今日の笑点

春風亭一之輔

谷村新司が先月なくなった、その『良い日旅立ち』の「ああ~日本の何処かに」に続く言葉の質問に

『ああ~日本のどこかに、お金の使い道他にあるだろう。まだ万博やりたいと言っている人がいるんですね』

 

 

あれだけヨイショして貰った在阪メディアにまで牙をむく
 風向き変わって被害妄想か。
 相当追い込まれてますな〜!

 

維新吉村知事は、メディアからの追及を「文句」と表現。記者会見で自分もしゃべることが許されているのに、そこではしどろもどろになるが、支持者の前では饒舌。万博建設の遅れや建設費の膨張問題にもう少し真面目に向き合うべきなのに、48才の大人が文句を言われない場所でこんな風なのは恥ずかしい。

 

もう支離滅裂。
維新ガーだの自民ガーだの三流のネット荒らしみたいな語録で終わるのはイタリアに失礼

 

そもそもおかしいんですよ。
橋下氏・松井氏を先頭に「維新」の人たちが上から目線で「経済効果ガー」「万博の意義ガー」って語ってるの。
あんたらが勝手に万博誘致して、勝手にコケて、全国民に迷惑かけてるんですよ。
まずは「国民のみなさま、迷惑かけてごめんなさい」でしょ。何をエラそうに。

 

 

不評だった「インパク」から20年
万博はネット時代にどれだけ意味があるのか

 2025年の万博の開催地が大阪に決まった2018年11月、筆者は「この万博が成功する可能性は低いだろうな…。なぜ大阪で、また…?」と暗澹(あんたん)とした気持ちになったことを覚えています。その理由は、2000年12月31日から1年かけて開催された「インターネット博覧会」(通称インパク)において、当時勤めていたソフトバンクでインパクの担当をした経験を思い出したからです。

 

 インパクは当時、経済企画庁長官だった堺屋太一氏の提案に基づき、政府のミレニアム記念事業の一環でもある経済振興策として、110億円の予算を投じて実施されました。「すべての人がインターネットに親しむ」をコンセプトに、企業・個人や地方自治体がネット上に出展したパビリオンは507サイト、トップページのアクセス数は年間5億3300万回で、「一定の成果があった」とされています。

 

 しかし、開催期間が終了すると、多くのサイトは閉鎖され資産として残ったものはほとんどありませんでした。また、トップページのアクセス回数もハッキリ言って決して多くありません。例えば、2001年1月のYahoo!JAPAN全体のページビューは、1日当たり1億5000万PVでした。インパクのトップページのみと単純に比較はできないのですが、数値のおおよそのイメージは分かりますよね。

 実は、私はこのインパクの事務局から開催前、「パビリオンへのIT企業や個人の出展者が集まらないで困っている」と相談を受けていました。それは、「ソフトバンクならIT企業や個人を束ねて、万博らしい新しいテクノロジーを集めることができるのでは?」という期待からでした。

 そこで、外部企業や個人に詳しい社内の人物を複数ヒアリングしてみたのですが、「わざわざインパクに対応しなくても、すでに自社サイトに自社商品を掲出している」「新しいテクノロジーを活用した商品だからといって、インパクでやる必要がどれだけあるのかな」といった声ばかり…。ソフトバンクから無理やり取引先にお願いするのはかなり微妙だという話になってしまいました。

 それもそうでしょう。そもそもインターネットとは日本中、世界中に同時に低コストでいつでも自社商品を知ってもらえる空間です。物理的な場所や時間、煩わしいしがらみや制約にとらわれる必要はありません。インパクに参加するメリットはいったい何か。事務局担当者にこう話すと、その後、連絡は来なくなってしまったのでした。

 インパクの不評については、すでにさまざまな検証がなされているのでこれくらいにしておきましょう。突き詰めると企画側に、ネットに対する無理・無知・無駄があったと思います。

 そして、「万博はネット時代にどれだけ意味があるのか」という命題は、あれから20年以上たってさらに顕著になっています。スマートフォンが普及し、誰もが安価かつ手軽にネットから情報を入手できるようになっているからです。

