大学教育崩壊につながる「国立大学法人法改正案」の問題点とは…民間企業が「稼げる大学」法案で大学を食い物にする矛盾

 
「国立大学法人法改正案」の問題点
 
2023年11月20日、大学の自治と学問の自由を奪いかねない「国立大学法人法改正案」が衆議院を通過した。この法案は「稼げる大学」の過熱や文部科学大臣の人事介入を招き、学問の多様性喪失、学生の教育環境悪化を加速させる恐れがある。その理由を解説する。
 
「学生に必要な公共施設」より「稼げる民間施設」が優先される危険性
この改正案による大学教育への悪影響は多岐にわたる。

*本記事で説明を省略する問題点(一県一国立大学の原則崩壊、軍事研究など政権が推進する学問が優遇される恐れ等)を含む全体像は、筆者のtheLetter「第二の日本学術会議問題。国立大学法人法改正による大学教育崩壊の全体像」(2023年11月10日)参照

学生の立場でわかりやすい例を挙げると、大学キャンパスで「学生に必要な公共施設」(運動場、寄宿舎、学生食堂、保健管理センター、図書館等)よりも「稼げる民間施設」の建設・整備が優先され、学生の教育環境悪化に拍車がかかることが問題視される。

2004年の国立大学法人化以降、予算カットや規制緩和によって政府や経済界が国立大学に「稼げる大学」への変身を求めてきた中、2017年には大学から企業への土地貸付までも認められたが、それには文科大臣の「認可」が必要だった。

今回の改正案では「届出」のみで可能になり、貸付のハードルが下げられた。これによって、土地で稼ぐことにさらに積極的になる大学が増えるだろう。こうした本末転倒な状況は国内最高峰の教育機関に位置付けられる東大・京大のキャンパスでも既に現実になっており、さらなる加速が見込まれる。

例えば、東京大学では学生寮が不足する問題は放置したままで、白金台キャンパスや目白台キャンパスの余った土地にホテルや老人ホームを建設するプロジェクトを事業者(三井不動産、三菱地所等)が進めている。

また、京都大学では学生・教職員の健康を守る上で必要な保健診療所の廃止を大学が2021年12月に突然発表。学生らの反対署名を無視して強行されてしまった。「稼げるか、稼げないか」という本来は大学教育と相容れない価値観を押し付けた結果、最も尊重されるべき学生の教育環境は確実に悪化している。

さらにショッキングな事例としては、「図書館の図書購入・運営費用」(筑波大学)や「老朽化したトイレの改修費用」(金沢大学)をクラウドファンディングで調達せざるを得ない国立大学まで出てきている。

今回の改正案によって、半数が学外者で構成される合議体(運営方針会議)が強大な権限を持てば、このように「学生に必要な公共施設」よりも「稼げる民間施設」を優先する姿勢はさらに顕著になるだろう。

学内の教職員であれば決して許さないような、「学び」よりも「稼ぐ」ことを優先した意思決定を、学外の経済界関係者が躊躇なく進めることは容易に想像できる。これこそが、突然の法改正の狙いの1つだろう。つまり、約30年に及ぶ経済低迷で本業だけでは稼げなくなった日本企業が、本来は公共の財産であるべき土地を食い物にして生き永らえようとしているのが実態だ。

これは、神宮外苑や旧横浜市庁舎叩き売り(横浜版モリカケ)を始めとする再開発問題の構図とも酷似する。
 
 
1930年代におきた学問弾圧との共通点
身近に大学関係者がいない場合は、まだ当事者意識を持てないかもしれない。

この改正案がすべての日本国民にとって他人事ではないとわかるエピソードを最後に紹介する。衆議院で法案審議中だった11月14日、廃案への機運を高めるため大学関係者(大学フォーラム、「稼げる大学」法の廃止を求める大学横断ネットワーク等)は議員会館で緊急院内集会を開催。

そこで指宿昭一弁護士は、かつての日本にも現在とよく似た時代があったことを以下のように指摘した。

「明治憲法下において大学の自治が侵害されて、何が起こったか。軍国主義が蔓延り、そして戦争への道に突入した。1933年、滝川事件。その次の年に天皇機関説事件。今、それと同じ政治社会状況にある。(中略)2つの事件を通じて大学の自治や学問の自由が破壊されてアジアへの侵略戦争へと国が進んでしまったことを私たちは決して忘れてはならない。だから何としてもこの法案を阻止しなければならない」

