こうした社会保障に対する申請主義を見直し、積極的な給付を行うためには、かつて旧生活保護法を改正し、現生活保護法にたどり着いたように、地道に法律を改正して「ポスト申請主義」の形を作り出していくしかないのである。

 このことにマイナンバーカードは関係がない。給付金の支払いが遅いことをマイナンバーカードに結びつけ、さらにそれを左翼への憎悪に結びつけるような主張には一切の妥当性が無いだけではなく、むしろ本当の問題である現在の申請主義の解決を遠ざける主張である。

 

新型コロナウイルス蔓延に伴う自主規制。町を歩く人は減り、経済活動の著しい足かせに対して当初から国民に対する大規模な給付金の必要性が問われてきた。

 最初は和牛券やお魚券でお茶を濁されかけたが、野党の追及や国民からの厳しい声もあり、遅ればせながらもなんとか10万円の一律給付という最低限の生活保障のための政策がとられた。

5月1日、さっそくオンラインで申し込んだ

その「特別定額給付金」を受給するためのオンライン申請が一部の自治体でスタートした。

 マイナンバーカードを利用して「マイナポータル」から、自分が住民票を持つ自治体へ申請を行うことができる。オンライン申請ができるのは「マイナンバーカード」を取得しており、かつマイナンバーカードに埋め込まれたICカードを読み取るための装置などの環境がある人に限られる。

 マイナンバーを持っていない人は、後日郵送で申し込み用紙が送られるので、現状でマイナンバーカードを取得していない人が今回の申請のためだけに、わざわざカードを取得する必要は無い。

 僕の自治体では早いうちからオンラインでの受付を開始したので、5月1日に早速申し込んだ。

 iPhoneの「マイナポータルAP」という公式のアプリを利用して申請。申し込み自体はとても簡単で、メールアドレスと電話番号。氏名、住所、生年月日を入力。同じ世帯の家族がいれば、受け取る給付対象者を入力。そして受け取るための銀行口座を入力。最後に、口座を証明するための画像をスマホ等で撮影して、添付して送信。あとは振り込みを待つだけだ。

 やること自体はたったこれだけ。暗証番号を間違えないように、ゆっくり慎重にやっても30分くらいだろうか。決して難しくはない。

 さて、今回の記事で別に僕は「特別定額給付金のオンライン申請やってみた」という記事を書きたいわけではない。

 では何を書きたいかと言えば、今回の申請とマイナンバーカード。そしてマイナンバーにまつわる誤解と、それを利用した喧伝があまりにも多いことについてだ。

 

 

申請にはマイナンバーもマイナンバーカードも必要ない

 まずは最初に書いたとおり「特別定額給付金の申請にはマイナンバーカードは必須ではない」。マイナンバーカードはあくまでもオンライン申請に必要なのであって、郵送での申請には不要なので、マイナンバーカードを持っていない人が慌てて役所に出向いて、カードを申請する必要は無い。

 次に、「特別定額給付金の申請にはマイナンバーは必要ない」ということ。

 同じ事を2回言っているように見えるかもしれないが、最初に言ったのは「マイナンバーカード」。今回は「マイナンバー」である。マイナンバーとは、マイナンバー制度施行時に送付された「マイナンバー通知カード」に書かれた12桁の数字である。この数字も今回の申請には不要である。

 

 

総務省の特別定額給付金の特設サイトに記載された詳しい申請方法を見れば分かるが、オンライン申請、郵送申請、そのいずれにおいてもマイナンバーの記載欄はない。

 オンライン申請ではマイナンバーカードのICチップに格納された電子証明書は利用していても、マイナンバーそのものは利用していないのである。

 なので、マイナンバー通知カードを無くして、自分の番号が分からないという人も、慌てて役所に駆け込む必要はない。どうせ使う機会もない番号なので、コロナ騒ぎが終わってから、ゆっくり役所で再発行を受けて欲しい。

 そして、一番重要なことは「特別定額給付金の迅速な給付のために、マイナンバーカードは必須ではない」ということだ。

 一部の政治家や論者が今回の給付に対して「マイナンバーカードの普及率が低いから、迅速な給付ができない」などと主張している。

 そして、マイナンバーと銀行口座の紐付けがされていれば、行政はすぐにでも個人の口座に給付金を振り込むことができる。それができないのもすべて左翼がマイナンバー制度に反対したからだ云々と騒いでいる。

 まず、マイナンバーカードの普及率はどのくらいなのか、確認したい。

 

現状ではメリットが薄いマイナンバーカード

 令和2年3月1日現在のデータでは、マイナンバーカードの交付枚数が2000万枚弱。人口に対する交付枚数率(=普及率)は15.5%となっている。一見、少ない数字にも見えるが、マイナンバーカード以前にe-taxなどを利用する際に必須であった「住民基本台帳カード」は平成27年12月末の時点で、有効交付枚数が約717万枚。普及率は約5.6%であった。住民基本台帳カードは同年12月28日で交付を終了しているので、これが最終の数字である。

 つまり、少なくともマイナンバーカードは以前の同種のカードに比べれば、普及率はかなり健闘していると言えるのである。

 

そもそも、マイナンバーカードは無料で作れるとはいえ、使い道が非常に限られるカードである。僕がマイナンバーカードを持っているのはe-taxによるオンラインでの確定申告を行うためだ。いちいち税務署に書類などを持っていき、申請終了間近の長蛇の列に並ぶ必要が無いのでとても便利で、毎年使っている。

