架空パーティ、裏金9000万…フランス哲学者「日本人はなぜ国家転覆しない? 政府は国民をなめている」岸田政権支持率は16%に大暴落

 
毎日新聞世論調査
内閣支持率16%(-5)
不支持率79%(+5)
自民党の派閥パーティ券裏金問題
日本の政治にとって「重大だと思う」81%
自民党の派閥を「解消すべきだ」70%

裏金問題を徹底解明し、岸田政権に退陣いただくとともに、派閥ぐるみで金権腐敗の自民党政治を終わりに。
 
 
 
 安倍派の裏金問題で松野博一官房長官、西村康稔経済産業相、鈴木淳司総務相、宮下一郎農相の4人が更迭された。共同通信は「最近の5年間で9千万円超のキックバック(還流)を受け、裏金にしたとされる議員がいる」と報じ、週刊文春では、西村氏について「10月以降、3回にわたって『架空の政治資金パーティ』を開催し、カネ集めをしていた」と報じた。それを受けてか、毎日新聞が17日に発表した世論調査では、岸田政権の支持率は16%まで落ちた。

 フランスの政治・国民事情にも詳しいフランス哲学者の福田肇氏は「フランスなら、岸田政権はとっくに転覆されている」というーー。

老後2000万円問題で、資産形成が国民の関心の中心に。しかしそれは、岸田首相・自民党政権の責任放棄ではないか?
 日本人は、よくもここまで飼い慣らされたものだ。

 2019年、金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」が「老後20~30 年間で約1300 万円~2000 万円が不足する」という試算を発表した。「労働は美徳だ」という通念に踊らされ生涯働いてきて、これでは詐欺だろう、と今度こそ大規模な抗議活動が起こるのではないか? こんな私の期待に反して、日本人の関心の中心は、「老後に困らないような長期的な資産形成」となった。どうやら、「自己責任論」――それは、為政者(岸田政権)たちの責任放棄の体のいい別名である――が国民にみごとに浸透したようである。

 他方、2023年1月10日、フランスのマクロン政権は、財政再建の一環として、年金の支給を開始する年齢を現在の62歳から64歳に引き上げる改革案を発表した。そこで、フランス人がどのような行動に出たか?「2年間も( !) よけいに働かなければならない」ことに、フランス人が黙っているはずがない。2023年1月19日、各地でデモが勃発して112万人が参加、パリではデモ隊の一部が暴徒化する事件も起きている。

 年金支給年齢の改定に端を発したデモは、1月31日の全国的な抗議行動で127万人を数え、3月7日の抗議行動にはさらに128万人が参加し、最大の規模となった。

 実は、フランスの年金制度改革は、今回がはじめてではない。2010年には、サルコジ大統領下で、年金支給を60歳から62歳へ段階的に引き上げる決定が下された。そのときは、2010年3月~11月にかけて抗議行動が激化し、とくに10月12日のデモには123万人が参加した。今回の抗議行動は、それを上回る数の国民によって担われたことになる。

 年金問題に関して、じゅうぶんな年金が支給されないと知ると、いそいそと自己資産の確保を図りはじめる日本人。他方で、支給年齢の引き上げに、その都度徹底抗戦するフランス人。両国民の行動のちがいは、自分たちが属する共同体に対する一般的な姿勢のちがいの反映にほかならない。
 
フランスでは度重なる増税に「黄色いベスト運動」としてデモが勃発。今でもフランス国民の怒りは収まっていない
 岸田文雄首相は、2022年12月5日、2023年度から5年間の防衛費の総額を43兆円とするよう指示した(「日本経済新聞」2022年12月5日付)。現行の中期防衛力整備計画の5年総額27兆4700億円から5割以上増えることになる。

 増額の財源の有力な候補のひとつは、もちろん所得税や法人税である(もっとも、増税の時期を2024年に明示する予定は、このたびの自民党安倍派の政治資金問題のあおりを受けて延期される予定)。とどまるところを知らない物価高のなかでの、政権による増税の方針に対して、日本では目立った抗議運動もみられない。

 フランスは、地球温暖化対策として、いままでの燃料税に加え、燃料の炭素含有量に応じて炭素税を導入して税率を上げることを決定した。2018年の燃料価格高騰に追い打ちをかけるように2019年に予定された燃料税の引き上げに国民の怒りが爆発した。

 それが、2018年11月に始まる、いわゆる「黄色いベスト運動」である。なかでも12月1日および8日にはデモが激化し、一部が暴徒化したため、10日には大統領自らが演説を行い、法定最低賃金の引き上げや超過勤務手当にかかる所得税および社会保険料の免除、特別手当に対する非課税措置を発表して運動の収束を図ることになる(だが、この「黄色いベスト運動」は現在も継続中である)。

第二次岸田再改造内閣のうち、7名が旧統一教会との関わりあり。フランスならあり得ない
 安倍晋三元首相の暗殺を契機に、与党議員とカルト教団である旧統一教会との癒着の関係が明るみに出たことは周知の通りである。現職の国会議員の同教会との接点が大きな問題となるなかで、岸田文雄首相は、2023年9月13日、第2次岸田再改造内閣を発足させた。新閣僚のうち、盛山正仁、萩生田光一政調会長、木原稔防衛相、伊藤信太郎環境相、村井英樹・森屋宏両官房副長官、平井卓也党広報本部長の計7人が、教団と関係を結んだとして実名公表された人物だった。洗脳まがいの手口で巨額の献金を徴収する、霊感商法で印鑑や壺を高額で売りつける反社会的カルト教団と親和性の高い議員に対して、あまりにも寛容な組閣というほかない。

