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~井澤食堂~ぺペロンサーモングラタンささみ霜降りユッケ

2008年07月30日の記録~親父~

■2008年07月30日の記録


あのバーベキューをした日

家族とたくさん話せて親父の曲もやっと 聞かせれた日

間違いなく 神様からのプレゼントだと 今考えると そう思う

あの翌日くらいから 出血が始まり一気に悪くなった

飲みものも ペットボトルを支えて手伝えば飲むこともできた

まだ 会話もできた

それが 飲み込むのもえらそうで 口をガーゼで濡らすことしかできなくなり

会話もできなくなった
でも こっちが言ってることは反応ができないだけで ちゃんと聞こえていると病院の先生が言った

たまに 手が動きだしたり

声を張り上げだしたり
何をしてほしいか分からないのが辛かった

だんだん悪くなっていき 目も黄色になり まばたきも しなくなってしまった

しているのは 呼吸をなんとかしているくらいだった

ここ最近は母親も仕事を休み 自分も親父のそば で寝るようにしていた

だいぶえらそうだな…と思って金曜日 心配しながら会社に行った
昼前に会社に母親から電話があった

今すぐ戻ってきて

やることだけやってすぐ帰った

結局その日親父は 呼吸がとまってしまった
呼吸がとまる直前は 凄く苦しそうで なんとか呼吸をしている感じだったけど 呼吸がとまる時は本当に静かに
穏やかに天国へいった
家族 親族みんなに看取られて

親父の大好きだった自宅で

幸せな 天国へのいきかただったと思う

覚悟はできていたけど涙が 溢れだした

ウソみたいな話だけど息がとまった 2秒後くらいに インターホンがなった 先生だった
心配してくれて まだ呼んでないのに ちょうどきた

先生が脈に手をあてた時 息がとまったはずの親父の喉が1回だけ
動いた

多分 先生にお礼をゆうために 頑張って待っていたんだと思う
その先生が きた数秒後に またインターホンが鳴った

お見舞いをもって 仲の良い親父の同級生がそこに立っていた

母親と僕が 涙を流して 今ちょうど…

とゆうと その友人は 顔がクシャクシャになって泣いていた

しばらく家に入ることができなかった

親父の体をみんなでふき 痛々しい体が 闘病の凄さを 物語っていた

棺に一緒にいれるもの と言われ彼女から預かっていた 手紙を思い出し 部屋へ取りにいった

親父の変わりに呼んだ
涙が 溢れだした

おれ こんなに泣くのか とゆうくらい 体が震えながら 思い切り泣いた

そして母親にも変わりに呼んでもらった

母親も体を震わせながら泣いていた

自分は 親父の口があかないように いつもライブで使っていたタオルをいれた

親父の兄さんが ほんと優しいやつやった と声を震わしながら大の大人が泣くのを見てまた泣けた

それからは 気づいたら今とゆう感じで

通夜 葬儀と あっとゆう間に終わった

数え切れないほどの昔話をした

知らなかったことがこんなにもあったのかと思うくらい した

また 親父 家族が好きになった

親族の人たちも ユーモアのある あったかい人ばかりだった

同級生の人たちや 親族の人たちから聞く話は 本当に聞けて良かった

通夜 葬儀も 普通なら親父は自営業なので もしかしたら少ないんじゃないかなと 心配していたけど

たくさんの友達や 少年野球で もう10年以上も会ってない父兄の人たちまで…

聞くと 親父が仕切る飲み会なら みんなくる くらい 父兄の人たちの人気者だったらしい

こんなに みんなが泣く葬儀は 見たことがない と よっぽどいい人だったんだね と言われ また涙がでた

親父くらいの人の歳の人が大泣きするとこなんで 見たことないけど お焼香をするときの 親父の友人であろうと想われる人たちが泣き崩れていく姿を見ると 余計に泣けた

まさか とは思ったが大学の仲のいい友達が全員 葬儀場の奥の方で見えた時は

喪主として こらえていた涙も 一気に溢れだしてしまった

何より母親が泣き崩れるのと 妹が泣き崩れるのが一番こたえた
本当に一生分くらい泣いたと思う

心配してくれたみんな励ましてくれたみんな本当にありがとう

わざわざきてくれた 相方 みのるくん 上村 かずと だいすけ きむら とりいくん はせ さっちゃん みほ みな ゆみこ きゃわ しょうじろう けんたろう まっさん 草木くん こうたろう よしや あきのぶ やすだ えいじさん 高木監督

きていただいた みんなに本当に感謝します
あれだけ みんなの泣く姿を見ると 親父は みんなから 愛され 親しまれていた人なんだなと改めて思いました
知らなかった一番びっくりしたことは 親父が13年間かかさず爺ちゃんの命日の25日毎月いっていたこと

そして親父が亡くなったのも25日…

正直まだ 親父が亡くなったのは 実感がなく 帰ってはこないけど どこかにいるような そんな感じです

色んな人たちに お母さんを頼むぞ と言われたので

父さん… 母さんと妹は 僕に任せてください

そして生まれ変わっても また あなたの息子として 生まれてきたいと思う

昭和28 8 12~ 平成20 7 25 満54歳

戒名 和心正道信士

息子として 今まで本当にありがとう

あと 電話くれた しょうすけ アリさんありがとう
アリさんに至っては 母 妹まで 電話変わってもらってすいません
あの後スナックのママがもってきてくれたカラオケの録音したテープ
しばらくは聞けないと思っていたけど

昨日葬儀が終わって みんなで酒を飲みながら 聞いた なかなか親父の番がてでこなくて
最後の方に 親父の声があった

松山千春の 君を忘れない だった

上手いのは知っていたけど
めちゃくちゃ優しい歌だった

心にしみた 泣きながらちゃんと最後まで聞きました

これからが また大変だけど 頑張ろうと思う

親父が亡くなったベッドの壁にはカレンダーに言葉が書いてあり
それが親父からのメッセージみたいな気がして

こう書いてありました
幸せは近くにある 遠いところばかりを見ているから 見つからないんだな

誰か海に連れてって

~井澤食堂~ささみサーモンカツ皿うどん豆腐汁

■ささみカツ サーモンカツ・・・パン粉だけつけて揚げ焼きしたやつ タルタルソースのマヨネーズが

                   少なかったのでオーロラタルタル

■皿うどん・・・100円のやつ 適当に具をぶちこんで はいできあがり

■豆腐汁・・・ほうれん草 もやし 椎茸 和風ダシ 溶き卵のやさしいヤツ
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~井澤食堂~トマトカレースパゲティ炒めあんかけえのきワンタン

■トマトカレースパゲティ・・・しめじ エリンギ トマト カレールー1欠片 にんにく

                  いけとるやんけい

■和洋肉野菜炒めあんかけ・・・適当に野菜をぶちこんで あんかけ仕様

■えのきホイル焼き・・・マーガリン醤油ちょろり

■ワンタンスープ・・・98円のやつに胡麻たしただけのやつ

■アボカド刺身

■玉ねぎ 水菜サラダ


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~井澤食堂~シチューライス丼鶏南蛮蕎麦ささみちくわ天風

■シチューライス丼・・・1皿分くらいだけシチューっぽいやつ作っといて ひいた米にどん

               焼いた玉ねぎ 目玉焼きもぼん 甘めのタレをちょろり

■鶏南蛮蕎麦・・・焼いた葱 揚げ焼きしたささみをダシ汁に投入 水でしめた蕎麦

■ささみ・ちくわ天ぷら風・・・片栗粉だけまぶしたやつを揚げ焼き 天つゆ・オーロラソース

■ほうれんそう胡麻あえ


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