 しかし一方で、確定申告の必要が無い人。それこそ会社の年末調整だけで済んでしまうサラリーマンにとっては、マイナンバーカードは必要ではない。

 また、マイナンバーカードを利用することで、コンビニなどで住民票の写しや印鑑登録といった各種証明書を取ることもできる。しかしこれも、それらを頻繁に必要とする仕事でもしていない限り、メリットとしては極めて薄い。

 さらに、総務省は「写真入りのマイナンバーカードを作れば、身分証明書としても使える」とアピールするが、隠匿すべきマイナンバーがドーンと券面に書かれたマイナンバーカードを身分証明書には使いたくない。

 運転免許証にかつて記載されていた「本籍」は券面から姿を消し、ICチップに格納されて久しいというのに、どうしてマイナンバーカードではマイナンバーが丸見えなのだろうか。疑問である。

 また、子供がマイナンバーを取得するメリットは皆無であるから、子供に普及することはない。そんな状況で人口に対して15.5%も普及しているなら、マイナンバーカードは十分に普及しているといえる。いずれにせよ現状のメリットでは、今の数字が大きく向上する未来はあり得ない。

 9月からは「マイナポイント」の開始が予定されており、マイナンバーカードとキャッシュレス決済のサービスを紐付けすることで、最大5000円分のポイントバックが予定されているが、はたしてどうなるのだろうか?

 さて、ではひとまず仮にマイナンバーカードの普及率が100%で、そのすべてのマイナンバーに銀行口座が紐付けされており、行政がいつでも個人の口座に給付金を振り込むことができる状況にあるとして、行政は給付金をすぐさま振り込んでくれるだろうか?

 それだけは決してない。なぜなら日本の行政は社会保障においては「申請主義」を当然と考えているからだ。

 

行政側は「受け身でしか支給をしない態度」

 「申請主義」とは市民が社会保障などの行政サービスを利用するときには必ず、市民の自主的な申請を前提とする考え方である。

 申請主義が取られている理由は、1946年に施行された旧生活保護法では、生活保護の支給の判断は市町村長が一方的に行い、市民自らが保護を請求する法的権利がなく、不支給への不服申し立てなどもできず、その用を果たさなかった。

 そこで1950年に施行された現生活保護法では「生活保護は原則として要保護者の申請によって開始される」という趣旨の条文(7条)が書かれ、これが社会保障に対する申請主義の根拠となっている。

 

法的根拠ができたことにより、個人が保護を行政の側に要求できるようになり、行政の都合で一方的に保護されたりされなかったりということは(表面的には)無くなった。

 しかし、同時に受給条件を満たしていても、申請がない限りは社会保障が活かされないという新しい問題も発生したのである。

 今回の特別定額給付金の支給が決定した際、麻生太郎財務大臣が「要望される方、手を挙げる方に給付する」という発言を行って批判されたが、これが極めて素朴な申請主義のイメージである。

 しかし、単純に手を挙げると言っても、行政サービスを自ら発見し、細かい基準に従って必要な書類を用意し、収入などを証明し、役所が開いている平日の時間に、出向いて申請する。こうした手間を個人が行う事は決して簡単ではない。

 それは当然、手間がかかると言うこともそうだが、障害を持つ人などのアクセスが容易ではないということも含まれる。

 結果、個人が行政からのサービスを受けるためには、福祉系NPOなどのインフォーマルサービスによる支援を受けて、ようやく申請にこぎ着けるなんて事が当たり前になってしまった。

 生活保護については「水際作戦」のような「絶対に申請させない」という問題も存在するが、そうした申請者を排除するような悪意が行政側に無くとも、申請主義が社会保障支給の根幹である限り、原則的に行政側は「受け身でしか支給をしない態度」なのである。

 そしてそれは今回の給付金も同じである。最初に国が給付金を「住民税非課税世帯と、収入が50%以上低下した世帯」に区切ったのも、従来の書類を集めて提出させる、申請主義の考え方が前提にあればこそである。

 今回の特別定額給付金は、オンラインによる申告ができると同時に、郵送による申請もでき、その書類は行政側から送られてくるが、もしこれが「住民税非課税世帯と、収入が50%以上低下した世帯」への給付であれば、行政は住民たちに公報などを通じた「お知らせ」はしても、申請書類そのものを全世帯に送るということはしなかっただろう。

 

社会保障の「申請主義」を見直せ

 少なくとも今回の特別定額給付金の申請の敷居が「郵送されてくる書類に、住所氏名電話番号と口座番号を書いて送り返す」という極限にまで下がったのは、申請主義前提の政府に対して、批判を続けたからである。

 申請した人だけに給付をするという受け身では無く、できるだけ多くの人に申請させるという攻めの姿勢にさせた意味は、極めて大きい。

 だがしかし、今回の特別定額給付金はあくまでも特別扱いだ。多くの社会保障は申請主義を前提とした、受け身の姿勢を貫いた制度であることに変わりは無い。

 こうした社会保障に対する申請主義を見直し、積極的な給付を行うためには、かつて旧生活保護法を改正し、現生活保護法にたどり着いたように、地道に法律を改正して「ポスト申請主義」の形を作り出していくしかないのである。

 このことにマイナンバーカードは関係がない。給付金の支払いが遅いことをマイナンバーカードに結びつけ、さらにそれを左翼への憎悪に結びつけるような主張には一切の妥当性が無いだけではなく、むしろ本当の問題である現在の申請主義の解決を遠ざける主張である。

 そのような主張をゆめゆめ受け入れてはならない。