糸満市にある摩文仁ヶ丘です。

平和祈念公園になっています。

 

 
 
私が特に意識して慰霊に訪れる第62師団慰霊碑です。
 

 
 
意識をする理由は、中国で任務に就いていた藤岡師団長は沖縄戦一ヶ月前に沖縄転勤を命ぜられたました。
新任地沖縄へ着いてひと月もないまま戦闘開始ですから部下の掌握もできていなかったでしょう。
今も昔も組織の人事の理不尽を強く思います。
 
 

 
 
また、第62師団は米軍が上陸する前は本島中部地区に配備されていて、米軍上陸後は嘉数の戦闘・前田の戦闘等の激戦を戦い、32軍司令部の摩文仁への移転に伴い南部へ移転しても、陣地を構築する余裕もないまま最後の抵抗を行いこの場所で藤岡師団長等が自決しました。
 

 
 

 
 
今回も冷たい日本茶を供えて慰霊しました。
 

 
 
私が慰霊碑について考えさせられたのは、確かに慰霊碑の前はよく管理されていますが、藤岡師団長等が自決した慰霊碑の後ろにある62師団司令部壕(洞窟)の中へ公園の手入れで出た折木や伐採された木等を廃棄されていることです。
 

 
 
 慰霊碑のすぐ後ろに壕はあります。
 

 
 
壕は草木を捨てるための穴ではありません。
 

 
 
 
 

広い公園敷地の東側には草木の廃棄地区があります。

もうひと頑張りして、速やかに第62師団司令部最後の壕を綺麗にしてもらいたいと思います。

人手がいるならいつでもボランティアに行きます。

 

 

 

 

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