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今日もかまりちゃん(* ̄- ̄*)>

本名かおり。かまりと呼び続けるのは東北出身の父。(かまり=匂い)

息子クンと新米母誕生より18日。

一か月後健診までは自宅にいたほうがいいということで里帰りせずに
愛知にいるわけですが、両親が退院した週末の3連休に来てくれました。
持参してくれた大量の食品で1~2週間分もの食事を作ってくれました食事

平日はダンナ様もお仕事なので息子クンと愛犬いぬとのおうち生活が
スタートしたわけですが、ワタシがとにかく家に引きこもっていられず出産
前日まで一日に一度は必ず家の外に出ていた為、何とも外に出られない
のが落ち着かないにゃ
TVっ子なので基本TVついてますがワイドショーつまらなすぎてケーブル
チャンネルが主です。とはいえ興味のない番組が続く時間もありそんな
時はWEBへ・・・という個人的には【ニート生活】です。(これが正しい表現
かわかりませんが)

最初の週は時間のとり方も見えていなかったし、勝手が入院してた時と
異なることで一つの事に時間を費やしてしまっていたり、入院中に来てた
郵便物とか雑誌とかの片付けしてたらけっこうあっという間でした。
ちょっと家事もやっていたけど極力しっかり休む時間だということを両親や
ダンナ様に促されほとんどキッチンにも立っていません。

翌週からはだいたいの時間がよめてきて空いてる時間を見計らって
(座りながら)やれそうなことをやるという毎日です。たぶんやれることを
やれてるあたり、ワタシは恵まれているのかもしれないと最近ふと思う。
特に大変な思いをして子育てしている方のブログとか読んだりすると。

まとまった睡眠がとれないことや思った通りの時間に行動できないこと
なんかも普通にあるけど、終始拘束されているような状態でもなくむしろ
映画(DVD)一本観られるときだってあります。
それに仕事休んで(産休・育休取ってますが)ダンナ様に働いてもらって
家事も大してやらずに無給なワタシがこうして贅沢な時間(と思ってます)
を持てているのは何より息子クンと向き合う為だと思いました。
そう思うと仕事休んでる罪悪感みたいなのとか勝手に感じてる疎外感
とかから解放されるような気分になって、大泣きしてる息子クンもとくに
深く悩むことなく抱き上げることができます。大泣きが落ち着いたりする
と何となく「ふふん♪」という気分になったりしてsei

息子クンは小さい体で全力で泣いて、少ない母乳吸ってミルク飲んで、
空腹やオムツの不快感をアピールしてくれてます。
子育てしてるっていうより子どもから子どもとの接し方をおしえてもらって
いるような気すらします赤ちゃん

後々また別な問題や悩みが生まれるのでしょうけど、今はこの生活を
しっかり送っていくことに全力になろうと思います。
出産後5日間は入院していました。
出産当日は翌朝までフリーにさせてもらい大いに食べて寝ました。
早朝から病院にいて朝・昼と食べられなかったし、夕食のおかずの
お肉おいしかったなぁ~(*^▽^*)

そして翌日から授乳・沐浴・退院後の説明や健診など何かしらの
スケジュールと共に3時間置きの授乳(混合なのでミルクも)スタート。

やってみてから初めて気づいたこと。授乳に約1時間の所要という事は
つまりは【2時間睡眠じゃんっ】ってこと。所要時間忘れてて3時間
寝られるという計算してた浅はかすぎるワタシでした

残念ながらワタシはあまり母乳が出ません。(今も)だから余計に授乳に
時間がかかっていました。周囲には出産日が数日しか違わないのに
めちゃくちゃ母乳出てるママだらけで、出産後最初に凹んだのはそれ
でした。
息子クンに「ごめんね」という気持ちと普通に出るものだと思ってたから
情けないなーという気持ちと助産婦さんから「母乳の出るタイミングは
人それぞれ」と言われ、もうそう思うしかないとすぐ開き直りましたけど。

起きられるか不安だったのでアラームセットして毎回ベッドに入りましたが
鳴る前にしっかりと息子クンは泣いて起こしてくれました。
単に元気なのか、気が張っていたのか、ワタシも目覚めはそれほど悪く
なくて授乳はほぼ定刻に行っていました。

寝てばっかりの息子クンでしたので退屈~と思うこともありつつ、でも友人が
次々に訪問してくれたり、連絡くれたりして、ダンナ様も仕事の合間に電話
くれたりお休み取って会いに来てくれたりで気持ち的にも安心でき、体も
休ませることのできる入院期間でした。

