「多重露光」、

写真のことばなんだとか。

 

フイルムカメラで

フイルムを次に回さずに、

前の画像と次の画像が

重なってできた写真のことらしい。

 

 

(これは吾郎ちゃんのアクリル写真フレームを通して舞台を撮ったもの。多重露光ではありませんあせる

 

 

 

 

2時間のお芝居。

登場人物は7人。

 

人々の想い、

ことばが

幾重にも重なっている。

 

 

 

ワタシの初日は

19日11時の公演で、

 

公演全体としては3週間のお芝居の最後の週。

 

きっと

始めのころより熟成されているだろうな…

そう思ってこの週を選びました。

(もちろん千穐楽もみたかったけどチケット取れず)

 

 

image

 

 

 

 

2時間のお芝居が終わって

 

なんともざらざらした気持ち…。

 

吾郎ちゃんに感情移入しすぎた?

 

考え、想いがまとまらない。

自分でもよくわからない…。

 

どなたかが

「人と感想を語り合いたくなる」ってSNSでつぶやいてたけど、

ホントそんな気分。

 

他の人は、どんなふうにとらえてるの?

 

 

語り合う仲間もいないので

一人であれこれ考える。

 

同じ回を観ていた吉田さん(いらっしゃったの気づかなかったなぁ)。

 

吾郎さんとのラジオ”THE TRAD”で

「母親視点で観た」

というようなことを話されていた。

 

確かになぁ…。

 

 

ウチのムスメ20歳、同い年の実くん。

 

45歳になっても

親の呪縛から解かれない純九郎。

 

純九郎の父・母は

今のことばでいえば毒親なのか。

 

ワタシはどうなんだろう。

 

一所懸命子育てしたのは間違いないけれど、

子どもを縛ってなかったかな。

ワタシがしたい子育てをしただけじゃないのかな。

 

もちろん

全く思い通りの子育てには、なってないのだけれど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

開けて翌日。

ワタシ的には千秋楽の18日14時公演。

 

 

 

 

うまくことばにできないけれど、

 

観えかた

聞こえかた

感じかたが

 

昨日と全然ちがう。

 

ひとつひとつが

ヒリヒリするけど、優しくもみえてくる。

 

 

無音のまま

最後のシーンから暗転して、終演。

 

(昨日は暗転すぐに拍手があって終わりだと知ったけれど、今日は)

 

明かりがつくと目の前に吾郎さん。

 

この静かな時間の流れがいい。

(何度も行かれる方、明かりがつくまで拍手を我慢していただけるとうれしいなぁ)

 

 

吾郎さんの

両の頬を涙が伝っている。

 

これまで決して多くはない観劇だけど、

お芝居の最後で

吾郎さんの目が潤んでいたり、

鼻が赤かったりしたのを観ました。

 

でも、

両の頬を伝う涙を、

拭わす立つ吾郎さんを観たのは初めて。

(カーテンコールでは拭っておられました)

 

なんの涙だろう。

純九郎のどんな感情が

涙を流させるのだろう。

 

きっと一つじゃないんだろな。

 

 

もう一度観たいな。

観劇後はいつも思うけれど、今回は少し違う感じ。

次はどんなふうに感じるんだろう。

 

 

DVDでもいいけれど、

本が読みたいな。

文字で繰り返し読んで、自分の中の答え合わせがしたい。

 

 

 

ところで、

上の舞台写真はすべて自席から撮ったもの。

開演前は自分の席から(のみ)、写真が撮れるのです。

 

 

こちら(↓)はワタシの席から、

私の目の高さで真ん前を撮ったもの。

前に人がいません。

 

そう 

最前列ドキドキ

ど真ん中ドキドキドキドキ

それも2日ともドキドキドキドキドキドキ

(ああ人生の神様ポイントをすべて使ってしまったのでは…)

 

歩く吾郎さん

しゃべる吾郎さん

苦悩する吾郎さん

写真を撮る吾郎さん。

 

特に、

大好きなお花を無心に撮る吾郎さんを直接愛でることが

できるとは…幸せでございます。

 

 

<1泊2日の旅の残りはまた後ほど。JOでディナーもいただきました>