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朝八時、家の外に出ると耳に響いた「ホッケッキョ…」お世辞にも上手とは言えないがうぐいすの初鳴きだった。裏の山で毎年、ウグイスが春をしらせてくれる、はじめはたどたどしいが次第にきれいにながれるようなリズムで「ホーホケキョ」とやわらかくなく。また谷渡りの忙しい鳴き方もなつかしいが、これはまだまだ先のことだろう。

 

しばらくすると少しうまくなった声に代わる、たぶん親鳥が鳴き方を教えているかもしれないと勝手にきめた。もう近くの畑では麦が緑のじゅうたんのように日増しに濃さを増していく。気温もぐっと上がって、昨日の雨が一気に春を引き寄せたようだ。

 

昨日ハノイで米朝首脳会談が中途打ち切りになったのも、金委員長の話がまずかったのでトランプ大統領に通じなかったようだ。もうすこしよく練習してから会談に臨んだ方がよかったかもしれない。谷渡りと間違えられるような「ホッケッ、キョ…」と聞きとれたかもしれない…。

 
 

 

午後、米朝会談が事実上決裂した。準備整った昼食会も、用意された合意書のとりかわしもトランプ大統領が拒否し席を立ったことですべて流れた。トランプ大統領の記者会見も二時間も早くはじまり、金委員長を直接非難はしないが制裁全面解除の高い要求に激怒した感じだ。非核を完全に呑めば最高背負い応じる余地だけを残して帰国した。

 

北朝鮮の要望を入れて、かつて枯葉作戦で敵対したベトナムのハノイを開催地にすることを呑んだトランプ大統領の怒りが爆発したのか。

 

もう一つ踏み込むと、トランプ大統領に対する不穏な動きを察知したかもしれないが、これだけは無かったことを祈りたい。

 

安倍総理も拉致問題最優先では、金委員長との日朝首脳会談などはとうてい実現しないのではないか。日本の対北朝鮮対応を再検討せざるを得ないのではないか。

 

中・ロと切り離した対北朝鮮の外交交渉の困難さを浮き彫りにした米朝会談決裂だった。

 
 

 

オーソライズ・ドジェネリック薬品…どうもこれが正式な言い方のようだ。

 

「成分や効き目は変わらないので、値段の安いジェネリックにされませんか」と今まで数回薬局で聞かれた。そのたびに「いや前と同じで」とか「ジェネリックでないほうが」とことわってきた。とくに血圧の薬は40年近く朝1錠を飲み続けている、ことに今飲んでいるノルバスク錠はもう20年近く続けている。もう体の一部になったような気がする、いま瓜二つの新薬ができても飲みかえたくはない。

 

かかりつけ医が処方箋をかえることになっても、巻き返しをしてノルバスクにしたい。

 

薬局では細かい説明はないが、ネットで見るとオーソライズド・ジェネリックは本物と瓜二つで効き目も同じで安い。と言う。

 

新薬が進呈されるまでには二は10数年と数百億円の開発費がかかるようだ。そのうえ医者や薬剤師に採用してもらうための費用が莫大になるが、ジエネリックの開発には3年ぐらいで費用も新薬と桁違いに少なくて済むためらしい。

 

高齢になって急性期の病気でない慢性症には、ジエネリックで国の医療費削減に協力したいとも思う。が、どうもこのうり二つのジエネリックが好きになれない。

 
 


 

テレビ体操を見て感心することがある、若くて体がしなやかなこともあるが実に姿勢が良い。一本のゴムをピンと張ったようで、伸縮自在、曲げねじれも柔らかで申し分がない。思わず背筋を伸ばしあごをぐっと引いてみるが、どうもぎごちない。それでもつとめて背筋を伸ばすようにしているが、あごが自然にゆるんで前へ出てくる。

 

高齢による体力低下のためであろうだ、気持ちの問題もあると思うこのごろである。

 

最近かかりつけ医から言われることも気にかかる「体力低下の所為でしょうな」と。

 

いまふと考えていることがある、それは「こころの姿勢を正す」であるが、具体的にどうすればいいか。なんとなく納得できるようであってもこれだというきめができない。

 

まああわてることもないが、今年の課題の一つにしておこう。

 

とりあえず今は、気持ちをシャキッと引き締めたい。こころの姿勢を正す第一歩である。

 

 

 
 


 

驚くほど濃い緑の麦が光るように目に入ってくる麦畑、思わず泳ぎたくたくなるような錯覚を感じる。春先を思わせるやわらかな陽射しが降り注ぐ麦畑は妖しいような緑色だ。

 

南の海では台風2号が発生しているという、季節の進み方が例年と変ったような気がする一日がった。平成が終わることを麦も感じているかもしれない、いままでこんなに麦畑の緑に感動したことはないが、自分のこころの変化も関係するかとも思う。

 

この若麦に負けないように自分もこころを緑の光で満たしてみたい。いままでにない新しい光を感じることができるかもしれない。

 

今まで見えなかったこころの深層に沸くみずを、あたらしい御代の光で照らしくみ上げてこの麦にそそいでみたい。黄金色に実るまで…。

 
 


 

