スペースmassa -24ページ目

スペースmassa

ブログの説明を入力します。

 


 

午後突然の夕立ちのような雨が降りっ出した、来客用の布団が干してあって大慌てで取り込んだが、さーっと切を吹いたぐらいは濡れた。ここ数日気温が緩み雨がときどきふる。

 

これで例年の夏に戻るだろうか、戻ってほしいものだ。

 

よるはBSで女子のソフトボールの日米決勝戦を見て、上野投手がカナダとの試合に次いで米国との決勝戦を投げた。息詰まるような延長戦の末遂に米国に負けた。上の投手の危機迫るような一球一球と日本選手の健闘に感動した。急な雨に驚き、ソフトボールの上野投手活躍に心を踊らされた、ダイナミックな一日だった。

 
 


 

盆支度で午前中、寺やお墓場の掃除と盆支度をした。無住職なので地元の檀家5軒が世話をすることが恒例になって二十年は経つだろう。兼務の住職は盆前に檀家宅の棚経を済ませるので、盆中は地元の檀家が当番で世話をすることになる。

 

家の仏壇は昔から盆の三日間三度々々のお仏飯を備えることが、先代からの引き続きになってきた。が、これも自分たちの世代で終わることになりそうだ。

 

寺の行事とか盆正月の世話も、次世代にはそのまま引き続きもできないだろう。

 

自分たちがやれるうちは良いとして、いずれどうするかにも関わらねばならないが困った問題だ。子や孫が盆帰りをすることは歓迎だが、盆支度の在り方をうまく変えていきたいものだ。先祖の精霊gァ気楽に盆帰りできるように。

 
 


 

石破氏が自民党総裁選挙に出馬を表明した、正直・公正、地方創生が旗印である。安倍総理には5派閥と竹下派衆院の国会議員6割が支持表明をしている。地方票の動向が注目されるが、石破氏の劣勢は明白だけに安部総裁の組閣・党役員人事に支持議員の心は動く。

 

小泉議員が若手議員をまとめてキャスチングボートを狙う目は全くないのか、自民党改革の大きな流れを期待するがその目は人事ポストに潰されるようだ。

 

自民党の一強多弱は政治の政治の老化現象が急速に進むような気もする。

 
 


 

今年も妻と二人で市内東部にある義父母の墓参を済ませ、義兄の仏壇にお参りをした。

 

久しぶりに義兄夫婦と近くのすし屋で夕食をにした。お互いに昔の苦労話に花が咲いたが、

 

義兄に対する義姉の長年の誤解が溶けたのは収穫だった。

 

これも墓参のおかげかと思うほど、打ち解けた話し合いができたのはやはり酒のおかげもあったかもしれない。酒はやはりお互いの心を開いてくれるようだ、飲み過ぎはよくない結果になることが多いが、適量の軽い酔いは固い心をやわらかくほぐしてくれる。

 

酒は百薬の長と言われるゆえんでもあろうが、心を明るく輝かせてくれる量に限定される。

 

それを今日は墓参酒と呼びたい。

 
 


 

普天間飛行場の辺野古移設に反対し、知事当選以来政府と対決しつけた翁長沖縄知事がすい臓がんには勝てず無念の死を迎えた。最近まで移転許可取り消しで最後の対決をする覚悟をしたが病魔に屈したことはさぞ無念であろう。

 

強い信念の人ではあったが移設反対は県民の総意であったか、普天間の現状を改善する具体的な代案を示さなかったことが悔やまれる。

 

政府と沖縄県の協調体制を確立するため、政党色を離れ県民の安心を基本に話し合い最高の

 

環境づくりを進めて翁長知事が安らかに永眠されるよう祈りたい。

 
 


 

やはりに二十四節季は季節の変わり目になる、今朝少し雨が降り午後からはかなりと言いたくなる雨が降った。十三号台風の影響かもしれないが、この夏はじめて例年の暑さにもどった感じである。名古屋もはじめて例年の暑さになったと言うが、立秋に義理立てしただ

 

けだとするとまた四十度近い猛暑になるだろう。熱中症予防に油断は禁物だ、立秋の涙雨に

 

惑わされないように一層気を引き締めたい。

 

甲子園では高校球児が郷土と母校の名誉をかけて必死に戦っている。選手と応援団が感じる暑さと疲労は、勝者と敗者では天地の開きがあるだろう。

 

甲子園に涼風を送ってもらえるよう、立秋に陳情したい。

 
 


 

73年前194586日広島に新型爆弾が落ちた。一瞬にして焦熱地獄と化した市街地は全壊し、焼けただれ逃げ惑う市民が水を求めて川になだれ込み死んでいく。

 

続いて長崎市街地も同じ運命をたどった。原子爆弾が地球上で最初に爆発した2発の原爆で

 

本土決戦の叫びも消え、無条件降伏となった。

 

ノーベル平和賞にアイキャンが選ばれたが、「ノーモア・ヒロシマ」は国際的な合意が得られるのだろうか。

 

依然として核の脅威が戦争の抑止力になるという、核保有国の主義主張が核廃絶運動を押さえている。日本政府も米国の核の傘に雨宿りをしていては、「ノーモア・ヒロシマ」と核廃絶への道を進めない。世界で唯一の被爆国が本音を言えない、このジレンマからどうしたら抜け出ることができるか。深く広くそして強く考えていきたい。

 

 

 
 


 

やはりこの猛暑続きは並ではない、命にかかわる…という気象台の注意も真剣にうけとめねばならない。特に高齢者は素直に受け入れ自衛をしなくて、頑張ってしまうことが熱中症で倒れることになる。昨日家人が外出先で歩きながら倒れて起き上がれない高齢者の女性に遭遇した。幸い若い夫婦が車を止めて、救急車の手配をしてくれたという。娘と二人暮らしながら娘には連絡はできない…、心配をさせたくない、大げさにしたくないと言う気持ちのようだ。その気持ちは分るが猛暑の中をそうとうに長い距離を歩いた結果のようだ。

 

振り返って自分も同じで頑張り過ぎる、ペースダウンを心がけたい。

 

言わば猛暑と戦い続けないで、適度な休戦が必要だと考え直した。気持ちをのんびりと伸ばしていきたい。

 
 


 

今日はは朝から風が涼しく感じる気がしたが、やはり猛暑には違いない日中だった。

 

人間の体温を越すと身体を冷やすことをしないではいられない、保冷剤を終日話放せせなかった。もう一つは睡眠である、短時間の昼寝ではなく1時間以上は寝ることにしているが、これは疲労回復と熱中症予防に一番の薬になる。1時間夏休みと言っても良い、堂々と冷房をつけて寝てしまう。あわせて100%牛乳アイスクリームを冷凍庫でつくって、毎日3回程度は食べる。カチカチに凍った牛乳をスプーンでゴリゴリ削って、食べる感触と冷たさが何とも言えない逸品である。この二つで猛暑の夏を快適にしたい。

 
 


 

遂に名古屋も40土を越える猛暑日になった。40℃をこえたら灼熱日と言ったら命にかかわる危険な暑さという実感が伝わりやすいだろう。

 

ことばの持つ意味はともかく、えっとびっくりすることばが危機感を伝えやすいではないか。

 

今日午後主催する市民活動の会で、熱中症の状態を訪ねて見たが具体的な症状を明快に言える人は居なかった。ということはテレビで熱中症に気を付けて、と耳が痛くなるほど聞いても時間が湧かないことになる。是非具体的な症状を説明しながら警告してもらいたいものだ。

 

怖いのは猛暑慣れしてしまうことで、このぐらいまでは大丈夫だと自分で決め込むことではないか。