*滝川事件:著書が共産主義であること等を理由に京都帝国大学 瀧川幸辰教授を文部大臣が罷免・弾圧した事件
*天皇機関説事件:「主権は国家にあり天皇には無い」と唱えた憲法学者 美濃部達吉を軍人や右派政治家が弾圧した事件

https://youtu.be/LjwId-NnidU
当日の集会映像。指宿昭一弁護士の該当発言は56分33秒~

指宿弁護士は、現在の日本は太平洋戦争直前の1930年代と酷似しているという。「歴史は繰り返す」という名言の通り、国立大学法人法改正案は大学教育の崩壊にとどまらず、近い将来に日本が再び戦争当事者国になる可能性につながるほど危険な法案といえる。

取材・文/犬飼淳

 

大学自治を脅かし、学問の自由を奪いかねない「国立大学法人法改正案」の問題点と法案可決までの異常なスピード感

 
2023年11月20日、一部の大規模な国立大学に運営方針の決定などを行う合議体の設置を義務づける「国立大学法人法改正案」が衆議院を通過した。だが、この法案は「稼げる大学」の過熱や文部科学大臣の人事介入を招き、学問の多様性喪失、学生の教育環境悪化を加速させる恐れがある。その理由を解説する。
 
日本学術会議任命拒否を彷彿とさせる制度設計に突如変更
国民の反対を無視して、自公政権が数の力で問題法案を強行採決することが常態化している。

例えば、今年6月に強行採決された入管法改正案では国会前で数千人規模の抗議デモが複数回行われた。テレビや新聞でもそれなりに報道されたため、法案の問題点を認識している読者は少なくないだろう。しかし、これに匹敵する悪法が今月、衆議院で強行採決された。

その法案の名前は、「国立大学法人法改正案」(「国大法」と表記する場合あり)。

この法案は、国立大学における「学問の多様性喪失」や「学生の教育環境悪化」を招き、将来的には公私立大学にも同様の悪影響が波及する恐れがある。つまり、これから日本の大学に進学予定のすべての学生が甚大な不利益を被りうる。

国大法改正案最大の懸念事項は、新たに設置が義務付けられる「合議体」(「運営方針会議」と表記する場合あり)と呼ばれる意思決定の仕組みだ。委員3名以上及び学長で構成される合議体は以下の通り、非常に強い権限を与えられる。
 
 
<新設される権限>
・学長に対して、法人運営を監督
・学長選考・監察会議に対して、「学長選考に関する意見」や「学長が解任事由に該当する場合の報告」を実施

<役員会から移譲される権限>
・「中期目標への意見、中期計画の作成」「予算と決算の作成」の意思決定

合議体を構成する委員の半数以上は学外者が適当とされている。その理由は、もともと合議体は国際卓越研究大学(認定校を大学ファンドで助成する仕組み)のみで必置とされたものだからである。学外から支援を受けるのだから、意思決定機関にも学外の者を入れるべきという考え方だ。

ところが、今年9月7日に内閣府 総合科学技術・イノベーション会議(通称「CSTI」)で文科省が説明した資料「国際卓越研究大学の認定に向けたガバナンス改革と国立大学法人の規制改革の具体の方向性について」は従来の議論から完全に逸脱していたため、関係者は驚愕した。その逸脱ぶりを、「合議体に関する従来案と改正案の変化」と「懸念点」に着目して整理すると、次のようになる。

合議体が大学自治の崩壊を加速させる理由
 
 
まず合議体の設置対象は、従来案では「国際卓越研究大学のみ」(今年9月に認定候補に残ったのは東北大学1校)だったが、改正案では「一定水準の規模」と政府が見なしたすべての大学法人へと一気に拡大。

「一定水準の規模」の目安として改正案には「理事が7人以上」等の記載がある一方、9月7日のCSTI議事録などを確認すると、当面は以下5法人が対象と見なされている。

東北大学、東京大学、東海国立大学機構(名古屋大学・岐阜大学)、京都大学、大阪大学

ところが、理事が7人以上いる国立大学は全11法人のため、残りの以下6法人はなぜか対象から漏れたことを意味する。

北海道大学:7人、筑波大学:8人、神戸大学:8人、岡山大学:7人、広島大学:7人、九州大学:8人

*上記に加えて、2024年度に「東京科学大学(仮称)」に統合予定の東京工業大学(4人)と東京医科歯科大学(5人)も統合後は理事が7人以上になる可能性あり

11法人のうち今回の5法人が選ばれた理由は不明。学生数などで比較すれば東北大学と規模が同等以上の3法人(北海道大学、九州大学、筑波大学)が外された事実が示す通り、政府のさじ加減で合議体の設置対象が一方的に決められることは大きな問題だ。

