佐賀医科大助教授を経て、2021年から現職。著書に「江戸の骨は語る 甦った宣教師シドッチのDNA」「新版 日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造」「人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの『大いなる旅』」など多数。