スペースmassa -17ページ目

スペースmassa

ブログの説明を入力します。

 


 

突然妻の同級生がご主人の運転で来宅された。ちょうど畑でねぎの植え替えを始めたところだったためか、ご主人は車から降りず奥さんが車の外でにぎやかに話して帰られた。

 

妻も私もそれぞれ同じ年で、まさに同世代。まだまだ元気だと頑張る近ごろだが、このご夫婦に自分たちを鏡に映したように感じた。高齢者は自分の姿は直接認識できないが、鏡で見る自分は欲目で見ているなと思う。自分は齢のわりに若い、元気だ、まだまだ大丈夫だと思っても若い世代から見れば「齢相応に」くたびれていると分るのだろう。

 

電車で席を譲っていただいたり、若い世代から気を使って見守ってもらうので無事元気に一人歩きができる。こんな分りきったことを改めて教えられた、「同世代は鏡」を心に刻みたい。

 
 


 

さんまのまんまSP番組に96歳の寂聴が元気に出演している。というよりあのさんまが押されっぱなし、寂聴のすごい突っ込みに見事に踊るさんま。それにしてもがんの手術を克服し舌鋒鋭く切れのいい寂聴。どちらもやはり怪物と言わざるを得ない、トップスターだ。

 

96歳にしてこの気力、87歳の自分も生きる目標にしたい寂聴である。

 

このブログも積極的に語っていきたい、文章としてではなく言葉ととして。

 

書き直しも不要、書き違いも気にせず、自由にしゃべるつもりでいきたい。

 

それがボケ防止の妙薬かも知れないから。

 
 


 

齢を考えて、高齢者らしくとまわりから言われることが多くなる。

 

分っていると言いたいが、実は「らしくない生き方」をしたいと言う気持ちも強い。

 

元気に暮らす活力のような気がするから、気合を入れて、前向きに、日々これ新たに、暮らしたいと欲張りたくなる。が、近ごろ高齢者らしい失敗や、もの忘れ、他人迷惑などを繰り返すことが増えてきた。「らしくない生き方」は自分の心の中へしっかりしまい込んで、口外しない方がどうも無難なようだ。

 

 

 
 


 

あの卓球の愛ちゃん、福原愛選手が引退した。いまTリーグの開幕戦を解説している。

 

スポーツ選手の引退はタイミングがむずかしいのことだろう。

 

振り返って自分の人生引退はと考えて見るが、これだけは全く自分で決められない・

 

おおよそこの辺でとも考えて現実性は全くない、ただ思うだけである。

 

スポーツ選手のようにはっきり引退できない人生、思ったり考えることの意味は少ない。

 

行けるところまで生きる、生涯現役が人生の旅路ではないか。

 
 


 

自分では気をけて歩いているつもりでいるが、はたから見ると危なくて仕方がない歩き方をすると言われる。不本意だがどうも認めざるを得ないようだ、近ごろ市街地を歩くと自分でも後で気づくことがある。その場でさっと危険を察知できないところが問題だ、典型的な高齢者歩きをしているようだが、自分では認めたくない気持ちがかなり強い。

 

かくして今日も「周りが見えない」歩きをした、幸い迷惑をかけた方からは大目に見ていただいたと同行者に教えられた。気をつけねばと思うが、どうも足の方が。勝手に動くと申し開きをしたくなる。困った高齢者であるという声も、どこからか聞こえるようだ

 

 

 
 


 

トランプ大統領がIMP(中距離核戦力)条約から離脱するという。米ロの核戦争の歯止めだったこの条約が、ロシアの違反と関係国でない中国の核整備で有名無実だと主張する。

 

再び冷戦時代に逆戻りするうえ、中国が加わる米中ロの核軍拡競争となるかと心配だ。北朝鮮の核廃絶も振出しに戻るかも知れない。今日は韓国の議員が竹島へ上陸を強行したと報道もあった。

 

尖閣諸島問題と、東シナ海の中国基地など東アジアが風雲急を告げ、日本外交が大きな試練に直面している。安倍総理の果敢な外交政策が日本の安全を守っていただけることをひとえに願うばかりである。

 
 


 

国会も自民党も一極多弱と言われるが、総理が大きな仕事をするにはやりやすいことは確かだ。憲法改正、福祉政策見直し、経済政策など重要な政策を推進するには好都合であろう。

 

外交・国防なども日本の意志が強固なことが基本でもあるが、一極が専制君主のようでは暴走をおこしやすい。かつて軍部が独走して中国・東南アジアに侵攻したが、結局は有史以来の敗戦国となったことを肝に銘ずべきだと思う。

 

かと言って、多極化で意思の統一ができず議論ばかりでまとまらないのも困る。

 

外交・通商・国防など重要な政策決定には、政府の適格活機敏な対応がかかせなない。

 

安倍内閣最後の3年間、独走・暴走ををせず、万機公論で日本のために頑張ってほしい。

 
 


 

明日が鎮守の神明宮の秋祭り、今日は掃除とのぼり立てで氏子全員と言いたいが3分の1ぐらいしかでない。無関心の人が多いいことあるが、神社の祭礼も昔の面影がない。

 

それでも今年も元気に若い世代の中で、一年ぶりに見るのぼりは良いものだ。

 

明治維新100年を記念して新調したもので、50年経つがしっかりしている。

 

戦前は県道の東と西にも立てたので、にぎやかだった。夜店も余興も辻行燈もやらなくなって数十年、子供みこしだけが祭り気分を味わせてくれる。

 

今年は組(切れ)の飾りをする当番で夕方飾り持ちとご新酒・行燈飾りをしてきた。

 

今年も無事祭礼を迎えることに感謝して…。

 

 
 


 

各地でソメイヨシノが咲いている、九月の台風でさくらの葉が落ちたり枯れたりしたためらしい。ホルモンの供給の変調が原因というが、サクラは迷惑しごくだろう。

 

今年の異常気象はサクラだけでなく、動植物や人間の生態系にもいずれ変調が出てくるのではないか。とくに高齢者や幼児には厳しい影響が出るかもしれない、たい体調管理に十分注意しなければいけないと思う。サクラチルとならないように。

 

 

 
 

 

米寿まぎわともなると暮らしの中で迷うことが少なってくる。判断に苦しむような問題を抱え込む社会的活動と無縁になることもあるが、毎日の暮らしの中でも迷うことが無くなってくる。問題がないと言うより問題にしなくなるからだろうか、ただ認知症の初期現象とは思いたくない。いずれにしても今の迷いがない暮らしはつづけたい。

 

「無事これ好日」で…。