きいて、
みて、
しって、
見本市。
何だろう? のぞいてみました。メディアテークでのことです。


障害のある人と芸術文化活動に関する多様な活動などを紹介する催しでした。


図書館のバリアフリーの展示や、ギフト展などのコーナーがあり、大勢の人が立ち寄っていました。



私が特に気に入ったのは、ニューカマーセブンというブースに展示していた次の2作品です。


「お花見と入学式」  満開の桜の下で、新入生がうれしそうにしています。

「こいのぼり」  風に泳ぐこいのぼりの上に、ツバメ(!)が大きく描かれています。

どちらも、社福法人栗原秀峰会くりこま「ゆめ工房」に所属している方の作品です。
私を、ウキウキした気分にしてくれました。

立春を迎えても今が1番寒い季節。
ベランダのバラやゼラニウムなどは、ジィーッと身を縮めています。
けれども、窓辺のシャコバサボテン(デンマークカクタス)は、赤い花をつけ彩りをもたらします。



名前の由来は、葉っぱの形がシャコに似ていることからだそうです。
(デンマークで改良された品種からデンマークカクタスとも)


1週間ほど前はこんな感じでした。



つぼみが膨らみ、次々に綺麗な花が咲くのが分かりますね。(手入れは雑でしたが)

こちらは、妻が近所の花屋さんから買い求めたヒヤシンスです。



玄関と居間で甘いさわやかな香りをはなっています。

今回の投稿は長くなります。ご了承ください。


五丁目でも七丁目でもない六丁目(ろくちょうめ)。
仙台に生まれ育った人や、仙台に土地勘がある人なら当然知っている地名です。

駅名表示は「六丁目」ですが、正しくは「六丁目」です。
住居表示のような数字(○丁目)ではないので、何か歴史があるに違いありません。


ここは六丁の目コミセン横のお堂で、中に平たい石に刻まれ左右反転され鏡文字になった「南無阿弥陀仏」という6文字を確認できます。
この6文字を描いたのが時宗(じしゅう)の開祖一遍上人(いっぺんしょうにん)で、鎌倉時代に諸国を回って念仏(踊り)を広める中での出来事だったそうです。


きらびやかな現代の念仏踊り@福島県玉川村南須釜 イメージ写真です。
この6文字のことを「六丁の銘」として、いつしかその周辺の地名になっていったと伝えられています。
六丁の銘→六丁の目 ありそう!

けれど、現地を見渡すと異なる印象を持ちました。


主要地方道の仙台塩釜線東(海)方向。遠くに常磐自動車道に繋がる仙台東道路(高架)が見えます。


仙台塩釜線西(山)方向。遠くに見える山は青葉山です。
ごらんのとおり、平坦な土地が広がっているのがわかります。


現在はまっすぐに整備されている道路がほどんどですが、かつての農道を思い出させる曲がりくねった道が残っています。

付近一帯は、広瀬川と太平洋に挟まれた東西10キロメートルにも及ぶ広大な農地だったのではないでしょうか。

農地だったとすると、
「目」は、中世の租税単位である「名」が変化したのかもしれません。

平安時代から徴税のために設けられた土地(田んぼ)の単位は、名(みょう)と呼ばれていました。
その名が変化して目になったという説明もあるようです。


しかもそれを裏付けるように、かつて六丁目村と呼ばれていたこの地の周囲には、苦竹村、荒井村とともに南目(みなみのめ)村があったそう。

現在も太白区郡山に北目(きたのめ)という地名が複数残っているし、山形県や秋田県で南目や西目、北目など「目」がつく地名がたくさん確認できます。

そこで私は、「六つの大きな田んぼ」や「六つの集落」という意味ではなかったかと思いました。

1000年前の風景や人々の生活、念仏踊り(布教活動)はどんなのだったろう…。

歴史ロマンに浸った六丁目です。

 

川内(かわうち)の坂のコメントをいただいたので、道路が凍っていない日にじっくり見てきました。

地下鉄川内駅付近から東(仲の瀬橋)方向を撮った写真です。
100㍍ほど平坦ですが、写っている白い車の先は道路が見えないくらい急な坂になっています。


その先も100㍍ほどで急な下り坂です。


さらにその先の仙台二高前交差点からも、かなりの傾斜です。

二高前交差点を過ぎ、仲の瀬橋の手前を左に進むと広瀬川河川敷に出ますが、そこも急な下り坂です。
広瀬川に向かって、100㍍ずつ平坦な道と坂道が交互に現れることがわかりました。

 

 

川内の坂は、太古の時代にできた河岸段丘(かがんだんきゅう)のようです。

竹馬(たけうま)で一緒に遊んだような
幼い頃からの友だち

→竹馬の友(ちくばのとも)から
仙台へ会いに行く、と連絡がありました
1ヵ月前のことです


竹馬のイメージ写真。昔は竹製です
LINEで繋がっていても

久しく顔を見ていないし
仙台で会うのは初めてです


22歳の写真:卒業アルバムから
名前を呼べば返事が返ってきそうな

近所に住み
2人だけで路線バスで幼稚園に通い
偶然にもそれからずっと学舎

(まなびや)が一緒でした

数年前の写真
短い滞在ながら
歴史好きな友が喜びそうな

街巡りのコースを考えました
遠足に行く子どものように

気分はルンルン

そして迎えた当日の朝早く
体調不良で行けなくなったという

連絡が入りました
遠足気分は一瞬にして消え
友の具合が気がかりでうろたえました

午後、深刻なものではない

という連絡があり
ホット胸をなで下ろしました
私たちはもう若くないので

何が起こるかわかりません
持病の1つ2つは

みんな抱えていますからね

語り合いたいことがいっぱいあるので

いつか、とか、そのうちではなく
春になったら会いに行こうと決めました