賤ヶ岳砦を約1時間で攻め落として、





温泉でサッパリして時間調整(長浜城を攻めていいのは朝9時〜)してから移動。





この日は、それほど暑くならなかったのか、琵琶湖周辺は天然のラジエターで意外と涼しいのか、山の中で20℃ぐらい、湖岸ドライブもエアコンなしで大丈夫なくらいで気持ちイイ。



長浜城周辺は豊公園として整備されていて、そこの駐車場は太っ腹なことに3時間まで無料!

さすが秀吉のお膝元。(秀吉は城下町繁栄のために長浜城下を朱印地として年貢免除の特権を与えた。)





天下人秀吉の最初の城という割に有名ではない気がするのは、近く(琵琶湖東岸)に国宝・彦根城や安土城址があってスポットライトが当たらないせいだろうか?


城から少し離れた駐車場から歩いていくと、石垣跡の石柱。




長浜城は廃城(1615年)となった後、資材(木材・石垣など)はほとんど彦根城に流用されて遺構が残っていないが、湖岸埋立工事の際の発掘調査で湖から石垣が見つかったことを示している。


通常は入館料500円だが、今は特別展開催中で¥1000となっていた。




館内は撮影・録画禁止となっているので、1枚も写真が撮れなくて残念だが、秀吉や関係者の(たぶん)本物の書状が多数展示されていて、


(ネットから拝借した秀吉の書状画像)


当然、全く読めないガーンのだけど、LINEアプリのトーク画面を模した現代語訳も展示(ナイスアイデア!)してあって、内容を理解できるようになっていた。
(いつも思うが、この手の書状・古文書って、誰がどんな経緯でどのように保管していたのか、それを知りたい!)


最上階からの展望。




長浜城は1575年落成とされているが、絵図など何も残っていないということで、当時の姿を想像できるような展示物(復元模型とか屏風絵とか)もなく、この歴史博物館自体が想像の産物で、復元天守とは名乗れないのだろう(それが城址として有名ではない理由の1つか)




この城址石柱の横に案内板があり読んでみると、長浜市内には移築された門が現存していることが判ったので、駐車場があと2時間は無料なこともあり、長浜駅の東側にも攻め入った。



(左下が長浜城、右上が寺院)


こちら↓が知善院表門。




これが長浜城の搦手門(裏門)を移築したもの、とされている。



更に、ここから数百mのところにある大通寺。





この立派な山門は割と遅い1800年代に建てられたもので、寺自体は元々長浜城内にあったものを、1600年代半ばにこの地に移転したとのことで、その時には、長浜城から移築した大手門が表門としてここに建っていたらしい。



では、その元・大手門は今どこに?





これが↑その元・大手門イコール現・台所門(勝手口)で、前出の山門と同じ境内南辺の西側に位置している。



見た感じ、屋根瓦は新しいもののようだが、柱や扉は立派なサイズの木材が使われていて、これまで各所で見てきた移築門の中では最も立派で、城の大手門らしい威厳を感じる。



実は長浜城にはあまり期待していなかったが、この移築門や特別展示のおかげで、なかなかいいもん見せてもらったなー、と。



駐車場の無料時間(3時間)があるので、色々見どころがありそうな長浜の街歩きはパスして撤収。



JR北陸線を渡る少し手前に、こんな石柱。

(観光マップには記載なし。)





随分本丸からは遠いところに大手門があったみたいで、最後の最後に長浜城の意外な大きさを実感。



これにて、井上和ちゃん大河『豊臣兄弟!』出演記念、賤ヶ岳&長浜城攻略完了!