まさに日本人の深層を見た、の一語に尽きる。今日午後二時に国立劇場の清楚な式場正面へ両陛下が安倍総理の先導で静かに進まれ、菅官房長官の会式辞で静かな式典がはじまった。安倍総理はじめ衆参議議長・最高裁長官の祝辞につづき、在外公館代表・国民代表(福島県れ知事・川口純子元外相)があった。いずれも災害地域の慰問・激励の心あたたまる両陛下のお人柄への謝辞と賛辞があり、日本の象徴として公務に尽瘁されるお姿への感謝を込めたものだった。

 

つづいて女性俳優の朗読、陛下の作詞や皇后作曲の歌と演奏に、身を乗り出すようにして聞かれるお姿も印象的で思わず胸が詰まった。

 

天皇陛下のお言葉には、象徴としての在り方を求めて公務に励まれた30年を、国民に寄り添って安全と安寧をあねがい世界の国や人に思いやる御心がこもっていた。

 

天皇陛下万歳の三唱をテレビの前で一緒にした。

 

終わって会場の人々や式場でお送りする人々に立ち止まって丁寧に話しかけられ、会場の人々に手を振られる両陛下。この式典の一番感動的な場面だった。 

 
 


 

五時間遅れの降下開始からスピードをあげて、今朝8時には竜宮に到着しはやぶさ2は弾丸も発射して無事岩石サンプル回収したようだ。最後は地表に近ずくと地球からの指示を自力判断に切り替えての快挙である。地球で固唾をのむJAXAのスタッフは確信をもって待ってはいても、最後は祈るような気もちだったろう。

 

人間は100%の予想はできない、最後は祈りがきめ手になる。コンピュータによるSNSAI、ロボットなども100%万能ではない。最後には祈る謙虚さが大切だと、はやぶさ23億キロ彼方から人間に語りかけたような気がする。

 

高齢者としては賢明なSNSAI、ロボット各位に、なるべくゆっくり対応の仕方を説明してほしい。できれば手をとるように…。

 
 


 

わずか6メートルの円内、まさにピンポイント着陸をねらうはやぶさ2は、数時間遅れであったが降りはじめた。無事着陸し岩石を採取してなんとか地球へもどってきてほしい。気の遠くなるような壮大なミッションで、大きな未知の発見も期待される。

 

宇宙の星や生物など形の見えるものは20パ-セットだという。残りはダークマターやダークエネルギーらしいとしか言えないようだ。宇宙物理学者の期待にどう貢献できるか、はやぶさ2の健闘を祈りたい。明日は無事着陸のニュースを何としても聞かせてほしい。無数にある銀河の一つである天の川銀河の、端っこの太陽系の中の小さな惑星である地球。そんな小さい地球でも人間にとっては、宇宙のように無限に大きく感じることも不思議である。いま夜十時半、震度6弱の地震で大変な北海道も、地球全体から見ると宇宙の中の竜宮みたいな星屑と言えなくもない。

 

大小のことを比較もきない、今日二つの大ニュースでもある。

 

 

 
 

 

 

  去年11月にかかりつけ医から「体重が減少しているから、肉もたべるように」と言われた。以後肉を量は少ないが積極的食べるようになった。野菜は相変わらずよく食べてきた。3日前、スーパーの牛肉売り場で米国産の部厚く大きい肉に妙にひかれて食べたくなりかいものかごにいれた。よる自分で焼肉にして家内が少し食べた以外は一気に食べた。その夜3時ごろ胸苦しさで目を覚ましてさすったりしながら十数分、突然きりきりとみぞおち付近が痛くなった。枕元のニトロを飲もうとしたとたんにすーっと治まった。去年12月の症状とよく似ていた。

 

月・火二日間上半身をさすような痛みでダウン、こたつでほとんど寝てしまった。

 

夕方顔が赤いと家内に言われ体温計を挟むと、38.8度.すぐかかりつけ医院へ急行した。結果はインフルエンザではない、肺疾患をレントゲンで調べて異常なし。

 

「よく分らんですなー、体力が落ちているんだな」と診断し感染症薬と体力増進薬を

 

処方された。安心というか、体力低下の老人病のような診断に複雑な思いで帰った。

 

きょうは朝から体力も回復し痛みも消えて快調になったが、老年病の診断に未だに複雑な思いでいる。

 
 

「スープの混ぜ方は良い比喩スペースmassa

 

2月16日の中日新聞朝刊7面に小川主筆の「風来りて語る」を読んだ。タイトルの「スープの混ぜ方」の比喩に感心した。新聞社が世論調査をすると「1千人や2千人の池を聞いて、国民の総意いえるか」と疑問の声が届くと、はじまる。答うはスープの理論、つまり主婦がスープをつくるときよくかき混ぜれば1さじか2さじの味見で鍋全体の味見ができる、と実にうまい比喩だ。国会で問題になっている毎勤統計では、東京では徹底してかき混ぜる(全数調査)を勝手に一部しか混ぜなかった(抽出調査)ので、味見したスープの味が実際より濃くなってしまった。おまけにかき混ぜるとき味を薄くする日雇い賃金を外してしまった…。これはよく分るたとえ話だ。

 

また平成25年からの殺人件数が300人台で一定している、交通事故死者も毎年4千人±400人の間で、日本の製品も条件を良くかき混ぜればバラツキがなくなる。条件をと均一によくかき混ぜれば1さじの味見で全体の味が分ると解説をしている。

 

以上ほとんど書き写しにちかいが、統計の難しところが一味で分った気分になった。

 

自分としては、見事なエッセイだと感動した次第である。