「野口雨情の岡崎小唄に」№330(83歳社会福祉士・スペースmassa風呂敷エッセイ | スペースmassa

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岡崎小唄:野口雨情作並びに補作:中山晋平作曲

五万石でも岡崎さまは、お城下まで舟がつく

…、…

安く見やんな岡崎生まれ、天下取ったは三河武士
…、…

私は三州岡崎生まれ、惚れりや命もまとにふる

天下取りたきゃ矢作の川の、水で産湯を浴び直せ

…、…

野口雨情が大正期に日本民謡の復興や普及のため、全国各地を訪ねて

426曲の詩を作り愛知では24曲を残した。岡崎でも三河日報社が公募した詩を雨情が補昨して岡崎小唄がその1曲となったようである。

(今日の中日夕刊の記事参照)

私も若いころから折にふれて三河武士の天下取り、家康の地元岡崎生まれであることを誇りに思っていた。しかしあるとき誰の話か忘れたが、「岡崎藩の武士や町人で立派な人は家康について江戸へ出てしまった。三河地方を含めて岡崎はクズが残った…」のようなことを聞いた。その残った口の子孫だとすれば…。それ以来、徳川家康の岡崎と言うことはなくなった。

今日岡崎小唄のことから、またぞろ「安く見やんな岡崎生まれ、天下取ったは三河武士」と言いたくなってきた。