信心しなくても良い人はいる | ゆきまさのブログ

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知っていただきたいことを、主に記していきます。

  (『青春対話』より)

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 「信心しなくても良い人はいるが」

 

 その通りでしょう。人格的に立派な人はたくさんいます。

 

 信心しているとかいないとかで差別するのは誤りです。

 

 信仰していなくても立派な人はいる。だからこそ、信仰した私たちは、より以上に素晴らしい人間にならなければいけない。

 

 謙虚に、学ぶべきは学びながら、そういう立派な人と友情を結んでいくべきです。

 

 ただし、立派そうに見えても、その人の心の中までは、なかなかわからない。

 

 幸福そうでも、一歩、内面に立ち入れば、深刻な悩みを抱えている場合が多いのです。

 

 また、今、幸せそうに見えても、それが続く保証はない。

 

 ・・・有名であったために、名声がなくなったとたん、みじめな人生になる場合もある。

 

 大きな家の中で、仲が悪く、心が冷えきっている家族もいる。

 

 そういう、はかない「相対的幸福」ではなく、自分自身の生命そのものを宮殿に変えるのが「絶対的幸福」です。

 

 自分が宮殿のように広々とした心になり、輝いていけば、どこにいても、何があっても幸福は揺るがない。

 

 また、人生の一番の根本問題は「死」の問題です。

 

 どんな立派な人でも、賢い人でも、「死」の苦しみを解決することはできない。

 

 「死」という根本の苦悩を乗り越えて「永遠の生命」を感得するには、正しい仏法の実践しかないのです