成人式が行われた。あの人たちが二十歳になって、社会人になって、社会を回していく、成員になるのかと思うと、少し不安になるけれど、自分も来年二十歳になり、同じような立場に立たされるという意味でも、やはり不安である。でも実際に社会を回す(正確には社会を回されている)人が目に見える、想像できる距離にいた人が社会人になると思うと不思議な実感と、大人の世界の身近さを感じていた。
社会は入れ替え可能な仕事、誰でもできる仕事のほうが多いはずで、自分にしかできない仕事を求めるのではなく、入れ替え可能な誰でもできる仕事の中でどう自分らしさを出していくか、このぐらいのことができれば社会はうまく回るし、その構成員もそれなりに満足できる道筋は、方法論的なものは示されているように思う。
自分らしさは何かがわからなければ、小学校時代の友人にあって、自分がどんな奴だったか聞いてみればいい。それが正しいかどうか、仕事に生かされるかどうかは重要なのではない。自分が他人によってしかも友達によって、こういう奴だよと言ってもらい、自分でもそういう所あるなと思い込むことが重要なのである。他人からのキャラ設定が自分らしさを捉えてみる。というような寛容さ、態度の寛容ながまず重要か。