 次ページでは、万国博覧会というイベントの意義を、その歴史を振り返りながら考えてみたいと思います。25年大阪万博の旗振り役でもあった堺屋氏のビジョンの矛盾や、最近SNS上で渦巻くある疑念についても紹介しましょう。

 

 万国博覧会とは、1928年に結ばれた国際博覧会条約に基づくイベントです。この条約では、「博覧会とは、名称のいかんを問わず、公衆の教育を主たる目的とする催しであって、文明の必要とするものに応ずるために人類が利用することのできる手段又は人類の活動の一若しくは二以上の部門において達成された進歩若しくはそれらの部門における将来の展望を示すものをいう」と定義されています。

 次に、歴代の万博の来場者数のランキングを振り返ってみます。

1位 2010年 中国 上海国際博覧会 7300万人
2位 1970年 日本 日本万国博覧会(大阪万博) 6400万人
3位 1900年 フランス パリ万国博覧会(第5回) 5000万人
4位 1967年 カナダ モントリオール万国博覧会 5000万人
5位 1933年 米国 シカゴ万国博覧会(第2回) 4860万人

 このランキングを見て、気づくことがないでしょうか? 集客に成功した万博は、開催国の経済が急成長している時期に行われたのです。

 1位の中国、2位の日本は、高度経済成長期でした。3位は当時、フランスが重工業で発展するドイツやイギリス、アメリカに対抗していた時期。フランスは芸術での優位性を強調し、万博を機にアール・ヌーヴォーが流行しました。また、4位はカナダの歴史上最も経済が成長した時期(経済成長率5.2%)。5位は、米国が第1次大戦を経て急成長した後で、本来はもっと上位になるポテンシャルはあったのですが、1929年の大恐慌によって5位にとどまったとも分析できます。

 万博とは、世界各国が自国の発展のために、将来の市場として有望な開催国で、一つの会場に物理的に集中してパビリオンを建設することで集客するイベントです。改めてこう論じると、2025年の大阪万博は、いかに成功が難しそうか、分かりますよね。

 高速インターネットやスマートフォンの普及により、物理的に新しい商品を1カ所に集める意義は薄れています。さらに、日本を市場として見た場合、人口減少や潜在成長率の低下などもあり、参加国から見て魅力的とは言い難い状況です。

 また、「世界の中での日本」という観点で万博の意義が失われているだけでなく、「日本の中の大阪」という観点でも、その意義は急速に失われつつあると思います。その理由は、2025年大阪万博の旗振り役でもあった堺屋氏のビジョンと、現実が大きく異なってきているからです。

 堺屋氏は、かつてあるインタビュー記事で次のように語っています。

「東京と違い、大阪は官僚統制を受けてきませんでした。民によって街づくりがなされ、民の文化を醸成してきたのです。万博構想のある2025年を契機に、大阪という都市を日本だけでなく世界でどう位置付けるか。自主独立の文化をもう一度生み出し、大阪の誇りを取り戻すことは、日本にとって有益になる。今こそ発想を大転換し、再び日本の中心たる大阪を目指そうではありませんか」(婦人画報2017年4月号、大阪エリア版にて)

 この「自主独立の文化をもう一度生み出し、大阪の誇りを取り戻す」というビジョン。何とも皮肉なことに、今や大阪万博は、国に建設保険や一部費用などの負担を求める事態になっています。

 また、SNS上では最近、ある疑念が渦巻いています。《大阪万博のポスターが「2025年大阪・関西万博」から「2025年日本国際博覧会」に表記が変更されているものが増えている》《大阪府知事は万博実施に不安の声が大きくなると逃げを打った》といった指摘が相次いでいるのです。

 万博協会はこの疑惑を否定するものの、こうした指摘がはやるのも、国に責任負担を求める事態になっているからです。もはや、堺屋氏が言う「大阪の誇りを取り戻す」レベルではなく、むしろ“後ろめたい”現状になっています。

 総じて2025年の万博は、ネットの普及、日本経済の現状、大阪万博としてのビジョンの面で、成功する要素があまりにも少ないでしょう。工事は進んでいるものの、将来的な解体・メンテナンス費用なども勘案すれば、中止の決断をしたほうが国民、大阪府・市民にとっていいのではないかと個人的には強く思って仕方ありません。

(トライオン代表 三木雄信)