 それに対して、フランスの行政は、社会に対して脅威となるカルト教団に対しては、つねに徹底的に厳しい態度で臨む。

 1982年3月、当時21歳で統一教会の熱心な信者だったクレール・シャトーが、彼女の脱会をもくろむ両親と兄弟らによって誘拐された。フランスの裁判所は、シャトーの自由意志を尊重し、誘拐した家族らに彼女の解放を命じた。そこで、シャトーは統一教会に復帰し、誘拐者たちを訴えた。この事件は、フランスに大きな議論をまき起こした。シャトーの信教の自由を擁護する者、彼女の家族に共感する者で世論は二分されたのである。

 しかし、実は家族を含むシャトーの誘拐者たちのもう一つの目的は、「メディアの注意を統一教会に向ける」ことであった。実際、シャトー事件の担当判事は、ほどなくしてフランス国内の統一教会の事務所21カ所を一斉に強制捜査し始める。捜査が一気に拡大し、カルト教団の組織的犯罪行為が、フランス国民の知るところになった。その後、フランスの制度は過去40年間、個人の自由を尊重しつつ、カルトによる犯罪行為や反社会的行為を防止・処罰する姿勢を崩していない(以上、シャトー事件については、「東洋経済ONLINE」2022年9月6日付のレジス・アルノー氏の記事を参照した)。
 
安倍派4閣僚の裏金事件。フランスで起こればすぐに国家転覆されるだろう
 さらに今回、自民党安倍派の政治資金パーティー収入を巡る裏金疑惑が浮上し、松野博一官房長官、西村康稔経済産業相、鈴木淳司総務相、宮下一郎農相の4人が更迭された。

 権力の中枢にいる者たちの、次から次へと国民を愚弄するかのような政策の不備、スキャンダルの連続は、もし、それが、燃料税の増税や年金支給年齢のわずかな引き上げに対してさえも100万人規模の抗議活動を引き起こすフランスで散見されたと仮定すれば、岸田政権のみならず、国家そのものが転覆する一大事に発展することはまちがいない。

日本人はさながら飼い慣らされたペットのようだ。「お上」に楯突くことはあり得ない日本国民の残念さ
 フランス人のメンタリティに通底しているのは、権力の動向に対して、なっとくがいかないことがあればそれを公共的に表現するという姿勢であり、デモクラシーはそうしないかぎり維持されないという健全な危機感だ。

 それに対して日本人は、国会議員をいまだに「~先生」と呼びならわす。「地盤」の後援会が保守派の世襲議員を再生産する。もともとの「地方名士」が潤沢な資金と人脈を元手に政界に進出する。政権の担い手は、依然として「大名」たちであり、「特権階級」であり、「お上(かみ)」なのだ。「お上」がどれほどごムタイを働いても、どれだけ「年貢」を取り立てても、その「年貢」で「お上」が遊興に浸り私腹を肥やしていても、「庶民」が「お上」に異議申し立てをする発想をもつはずがない。

 政権を担う政治家たちにたいする特権性の付与と抵抗の放棄は、けっきょく、物価高、税の引き上げ、生存する権利の剥奪によって厳しい制約を被ることが常態化している所与の世界のなかで、ふと垣間見るちっぽけな楽しみ、幸福感にもっぱら人々の関心を向けるだろう。首輪をつけて拘束され、〈飼い慣らされた〉ペットが、日々の散歩と餌のなかにささやかな楽しみを見出すのとよく似ている。

 社会学者の古市憲寿は、著書『絶望の国の幸福な若者たち』において、格差社会の深刻化、非正規雇用の増加という不遇の時代であるにもかかわらず、若者の生活満足度や幸福度がこの40年間で最高の数値を示しているという逆説に言及する。古市は、大澤真幸の説に依拠し、その理由を、「今は不幸だが、将来はより幸せになれるだろう」という希望のもとでのみ人は不幸や幸福を考えることができるのであって、将来にまったく希望を持てない時は、「今の生活に満足だ」と回答するからだ、と考える。

 古市の推理は一理あるが、大事なのは、そうした不遇を構造的に作り出してしまう政府の責任を追及し抗議して自分たちの境遇を改善しようという思考回路が、すでに断たれているということなのだ。そこに思い至らないかぎり、あたかも刑務所の囚人が不自由な生活のなかで、食事につくハーフカットのバナナに歓喜するように、人々は、インスタ映えする光景をSNSにアップして「いいね!」が押されれば、受給される年金の不足も、理不尽な増税も、政治家の裏金も、どうでもいいのだ。反対に、格差社会のなかで「負け組」に転落するのも、非正規雇用に甘んじているのも、ひとえに自分のせいなのだ(こういう時代に、なんでも個人の心の問題や、脳の機能の問題にすりかえる言説がバズっているのも象徴的ではないか)。DVの夫から日常的に暴力を受ける妻がしばしばみせる、夫の怒りの原因を自分の至らなさについ求めてしまう傾向とよく似ている。
 
日本人は、本当に民主主義を望んでいるのか
 デモクラシー(民主主義)は、不便や混乱と隣り合わせだ。

 1995年、シラク大統領が、国有交通機関などの職員が加入する公務員特別年金制度の改革を宣言したとき、この改革に反対する公務員や学生たちによって全国的な大規模ストライキと示威行動が決行された。当時私もフランス・ブルターニュに住んでいたが、電車も飛行機も郵便配達も止まり、スーパーマーケットでは多くの商品が欠品状態だった。

 また、デモクラシーは容易に「衆愚政治」に堕する欠陥ももつ。

 しかし、――もし私たちがデモクラシーという政治体制を望むのであれば、というそのかぎりにおいて――その不便さや欠陥を「賭け金」として、私たちはそこに〈賭ける〉しかない。あくまでも私たちがそれを望めば、という話であるが。

福田肇