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スペースmassa

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ビルの免震装置の安全性がメーカーKYBのデータ改ざんで大きく揺れている。

 

震度7に耐えると言っても検証のしようがない。実際の地震が発生してその性能が設計・施工通り安全かどうかがわかる。地盤立地の条件や建物の構造にもよるが、免震装置の試験はどういう条件でデータを取るか、その検査は製造者の自主的なものかも定かでない。

 

製品の規格性能のデータを製造者が操作できるとしたら、総ての構造物の安全性は設計上の計算値を信頼すことになる。スカイツリーにもこの免震装置が使われていると言うから、設計上は安全でも施工後の安全テストは誰がどういう方法で実施したのかしないのか。

 

高層ビルやタワーだけではない、都市構造物や大規模の構造物の安全の信頼度を再点検しなければいけないかもしれない。

 

先ずは製造・施行事業者の信頼度を調査公表することが先決となるのだろうか。

 

企業のモラルが問われる福島原発の公判でも、当時の副社長の証言では企業のモラルは社会より株主にに向けられている気がしてならない。

 
 


 

長い秋雨前線の停滞で秋晴れがまちどうしい。、それでも気温だけは下がってきた。

 

気候まで国内・国際の政治経済状況に歩調を合わせているかと思いたくなる。

 

安倍政権の仕上げの一つ、消費税10%の切り札を一年後に切ることを明言した安倍総理。

 

与党自民党も公明党もうんともすんとも言わないと言っては言いすぎか。

 

しかし正面切って反対は全くない。参議院選挙までにことを納めておこうと言うことかもしれないが、ただ傍観するよりしかたない消費者の声も力がない。

 

トランプ大統領は目下中間選挙一辺倒で、火をつけた北朝鮮問題も先送りだ。

 

早く来い来い秋晴れと大きく叫びたいこのごろだ。

 
 


 

いま日本がイタリヤとバレーで死闘を続けていら。身長差を気力と技術でカバーしこの強敵に迫っている。チーム力と言っても良いが何とかこのセットを取って22のフルセットに持ち込んでもらいたい。あとは運を天にきもちで頑張ってほしいものだ。

 

…、取ったァ―!いよいよフルセット決戦だ、ニッポン頑張れ。

 

感動、感動、感動、齢を忘れさせてくれる。有り難う勝利を祈る。

 
 


 

これだけ作文にこだわったことも珍しい、無理にテーマへ結びつけようとする悪い癖が原因だ。どうしても書きたい自分の思いと、読む人の思いの違いをいつも指導される。講師のことばが気になり何度も書き直すが、なかなか自分の世界から抜け出せない。裏返せば読む人の立場で書く、読んでもらえる文章を書くことだが難しい。

 

試行錯誤をなんと4日つづけた区切りにしたい、明日は講師にメールで送ることになるが

 

また厳しい指導をうけそうだ。が、齢のせいか意外と打たれ強いのが取り柄だと自分勝手に思っている。

 
 


 

昨日と今日の夜は11月の文章研究会の作文作りに集中した。昨日ほぼ完成した文章を今日は解体して書き直しなんとか納得できるまでにした。が、明日もう一度見直して提出することにしたい。5おおじばかりの小文だが、毎月の課題に頭を悩ませることがもう7年も続いている。文章をまとめるむずかしさが年ごとに増すように思う、それだけ進歩したと思えばいいがそうも割り切れなく迷う。という次第でこのブログ日記も二日間を一日に集約することになった。急に冷え込んできたこの二日間、こころもだいぶ冷え込んでいるようだ。

 
 


 

10月は青空のもと各地で秋祭りの季節でもある。が今年は毎日のように雨が降り天高く…と言える日が少ない。こんな年も珍しいが異常気象のためだろうか、憂鬱な秋もである。

 

せめて自分の体調管理だけは十分留意しないと、この秋を元気に乗り切れないかもしれない。

 

睡眠と食事と運動、つまりよく寝る・よく食う・よく動くことが健康の基と思う。

 

それ以外のことは極力手抜きをしたいものだ、とくに国内の政治経済はもちろん北朝鮮問題や米中の関税争いなどに一喜一憂することは止めよう。

 

 

 
 


 

だれでも重苦しく沈み込む時がある。悩みや心配ごとが重なるとどうしても心が重くなるが、どうすれば心を軽くできるか。個人差もあろうが思い切って捨てる、つまり断捨離をすることがきめ手になる。断ち切る、捨てる、離れるをうまく使って心を軽くする。 

 

これですっきりと気が晴れ、はずむ心になる。と、筋書きは明瞭だがなかなか思いどおりにいかないのが世の常である。有形無形のモノやコトには自分や家族、友人知人など多くの人の心がかかわっている。その心をスパッと断捨離することは実にむずかしいが、自分の重苦しい心だけは、思い切って軽くしたいと思う。

 
 


 

十人十色というが背格好・容姿・仕草・声など個人の特徴を示すことは多いが、とくに声ほど違うものはないと思う。量・高低・音質の違いは個人差だけでなく、相手・場所や話し手の心の喜怒哀楽にとっても大きく変わる。

 

でも不思議と家族や知人の声は良く聞き分けられるものだ。オレオレ詐欺で子どもや孫の声と信じ込むのは聞き手の心配や驚きが原因ではないか。

 

家族や隣人、友人知人とのコミュニケーションは明るい笑顔と相手を思いやる心づかいとやわらかく温かいことばが大事ではないか。人の声で一番美しく響くのはこの思いやりの声である。

 
 


 

朝から気温が上がり30度を越える暑さが各地で記録された。室内でも29度を示し熱中症の警告がテレビで流れた。そんな暑さの中で愛知東部を震源とする地震がどーんと言う音とともに起きた。深さは40キロと言う内陸地震は異常な暑さとともに不気味な感じだった。

 

の今年は地震・台風・豪雨が各地に被害を出している、近年の激しい気象の変化は、気候温暖な四季の国とも言えなくなりそうだ。地球の気象が激しく変動するのは地殻変動の前兆かと気にかかる。

 

国際的な政情も日本の政情も、地球の気象・地殻変動に無関係とは言えない気もする。

 

 

 
 


 

考えると人生は時間の流れそのままである、戻らない先へも行かないし止まることもない。

 

スピードも一定で一秒の狂いもない、なのに人の心は揺れ動く、止まりたい・戻りたい・先へ行きたいとも思う。が、時間の流れに逆らうことは不可能である。

 

今日は朝から町内全体の大道役(草刈り、道路清掃整備)で8時から二時間草刈り奉仕をした。私は老夫婦に育てられたので十五歳ぐらいから70年余りこうした地域の共同作業や諸行事に参加してきた。昔は草刈機もなく鎌や鍬での作業ばかりだった。 

道路は全部地道で舗装もなく、台風や雨で道路の土が流れたのを山土を運んで修理したり川の板橋が流れたのをかけ変えるなどまる一日の作業だった。

今は道路も舗装され橋もコンリートで修理もいらず、二時間ばかりの草刈りだけになった。それでも戻ると疲れて寝ることが多い、今日も二時間近く寝てしまった。 

寝ていても時間とともに流れていける人生はありがたい。ただ何れは突然沈みこむことになる。その時自分の人生時間も消えるが、どこへ行くかは自分には分らない。家族や知人の心に残るが時間とともに消えていく。毎日の時間を大切に暮らしつづけたいと思う。