定禅寺ストリートジャスフェスティバルや先日開催されたゴスペルフェスティバルの会場となった元鍛冶丁公園は、立派な屋根付きステージを備えています。


夜の歓楽街国分町通りのすぐ横で、隣は交番。

さて、この元鍛冶丁という地名。鍛冶衆=町民のまちだから「町」のはずなのに、侍のまちを指す「丁」が付くのはなぜ?

私の疑問は、鍛冶町の由来を調べることで、一気に解決しました。

伊達政宗が寛永年間(1624年~1644年)の初め頃に鍛冶職人を配置=鍛冶町ができた
ほどなく鍛冶職人たちは城下の南北に移される=南鍛冶町・北鍛冶町ができた
最初の鍛冶町の跡地には侍屋敷が造られた=元鍛冶丁(元が鍛冶の町だったのと、侍のまちだからとをつけた)
簡単に言うとそういうことのようです。

南北に移されたという鍛冶町がどんなところか行ってきました。
下の写真は南鍛治町(若林区)です。


東北本線(新幹線)の南で、荒町の東側になります。

次の写真は北鍛治町(青葉区)の辻標です。


ミニシアター系の映画館フォーラム仙台のあたりで、今は町名が代わっていて辻標だけが残っています。

南北の鍛冶町を回って、また疑問がわきました。
なぜ鍛冶町を南と北のそれぞれの場所へ移したのだろう?
南北鍛冶町の共通点は「奥州街道」沿いということだけです。

それに鍛冶屋は多量の水を使うといいます。
その水はどうやって調達したのだろう?

水については、同じ寛永年間に完成した四ツ谷用水から取水したのかもしれません。

どうやらブログのネタを超えたおおごとになりそうな予感(笑)
なので、ひとまず終わり。
時間をかけて文献にあたってみることにします。

数日前から北風が強まり、色づいた葉が飛ばされました。
輝くような紅葉を見逃してしまった人に、杜の都の「晩秋」を2回にわたってお届けしています。
お楽しみください。

2回目は片平丁通りです。


この通りは、仙台市観光シティーバス「るーぷる仙台」の巡行ルートで、車窓からモミジやイチョウを眺めることができます。


陽を浴びた歩道のモミジが見事です。


通り沿いの片平市民センターには、孟宗竹の林があります。
伊達政宗公が愛した「やぶかげの路」を再現したという説明板がありました。
トンネルのような竹の葉も黄色くなっているように見えます。


黄色といえばやっぱりイチョウ。
通りから望む評定河原公園にはイチョウの木がたくさん植えられていて、テニスコートや野球場が黄色に包まれています。

いかがでしたか?
杜の都に想いを寄せていただけたらうれしいなぁ。

18日から北風が強まり、色づいた葉が吹き飛ばされそうです。
輝くような紅葉を見逃してしまった人に、杜の都の「晩秋」を2回にわたってお届けします。
お楽しみください。

第1回目は、東北大学片平キャンパスです。
大学の関係者はもちろん、若い家族連れや観光客など様々な人が訪れます。


紅、黄、緑のコントラストが良いですね。


大学構内はいつも開放されていて、自由に散策できます。


大学本部の前庭です。


この巨大なイチョウは樹齢300年以上。

木の下を歩いている人と比べてみてください、大きさがお分かりいただけます。

私と女房はときどきこのイチョウに触れ、生命力を分けてもらっています。

ニュースを見ていたら、かつてある業界で盛んに使われ、その実際の意味が庶民に知られると消えていった言葉を思い出した。(イラストは本文とは無関係です)

善処する:もともと適切に処置するというような意味であった。
前向きに検討する:かつては積極的かつ建設的に検討するといった意味で使われていた。


しかし、その業界の人が使うと前者の真意は「今すぐ決める気はない」であり、
後者は「具体的計画はない」ことを示している。
つまり、「とりあえず何もしない」ことなのであった。


次の慣用句は毎日のように耳にするが、数年後には誰も使わなくなるだろうと私は踏んでいる。
「真摯に受け止め」

「しっかり検討し」

「丁寧に説明」
やる気があるとは思えないその業界の面々が、着実に検討するとはとても考えられないのだ。
そういう人たちから庶民に念入りな説明があったことはないからである。

抜け殻みたいな言葉になってしまった、
「真摯」「しっかり」「丁寧」
ずいぶん安売りされてしまったものだ。

城下町では職業や業種に伴った町名は珍しくありません。


このあたりは藩政時代に鍛冶屋が軒を連ねていた地域なのでしょう。


夜の歓楽街国分町にあるせいか、午前中はいつもこんな感じです。

けれど、この日は様子がいつもと違います。

11月8日(土)は、23回目を迎える「仙台ゴスペル・フェスティバル」通称ゴスヘス♪の会場になっていて、三々五々観客や出場団体が訪れていました。


さすが楽都とも称される仙台です。


各地からわざわざゴスヘスにやって来た人も、偶然通りがかりそのスピリチュアルな歌声に引き寄せられた人も、身体全体でリズムをとり楽しんでいるようでした。

ふと素朴な疑問が頭をもたげました。
この公園の名称は「元鍛冶丁公園」です。
仙台では確か、東一番丁や外記丁など侍が住む場所を「丁(ちょう)」、肴町や荒町など 職人・商人が住む場所を「町(まち)」と明確に決められていたのに、鍛冶衆の町で丁とは?

ほかにも南鍛治町(若林区)や北鍛冶町(青葉区)があり、こちらは町です。
どうでも良いようなことですが、気になるので宿題にします(笑)