こんばんは!
あっという間に8月になり、毎日溶けるくらい暑いですが、みなさんは体調崩されてませんか?
わたしはしっかり夏バテ中です(笑)
↑先日保育園の夏祭りに参加しました。年長さんだけで集合写真を撮るときも1人でピューっと走り回ったりと大変でしたが、先生たちのサポートでなんとか集合写真におさまることができました。
今回は、障害受容についてお話ししていきたいと思います。
お時間のある方や興味のある方は、お付き合いくださると嬉しいです。
日に日に現れる"以前の息子との違い"
息子が痙攣重積型急性脳症をなったとき、主治医からは何かしらの後遺症は現れると伝えられ、ネットで調べても約7割の患者さんに後遺症が残るとのデータを見て、不安で仕方ありませんでした。
入院中から小さな変化が気になり始め、退院してから1年半が経とうとしている現在、前回の記事で書いたてんかん以外にも、後遺症と思われる症状が少しずつ増えていっています。
↓よろしければこちらも併せてご覧ください。
息子の場合、分かりやすいものでいうとてんかんの他に、感覚過敏(大きな音に対して)、感覚鈍麻(痛みや恐怖、危険に対して)、多動や注意欠如、そして知的障害などがあります。他にも細かい違和感はたくさんありますが、それぞれが個別の後遺症としての症状なのか、他の症状に付随したものなのか、見極めが難しいものもあります。
息子は入院中から精神面が後退し、実年齢は5歳ですが、中身は1歳〜3歳くらいを日によって行ったり来たりしている感じです。退院後の生活の中で少しでも元に戻らないかと思っていましたが、病気になって1年が経とうとしていた頃、主治医から療育手帳の取得を勧められました。
療育手帳とは知的障害者に対して、主に都道府県知事が発行する障害者手帳のひとつです。
つまり息子は、"知的障害の可能性が高い"ということになります。
主治医からは、「病気になり約1年、毎月通院してもらって様子を見ているけど、精神面の大きな変化が見られないし、辛いけどここはもう割り切って、息子くんのためにも必要な支援を受けた方がいいかもしれないね」と言われました。
わたし自身、息子に後遺症が残ろうが、障害を抱えようが、生きていてくれるだけで十分という気持ちでしたが、いざ宣告されると受け入れ難いものがありました。
また、「療育手帳があることで息子が今後生活しやすくなるなら、別に知的障害でもなんの問題もないし、息子は息子やし」と、周りには物分かりのいい母親づらをしていましたが、1人になると知的障害や発達障害についてひたすら調べる毎日の中で、『障害受容』という言葉を知りました。
障害受容とその種類
さまざまな研究者たちの先行研究によると、障害受容とは、我が子に障害があることを正しく認知し、多くの社会的制約がある中でも自分や家族にとって新たな価値観を見出し、積極的に生活できるようになることを言います。
また、心理学者のベアトリス・アン・ライト博士によると、障害受容には次の4つの価値変換が必要だそうです。
❶ 失った部分以外にも多くの価値があると認識する
❷ 障害が自分(子ども)の価値全体を低下させるものではないと認識する
❸ 外見より内面的価値を重要とする
❹ 他社や一般基準と比較しない自身の価値に目を向ける
この4つは『価値転換理論』と言われるそうで、障害受容のプロセスにおいて重要な概念であり、障害を持つ人が自己の価値を再認識し、より肯定的な自己概念を形成するのに役立つと言われています。
障害受容に至るまでのプロセスについてはいくつか仮説がありますが、有名な3つの受容モデルを簡単にまとめてみました。
▶︎段階的モデル
1975年にデニス・ドローター小児科医により提唱されました。
最初は大きなショックを受けますが、否定や混乱を経ながら徐々に受け入れることが出来るようになり、最終的には再起をするという仮説です。
具体的にはショック、否認、悲しみと怒り、適応、再起といった5段階の心情の変化を踏んで進みます。
▶︎慢性的悲哀
1962年に小児発達センターのサイモン・オルシャンスキー医師により提唱されました。
上記の段階的モデルのような、最終的に「再起」するという考えとは逆の考えで、大半の知的障害児の親が慢性的悲哀の状態であると実証的に確認されているそうです。
※この仮説では慢性的悲哀は自然な反応であり、それが続くことは病的なことではなく、乗り越えることを急かしたり、強制したり、必要以上に鼓舞したりせず、周りの人は親の慢性的な悲しみをそのまま受け止めるべきとも言われています。
▶︎螺旋型モデル
1995年に中田洋二郎教授により提唱されました。
障害についての肯定的な気持ちと否定する気持ちが入り混じり、交互に現われるという考え方です。
螺旋形モデルは、親が子どもの障害を否定する気持ちも「障害受容の過程」であり、自然な反応と受け止めるべきであるとし、その心痛を何度も自分の努力で克服することで、人生の価値観が変わっていくとされています。
とはいえ、私自身このプロセスを進んでは戻っての繰り返しなので偉そうなことは言えないのですが、こういう場で発信することで気持ちの整理がついたり、息子や自分自身に対する理解が深まり、誰かの役に立てたらと思いますので、これからもスローペースですが続けていきたいと思っています。
障害によって失ったものと得たもの
息子の障害によって失ったものを挙げればきりがなく、ある日突然病気になり障害を背負ったため、病前と比べてできなくなったことばかりを数える毎日でしたが、息子なりに成長したことだってあります。
例えば、病前の息子は4歳でまだトイトレが完了していなかったのですが、病後少しずつ自分から「おトイレ行く」と教えてくれるようになりました。(←日中もまだオムツを濡らすことがあり、夜も夜用オムツを穿いて寝ています。)
また、食事の前にはみんなの箸を配り、食べ終わったら自分の食器を片付け、わたしや祖父母の食器も片付けてくれるようになりました。
同い年の子どもたちに比べたらなんてことない、小さなことかもしれませんが、今の息子のペースでちょっとずつでも成長している姿に励まされる毎日です。
また、月1の診察のこと、療育手帳取得についてや児童発達支援施設での療育についてもブログにまとめていきたいと思います。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

