カウンセリングルームのテーブルに置かれたバインダーとシステム手帳に目を落とす。

6穴で牛革の茶色のシステム手帳と木製のA4サイズのバインダー。

どちらも同じものだ。

「同じものを買わなくても自分が使いやすいものでよかったんだよ」

「どれがいいかわからないから先生と同じのがいいと思って文房具屋を回りました」

ケンイチは照れた様子で頭をかく

「そうだね。わからないと同じものを買いたくて」

嬉しそうにうなずく。

 

ケンイチは24歳。

大学卒業した社会人2年目。

精神科クリニックにADHDの診断をうけている。

 ADHDに効くと言われているコンサータ―を服薬してるが

 変わらないからカウンセリングルームにやってきた。

 

学校に入りなおした時のことを思い出される。

「新しいスマホを変えたから、アドレスを後で教えるね」

一緒に入学をした洋子の声が背中ごしに聞こえる。

洋子は同じ夜間部だ。

お互いに社会人学生ということもあり話すことが多かった。

「スマホ、買ったんだ」

振り向きながらつぶやく。

「今、スマホを持ってなくて…」

情けない声が出てしまう。

正確には3年前に職場で外出が多いのだからと半ば強制で形態を買わされた。

使い方がわからなくて電話には出れないし、電源やマナーモードもわからず半年もしないうちに解約した苦い思いをしている。

ADHDの生きづらさとは別にデジタルアレルギーという苦しさを持っている。

「ねぇ、操作は簡単なの?」

勇気を出して聞いてみた。

「そんなに難しいくないよ」

洋子は黒目がちの目には戸惑いっている。

「前にスマホもっていたけど、うまく使えなくて解約したんだけど・・・」

「うん」

「職場から連絡がつきにくいから携帯を持てって言われていて」

まくし立てるように言ってしまった。

馬鹿にされそうで怖いのだ。

スマホひとつ使えないことを…。

目の前にピンクが飛び込んでくる。

「iPhoneにしてくれれば教えるよ」

「ありがとう。同じ機種買ってくる」

深々と頭を下げる。

泣きそうになるのを気がつかれたくなくて頭を上げられない。

「覚えたらランチでいいからね」

形の良い舌をちょっと出す。

「ありがとう」

もう限界が近い。

「ほら、型番メモって」

慌ててスマホを受け取る。