先日、某真言宗のお寺で坐禅をさせていただいた。



私はお寺でのアクティビティが大好きなので(特に坐禅)この日もウッキウキで坐禅に出かけた。



私は、周りに大勢の人がいると集中をかき乱されるので、土日の朝などに無料で行われる坐禅会ではなく、生意気にも毎回プライベートで坐禅を組ませていただく。(大金を払ってるわけではなくて少額でもプライベート坐禅は組める)



坐禅というと、臨済宗・曹洞宗の「禅宗」と呼ばれるお寺で行われることが多いのだけど、実は禅宗以外でも坐禅を組めるお寺が多い。



真言宗の坐禅は3種類あり、

阿字観(あじかん)

阿息観(あそくかん)

月輪観(がちりんかん)

というもの。



今回は、禅宗の坐禅に近い阿息観(あそくかん)の坐禅を組ませていただいた。

この坐禅は呼吸を意識するものなので、個人的には禅宗の坐禅に近いかなと思う。



私が坐禅を組ませていただいた今回のお寺では、塗香(ずこう)と呼ばれるお香の粉を僧侶から手のひらに少量乗せてもらい、これを両手で擦り合わせた後、全身に行き渡ることをイメージして首などにも塗っていく。



塗香は身を清めるためである。目の前にある仏像に息を吹きかけることが失礼にならないよう、全身を清めるという意味がある。

本来仏門に入っている人なら五葷(ごくん)と呼ばれるニンニク、ニラ、ネギ、ラッキョウ、タマネギなど香りの強いものを食べることも、植物性ではあるが禁忌なのだという。

なので精進料理にはこの具材は入らない。



そこまで仏様に対して気を遣って行う坐禅というものが初めてなので、身が引き締まる。



禅宗とは違い、呼吸法のレクチャは無くいきなり僧侶のリード(自分が今ある状況をイメージさせる言葉)により、深い呼吸と瞑想に入っていく。

※私が今まで行ってきた禅宗の坐禅は、坐禅に入る前に座り方や呼吸法のレクチャーはあるが、実際に坐禅に入った後は、お鈴を鳴らす以外僧侶は言葉を発することはない。が、このレクチャーの時間がすでにリードになっている。

※お寺によって解釈が違う(オリジナルの部分もある)ので、やり方は違う可能性が高い。



リードの内容詳細はここでは割愛するが、本当にリードする人の声や言葉によって瞑想の世界が全然違うものになると思う。(そもそも禅宗の坐禅は「無」にするためなので目的が違うけども。)



私は普段Yogaをやらないけれど、Yogaの瞑想だけ体験させてもらったことがある。

このYogaインストラクターは、そのYogaスタジオの社長が唯一無二と絶賛するぐらい、本当に深い瞑想に入り込める素晴らしい声と引き込み方だった。



このYoga瞑想では私は宇宙を見た。



宇宙に行ったことがないので自分が見ている世界が宇宙なのかはよく分からないけれど、暗闇に渦巻く光る集合体や、そこに吸い込まれる自分、無数にある銀色に輝く点をみる。



禅宗の坐禅でも現実ではない世界の中に漂っている感じになることが多い。

そしてこの瞑想している時間は、実際は1セット20分(休憩を挟み)×3セットぐらいあるのだが、一瞬で過ぎ去る。

やればやるほど、一瞬で過ぎ去る。



今回、真言宗の坐禅(40分)を組んだ結果は。。。





残念ながら、現実世界のままだった。

半眼では無く完全に目を閉じてくださいと言われたにも関わらず、現実世界から抜けられなかった。



まず、塗香の香りが気になった💦


その強烈な香り(入浴や食器洗いをしてても3日はとれなかった)が僧侶のリードする世界観、私の想像する世界観と相反しており、これが「真っ白で清らかな空気」というのが脳みそが受け入れられなかった。

※植物由来の木の香り。香水のようにどぎついわけでは無く、スパイシーで安心する良い香り


次に、呼吸法。


最初の20分ぐらいは、呼吸法に関してのリードが続き、それに呼応して深い呼吸を続けるのだけれど、急に「では今の呼吸法は全て忘れ、自由に瞑想してください」と言われる。



え??はい??そこで手ぇ離すん??

今の呼吸法は何だったん??

自由に瞑想しろって、何をどうしたらいいん??



というハテナだらけの思考となり、頭がごちゃごちゃなまま現実世界にただただ取り残され、終わるまでじっと耐え続ける結果となってしまった。



私が瞑想に慣れていないためか、僧侶に身を任せすぎて自分でコントロールしようとしなかったせいではあるけれど、今回はマインドフルネス坐禅には達しなかった。



情報量が多すぎる(香りも含む)と、瞑想は上手くいかないことを学んだ1日だった。

とても良い経験になりました。



禅宗が優、真言宗が劣、と言いたいわけでは全く無くて、(私自身、宗派は真言宗でそれを誇りにしている)私は更に真言宗の坐禅に興味が湧いている。



真言宗の坐禅のやり方を勉強して回数を重ね、別の坐禅や、また別のお寺にも行ってみたい気持ちが強くなった。



これを読んでいただいた方にもぜひ、お近くのお寺で坐禅を体験して脳みそのデフラグをしてみてほしいなと思います。



坐禅の後は脳みそがスッキリして気持ちがいいのは間違いない。忙しい毎日を過ごしている人こそ必要なのが坐禅



檀家じゃなくても坐禅が組めるお寺はたくさんある。



でもきっと、坐禅未経験の場合、坐禅を組ませてもらえますか、とお寺に連絡をするのは相当ハードルが高い。それは分かる。

ただどのお寺でも言われるのが、もっとみなさん気軽に写経や坐禅を組みに来て欲しいとのこと。

お寺というのは近隣の皆さんのためにあるものだから。



アップルの創業者スティーブ・ジョブズは、毎朝服を選ぶ時間すらもったいないと感じて、毎日同じ種類の服を着ていたことは有名な話だけど、



そんな多忙な彼がわざわざ日本へ通い、お寺で坐禅を組んでいた。



今、欧米では日本のZen Meditationを受けたいという人がどれほどいることか。



せっかくここ日本に暮らし、これだけ坐禅を組めるお寺があるのに、坐禅をしないのは本当にもったいないと思う。

「今ここにある自分」だけを見つめるお寺での贅沢な坐禅の時間、みなさんぜひ体験しにいきましょう。