先日、「孤独」をテーマとしたトークセッションに登壇しました。

改めて自分にとって「孤独」であった時を振り返り、
「孤独」について考える中で、そもそも「孤独」とは何だろう?
と調べたりもしていました。

私のこれまでの人生において「孤独」を強く感じて辛かった時期ははっきりとしています。

それは幼少時の毎年のようにあった入院です。
スマホ等もなく、両親との連絡手段も公衆電話しかなかった時代、
一人っ子の私にとっては本当に辛い時間でした。

また、色々と調べている過程で、
作家の重松清さんの以下の言葉に目が止まりました。

それは以下です。

仲間が欲しいのに誰もいない「ひとり」が「孤立」。
「ひとり」でいるのが寂しい「ひとり」が「孤独」。
誇りのある「ひとり」が「孤高」。




「孤立」「孤独」は辛い状況。
「孤高」はポジティブな感じですね。

「病気と向き合うために必要なこと」として、
「メンタル・リテラシー・コミュニティ」と
私はよく話すことがあります。

「孤立」「孤独」ではなく、同じ病気の方や、
病気について何でも話せる誰かと繋がっていること、
はとても大切なことだと思っています。

一方で、特に大人になると病気の有無に関わらず
「一人の時間」もとても大切で必要な時間であると感じています。

「孤高」というと、何か独善的で偉そうなイメージがありますが、
辞書では「ひとり自分の志を守ること。」という意味もありました。

そのような意味であれば、
「孤高」の時間もとても大切だとより感じることができますね。


(2024年7月5日配信 じんラボメルマガ「所長通信」より一部改変)