これは可能性としては、将来的に設置対象の国立大学全86校への拡大もあり得ることを意味する。また、今回の改正案では言及されていないが、将来的にこうした動きが公立大学・私立大学に波及する恐れもあるだろう。

さらに、強大な権限を与えられる合議体の委員の任命方法も突如変更。従来案では文科大臣は「法人の申出」に基づき委員を任命するだけの立場だったが、改正案では文科大臣の「承認」が委員任命に必要となった。

つまり、文科大臣が納得しない人物の任命拒否が可能になる。これはいわば、2020年に大問題となった日本学術会議の任命拒否とまったく同じ構図となり、政権に不都合な発言や研究をした人物は任命拒否の恐れが生じる。これこそがこの改正案が第二の日本学術会議問題になると懸念される理由だ。
 
「国民が知らぬ間に法案を成立させたい」とも思える異常なスピード感
この改正案が不気味な理由として、従来の議論から完全に逸脱した内容にもかかわらず、政府が異常なスピードで物事を進めていることが挙げられる。直近の出来事を時系列で整理すると以下のようになる。

9月7日:CSTI資料を通して、従来の国際卓越研究大学をめぐる議論から大きく逸脱した内容で国立大学法人法改正が検討されていると発覚

9月22日~10月27日:文科省が国立大学協会の各地区の支部会議等で改正案を順次説明。実態が徐々に大学関係者に浸透し始める(9月22日 九州、9月29日 近畿、10月10日 関東・甲信越、10月12日 中国・四国、10月13日 理事会、10月17日 北海道、10月27日 東海・北陸)
10月17日:自民党部会で改正案を審議
10月31日:政府は改正案を閣議決定
11月7日:衆議院で改正案が審議入り
11月17日:衆議院 文部科学委員会で改正案を可決 *審議時間は11月15日の僅か5時間のみ
11月20日:衆議院 本会議で改正案を可決
12月1日〜:参議院で改正案が審議入り(予定)

国立大学協会への説明完了から1か月も経たないうちに法案が衆議院を通過。

「国民が知らぬ間に法案を成立させたい」という政府の本音が聞こえてきそうなほど拙速だ。こうした状況に危機感を抱いた大学関係者の有志(「稼げる大学」法の廃止を求める大学横断ネットワーク)は反対署名の立ち上げに加えて、11月7日(審議入り当日)に議員会館で記者会見を開催。法案の問題点をメディアに具体的に説明した。
 
同会見には筆者も参加し、新聞は複数社(朝日新聞、毎日新聞、東京新聞等)が参加。しかし、法案が衆議院を通過した11月末現在もテレビ局の関連報道は少なく、国民のほとんどが知らぬ間に問題だらけの法案を静かに成立しつつある。

 

国立大学法人法の改正案 国立大学協会が強い危惧示す声明発表

 
文部科学省は「引き続き丁寧な説明を尽くしたい」としています。この姿勢をいつまでも続ける文部化学省。
 
国立大学協会が声明
法律案が成立すれば…国立大学法人の根拠法たる国立大学法人法において、
特定国立大学法人、
準特定国立大学法人及び
それ以外の国立大学法人と、
国立大学法人が区分され、差異のある取扱いがなされる可能性があることに強い危惧を持つ
 
 

 

大規模な国立大学法人に中期計画や予算などを決定する「運営方針会議」の設置を義務づけることなどを盛り込んだ国立大学法人法の改正案をめぐり、「国立大学協会」が強い危惧を示す会長声明を発表しました。

現在国会で審議されている国立大学法人法の改正案は、大規模な国立大学法人を「特定国立大学法人」に指定し、学長と3人以上の委員でつくる「運営方針会議」の設置を義務づけた上で、中期計画や予算・決算を決定する権限を与えることなどが盛り込まれています。

 

この改正案をめぐり、国立大学協会は24日、永田恭介会長名で声明を発表しました。

この中では「特定国立大学法人などとそれ以外の国立大学法人で差異のある取り扱いがなされる可能性があることに強い危惧がある」とし、「既存の会議体の権限との関係性で懸念の意見もある」としています。

その上で政府に対し、会議の設置の有無で予算配分などに差を設けないことや、設置する国立大学法人の自主性・自律性を尊重することなどを求めています。

国立大学協会が国会で審議中の法案に対し声明を出すのは異例だということで、文部科学省は「引き続き丁寧な説明を尽くしたい」としています。

改正案をめぐっては、運営方針会議の委員の任命に文部科学大臣の承認が必要となることに対し、大学教員などから大学の自治を侵害するおそれがあるなどとして反対する声も上がっています。