分娩・入院費用は公立病院と比べるとかなりかかったけれど、食事や環境
・産後ケアに文句ないし、地元でなく両親もすぐに来られない状況のワタシ
にはベストな病院だったと思います。

何より息子クンを無事に出産することができたことに感謝でいっぱいです感謝
生後14日の息子くんはある程度聞いていた通り、定期的に起きてミルク飲んで
お腹いっぱいになったら寝て・・・を繰り返す生活です。ワタシも当然そのサイクル
で生活していますが、日中はダンナ様が仕事、実家は県外ということでヘルプが
いないため、昼間はそれなりにやることもあり睡眠時間は妊娠中と比較にならない
ほど減ってます。
ダンナ様も仕事から帰ってすぐに沐浴やミルク準備を率先してやってくれて、
その上雨でも風でもワンコの散歩に行ってくれて、そんな中でもワタシの体調を
気遣ったりして、やっぱりしんどい時もあると思います。

ただ、このことを、「大変。疲れる。しんどい。」と思いながら続けるのか、「一生
続くわけじゃないし。死ぬほどしんどくはないし。」と思って日々こなすかで子育て
の見方はかわるのかなぁと自分なりに思うようになっています。

出産後退院して間もなく、二人そろってすべてが初めてで「大変だなー」と漏らした
すぐ後で、「これが避難所だったら」「電気も何もないところでのことだったら」「ミルク
もおむつも何もないような状況だったら」という話が出ました。何となく同じタイミング
で震災が起こっていたら、と想像していました。

実際に被災している中の出産や子連れでの避難所生活というのは聞いたことがあるし、
個人のブログなどで体験を載せている人もいます。実際に避難所で小さいお子さんを
見かけ、赤ちゃんが泣いているのをあやしているお母さんにも会いました。
その光景を思い出しただけでもう今の自分たちと息子くんのこのありがたい、恵まれた
環境に感謝する以外何もないです。
想像を絶する状況での出産・育児を経験された方に比べたら十分すぎる環境です。

出産や育児を経験した人に「これから大変だよー」とよく言われます。
それはアドバイスとして聞いておきますが自分はネガティブに思いたくないし、大変か
どうかを人に決められたくもないので、大変と思ったら「でもこんなのこなせる範囲」
と考えをプラスに持って行って日々を家族で協力して過ごしていきたいと思います。

震災時に限らずですが、お子さんを産みたかった人、お子さんと生きていきたかった人、
生まれたかった命、でもそれが叶わなかった人たちがいたことを忘れずにいたいです。

今は、まだまだ育児の序章にも入っていないのかもしれませんが、日々楽しいです
前回のブログより12日。つまりは出産より12日です。
結局あの時「かもしれない」という疑いをもった陣痛はその後本陣痛
となり出産となったわけです。

3340gの男の子です。

妊娠中余計に情報を入手しない方がいいと思いながらも家にいるだけ
なので結局サイト開いたり雑誌読んだりしていたわけですが、十人十色
な経験談がほとんどで教科書通りにはならないものなのかなーと予測は
してましたが。
・・・それにしても痛いですよ、出産というものはっっ

中には「つるんと産まれた」という感想の方もいましたが、それに関しては
「ほんとかいっっ」と疑わざるを得ないです。(今思えば経産婦さんの
感想だったのかな~)

病院についてから出産まで13時間。
楽に(?)産めなかった理由が体重が増えて産道に脂肪がついたせいなのか、
妊娠中の動きがまだまだ足りなかったせいなのか、陣痛後も痛みをこらえて
あまり歩かなかったせいなのか、もはやわかりません。

体重は毎日測っていたものの妊娠後期にも入ると食べる量抑えてもなぜか
増えてく。そしてお腹は普通に空く。夕食に炭水化物抜くのでも結構精一杯
車に乗るのもやめてほとんどが徒歩。マンション12階の部屋までも歩いて
あがりましたさ
陣痛を確認して病院に行った後も痛みが落ち着く間は眠気との闘いでそれに
見事に負けたことは認めます。そうです、陣痛の痛みと痛みの間、ワタシは
寝てました。立ったままでもそして睡魔を妨害したのが陣痛というわけです。

途中で赤ちゃんが下りてくるペースが落ちてしまい、促進剤を打ったわけ
ですが、それからも痛みとの闘い。先生が確認に来るたびに「今の痛みの
3倍の痛みが来なければ」と言われ、本気で「悪魔かこの人は」と頭の後ろの
方で思ったのを覚えてます。そして意識朦朧で歩いたり(歩けてたか!?)
横になったり座ったりしてる間に、休憩時間を与えられました。その時は
先生を神様と思ってるワタシ(笑)

