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心電図の結果は異状なしで何よりだった、図に乗って頑張り過ぎないように気を付けながらもしばらくは分速100㍍をいじしたいと思う。体調を維持するには5㌔ウォーキングと昼寝が一番のようだと改めて信じることにしよう。

 

もう一つは脳トレーニングだがこのパソコンぶろぐと、数独上級への挑戦に人生終章のエッセイ集書きである。このため使いたい時間は87.600時間(24時間×365日×10年)であるが、これは期間であって実働時間は1割ぐらいだろう。

 

さて「老年も大志をいだけ」の大言壮語をならべたが、明日は明日の風が吹く…で仕切り直そう。

 
 


 

夏至と言ってもとくにこれを食べるということもない、一年で最も昼が長いことも暮らしに関係も感じない。ここ数日はいよいよ夏かと考え直すような気候がつづく、やはり季節の節目を感じる。自分の身体も季節の変わり目に合せたように、かかりつけ医の指示で一日心電図セットをつけてきた。5㌔一時間のウオーキングと自転車30分の負荷もかけたが、異常の無いように願っている。もう4カ月続ける5㌔ウォーキングの分速100㍍への挑戦が、心臓に負担をかけすぎるるか許容範囲かを教えてくれることを期待したい。

 

今日の夏至はこれが最大唯一の節季行事となる。

 
 


 

仏教用語であるが平たく言えば「ものの本当の相(すがた)、在るがままの姿を見ると言ってのだろう。春に花が咲き、秋に木の葉が黄葉し北風に散る。大自然の在りよう、人や動植物の生命活動の在りようも本来は諸法実相である。

 

地震や台風、火山の噴火、異常気候など自然環境の異変も、内外の政治・経済・外交・世相の激変も実相となるのだろうか、自然災害はそうだとしても人間社会の行為による現象は実相とは言い難いことが多すぎる。仏はそれも諸法実相と言われるだろうが、どう問えば教えていただけるのか。般若心経と観音経の勉強をはじめたが難しい。

 
 


 

今日は5時半から45分のウオーキングを快適にこなした。いつものシューズでなくかかとを締めた軽いはきもののためか足送りが楽でスピードがアップした。

 

分速108㍍の新記録だった、今まで100㍍を2回クリアしただけだったので驚いた。

 

スポーツ選手がシューズにこだわる気持ちが少しわかったような気がした。

 

今晩は間もなくW杯サッカーの2歩対コロンビアが始まる。シューズのひもをしっかり締めて走って欲しい。そしてゴールを期待したい。

 
 


 

8時前テレビに緊急地震情報。大阪高槻市が震度6弱大阪市内・京都などが震度5から4、近畿・中部まで広範囲に3から2の地震が発生した。昨日の関東地方の地震に続いて不安のつのる地震でもあった。地震の予知は全くできない日本列島に住むために耐震対策や非常用品の常備が欠かせない。しかし今日の地震映像を繰り返しに見ながらも、なぜか耐震や非常持ち出しなどをする気が起きない。この地方だけは大丈夫とは思わないが、大地震に襲われることを現実の問題と思いたくない。

 

予期しないときに来る大地震を常日頃に備えて待つことは難しいが、心の奥にはしっかり留めておきたい。今日の地震で不幸にして亡くなられた方のご冥福を祈る。

 

 

 
 


 

朝鮮半島から米軍が撤退すると、韓国の自衛力は中国・ロシアどころか北朝鮮にも通じなくなる。日本も米軍が撤退すれば韓国と同じ運命だ。

 

核戦力は別にしても、通常兵器・兵力の段階で大陸からの進行を防ぐことはできない。

 

平和憲法は戦争を仕掛けることは無くても、仕掛けられたら不戦を通すわけにはいかない。

 

トランプ大統領が日本を大陸と対峙する前線にするうちは、日米安保が働き相当の抑止力が期待できる。朝鮮半島の南北問題最後は統一へ向かうだろうが、在韓米軍の駐留経費の負担も日本へ移らざるを得ない時が来るかもしれない。

 

いずれにしても日本は自衛力の早急なグレードアップを急がなければならない。

 
 


 

名鉄河和駅に85分前に到着、長だの待機列に並ぶ。やがて暑い日差しがまぶしい中隊列が一斉に動き出した。昨年から17回の巡拝をつづけて、きょうの2627番と番外の一寺が不参加で残った。実質13キロ近くの何コースだったが、予定通り元気にあることができた。これで晴れて満願をした、高齢期の大きな達成感の一つになった。般若心経がぐっと身近にもなった巡灰でもあった。これからは般若心経を学び直して、今後の大きな指標にしたい。できれば人生の仕上げになるエッセイ集を書く核心にしていきたい。

 

簡単ではないが目標は高いほうが良い、お大師さんと同行二人の巡拝の経験をさせていただ

 

いた力を信じて。

 
 


 

先生が配ってくれた真っ白な清書紙をのばし、大事にぶんちんでおさえて腰掛を引いた。

 

「墨をたっぷりつけ、かまえて…」先生のことばどおり、墨のついた筆を真っ白な清書紙の上にもっていく。「あっ!」清書紙の真ん中に墨が落ちてしまった、「センセーイ」と呼ぶ。

 

「オータ!」先生が来て、なにか言いながらあたまを小突いたような気がする。

 

僕はあやまろうと思っても声が出なかった、体中が熱くなっていく、それから後のことは何も思いだせない…。

 

昭和13年、小学一年生の書き方の時間のできごとは今でも忘れない。そのころ書き方の練習は古新聞紙に真っ黒になるまで書いていた。清書のときだけ一枚の真っ白な紙に書くことができた。昨日一年ぶりに小学校のふれあい学習に参加し、ろうかに貼られた作品をみて今のこどもたちに新聞紙で毛筆習字の練習をしたことを伝えたかった。

 
 

もう二十年近くなるだろうか、年に一度の学区老人クラブの会員80余名が小学生とのふれあい学習で竹馬やおじゃみ、水鉄砲、割りばし鉄砲、布草履などの作り方遊び方を教える日だった。

 

毎年二年生の子に割りばし鉄砲とおじゃみつくりを教えるグループに入って、割りばし鉄砲の担当を続けてきた。今は最高齢の二人になってしまったが、この日ばかりは気分も若返る。

 

孫のようなお母さんやお父さんも熱心に子供と一緒に作ってくれるので、曾孫と孫を一緒に教えている感じもする。二時間はあっという間に過ぎるが、割りばし鉄砲やおじゃみで聞きとして遊ぶ子たちを見ていると疲れも吹っ飛ぶ。

 

小学生と心が通じ合える「ふれあい体験学習」に来年も元気に参加したい。

 

 

 
 


 

「日々是好日」でありたいとの願いが毎日の暮らしの中に根づいている。

 

物質的や金銭的に喜びを求めることは、高齢とともに薄くなっていく。健康で元気に生き甲斐を持つことも大事だが、毎日の無事がなによりの「日々是好日」でもある。

 

無事は安心・安泰・安穏・平和などこころを安らかにしてくれる。

 

交通事故・災害などによる死傷事故の悲報が続くと、我がことのように心が痛む。

 

世界でも安全度の高い日本に暮らせる幸せを感謝するが、最近の世相には痛ましい事件事故が相次ぐ。日本中の無事・平安とともに、朝鮮半島ひいては東アジア全体が平和で無事な平和社会になることを祈りたい。米朝首脳会談がその門を開いたのではないか。