夫の父方の祖母が亡くなった。
98歳で今年になり足腰が急に衰え
認知も少し入ってきたものの、
トイレなど自分のことは自分でできるし
介護認定もつかないくらいの
元気なおばあちゃんだった。
夏前に足から菌が入り炎症を起こして入院。
すぐに退院かと思いきや、
良くなったりまた炎症が起きたりを繰り返して
医師からもう年内かもしれないと連絡が入った。
私たちは隣の県にいるおばあちゃんの病院まで
家族で週末に会いに行った。
その日の朝まで話ができる状態で、
私たちが来ることを
義父が伝えてくれていたらしい。
私たちが病院に到着する頃には
おばあちゃんはもう意識が弱く、
目を瞑っていたけど耳元で声をかけると
口をモゴモゴ動かしてくれた。
その日の夜、義両親と夕食をとっていたときに
病院から危篤の連絡が入り
急いで病院に駆けつけると
すでに呼吸は止まっていたけど
心電図は動いていた。
その3分後、みんなが見守る中
おばあちゃんの心臓は止まった。
綺麗な満月の夜だった。
翌週、家族葬での通夜葬儀に参列。
こじんまりとしたスペースで、
おばあちゃんとの距離も近く、
子どもたちも比較的おとなしくできる年齢になったので最後まで参加することができた。
葬儀の日。
御導師様が節をつけてお経を唱え
大鈴が鳴り響く中、
私は脳みそを上に向けて引っ張られるような
感覚になっていった。
そのまま集中してお経を浴びながら
おばあちゃんの遺影を見ていると、
おばあちゃんの遺影が、
ゆっくり参列者を見回し、
柔らかく微笑むと
ペコリと小さく頭を下げた。
最近の葬儀では、遺影もデジタル化が進んでいるのかとボーッと考えていると、
あれはただの写真だということに気づく。
お経に集中しすぎて
幻覚が見えているのかもしれない。
脳みそがひっぱられる感覚は残ったまま
前を見ていると、
御導師様が棒のようなもので空中に何かを書き、
ゆっくりと上下に線を引いた。
おばあちゃんの遺影は動かなくなっていたけど
お棺の右側(頭側)に
黒い半円状のものが現れ、
え??なになに!?と思っていると
すぐに見えなくなった。
瞑想のような状態になっていたのかもしれない。
私は瞑想をしているとたまに幻覚を見ることがある。
ただ、半眼の状態でそうなることはあるけど
しっかり目を見開いていた今回の幻覚は
何が起きたのかよく分からなかった。
葬儀のあと、火葬場へ移動し、
その時、息子・タイタイがこんな話をした。
葬儀の時、息子は私の席とは離れた最前列に座っていた。
おばあちゃんの棺がよく見える位置だった。
御導師様のお経の後半(初七日?息子の説明ではどのタイミングか不明だった)で、
おばあちゃんのご遺体から、
青白い人の形をしたものが
上半身だけ身を起こしたらしい。
息子はまだ3歳になる前ぐらいに
一度だけ葬儀に参列したことはあるけど、
その時はまだ年齢が低かったこともあって
母子ともに葬儀に集中できなかった記憶がある。
3歳の息子には確実に第六感があったので
(本人はうまく言葉にはできなかったけど)
集中していたら何かみえていたのか、
それとも僧侶のお経や宗派の違いで
やはり何もみえなかったのか。
私と息子がみたものは全く別物だったけど、
僧侶の生きたお経というのは、
本当に力があるのだと実感した。
私たち残された側の人間を
納得させるための儀式なわけではなく、
亡くなった方をあちらの世界へ送るためのサポートだった。
この日はどこの火葬場もいっぱいで、
葬儀も多くの場所で行われていたらしく、
葬儀場から車で1時間ほど離れた火葬場でやっと予約がとれた。
御導師様は
「大きな船が着いとるな」
と言っていた。
おばあちゃんは大きな船に乗って、
あちらの世界へ渡るのかもしれない。
そう考えると、寂しくはないのかな。
戦争を生き抜いてきた人だから、
来世では平和な世界に生まれてくることを
心より祈って、家族でお送りした。
おばあちゃん、おつかれさまでした。
ありがとう。
おしまい。
