「慈雨」セイシュン日記№76)スペースmassa(85歳。社会福祉士) | スペースmassa

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本当に久しぶりの雨が降っている、乾ききって花も野菜もかろうじて立っているが枯れるかと心配だった。この雨で復活する、気温も一気に下がった。水の力の偉大さを改めて身に沁みた慈雨である。

この慈雨も明日も続いて降るとまた思うだろう「もう止んでくれないと…」。

人間の勝手と言うか本音か、±ゼロでないと慈雨と言わない。

雨だけでなく関係するすべての事象が、増減なくぴったりでないと多少

にこだわることになる。急に騒ぎ出したポケモンGOにも言いたい。自然

環境や現実の社会環境に入り込んで、かくれんぼをして探させる。現実

に仮想が入り込んで現実を拡大強化するこのことを拡張現実と言うらし

い。雨でも降り過ぎると慈雨でなくなるのに、現実の自然・社会に仮想

を加え融合させては現実と言えない。現実を拡張することは降り過ぎる

雨より不要ではないかと思う。