休憩(睡眠)の目が覚めた時からいよいよ最大の痛みと共にクライマックス。
でもなんだか先生や助産婦さんの声、ダンナ様の声がしっかり耳に入って
きていました。妊娠の時から色々アドバイスをしてくれていた美容院スタッフ
さんの言うとおり「助産婦さんの言うとおりにする」だけは守り抜いた。

そして頭がでかかったところで周りのみんなの空気が盛り上がってるのが
わかったら痛みと同時にドキドキして、最後の一回いきんで体から大きな
ものが出てきたのが分かりました。同時に聞こえた泣き声に安心して
ずっと手を握ってくれてたダンナ様を見ました。ダンナ様は涙目でした。
そして頭をなでてくれました。

いずれこの痛みを忘れるのかと聞かれたら今はまだNOだけど、産まれた
瞬間の感動は一生忘れたくない。
これまでたくさん頑張れることを頑張ろうと言い聞かせてやってきたつもり
だけど、今回のことは自分の人生の中でも堂々と頑張ったと言えることの
一つになりました。

これからが大変と言われるけど正直まだわからず。だけど大変とかイヤ
だなーと思うことがあったら、出産を頑張れた自分を思い出したいと
思います。
きっと大丈夫なハズ。出産を見守ってくれたダンナ様が一緒だし

産まれてきてくれた命にまずは感謝。
バタバタしながらお母さん業を覚えていきたいというところです。

産休に入り、ブログ内整理とか妊娠記録なんかまとめようかと思ってたけど結局日々を過ごしてたら後回しになり39週目に入り、まさに現在進行形で陣痛と闘ってます(笑)
ブログとかやれてるあたり序盤なんだろうけどこれでも約10分置きに苦痛な顔でもがいてます。もう少し間隔が短くなったら病院に電話しなければ。

ダンナ様のお休み中に産まれてと懇願したのが効いたのかもしれないけど深夜とはアセアセダンナ様、ごめんなさいショボーンワタシが起きるたびに一生懸命起き上がってくれるけど眠いよね、この一週間の仕事終えたばかりだし。

あーまたやってきたこの痛み。ルーティンのように痛みの始まり前は赤ちゃんが暴れる。あばれる君だーおーっ!

がんばれ、あばれる君!
がんばれ、かまり!!
気づいたらもう2月。一時期は毎日のように書いていたブログもなかなか
PCに向かえなくなると進まないなー・・・って性格の問題か

昨年夏に妊娠がわかり、秋ごろ予定していた毎年恒例のTDR旅行を
断念しましたがどうしてもあきらめられずにいて何度となくダンナ様に
アピールし続け、OKもらったところ今度は仕事の休みが取れずに月日
が経過。
先日9か月に入り出産前最後のチャンス!!と思い、産休に入った
先日行って参りました

前日までにコンディション整え、病院の先生に注意事項をおしえてもらい
それなりに準備はできたかな、と。とは言え色々サイト読んだり、身近な
先輩ママのちょっとしたことでも心配する様子を見てるとあまり大声では
言えないな、と思いほとんどお知らせせずに決行。

当初朝から一日いるつもりだったけれどパーク入ると歩き続けてしまう
こともあり、入園は午後からにしました。そのかわり午前はのんびりと
上野で美術館&公園を散歩したりお茶して過ごしました。

おなか
お腹で足元ちょこっと見えるくらい^^;

天気がよくて本当に気持ちのいいランドの旅♪♪♪妊婦のワタシに
入れるアトラクションは限りがあるというものの、日頃からアトラクション
ほとんど乗らずショーばかり見て回っているからまったく苦にならず。
さらに車いすやサポートが必要な方に向けたゲストアシスタントという
サービスを私も受けることができ、長時間列に並ぶことなくアトラクション
に参加させてもらえました。・・・とは言え待っている方の間をぬっていく
ので非常に周りの目がイタイ・・・。その為使ったのは二か所でした。
それでもこういったサービスは同じように楽しみたい人には本当に
有難いと思いました。二年ほど前に車イスで行った時には特に乗り物
好きな友達とだったから、お互い気を遣いあうこともなく一日楽しめたのは
このサービスのおかげです。

オラフ
お初のフローズンファンタジー


夕方になると冷え込んできたものの、ユニクロの極暖シリーズを着用
していたので凍えるほどの寒さは感じず、ショーと言うショーはほとんど
見ることができました。30周年以降、音楽と共に空に広がる花火、ハピネス・
オン・ハイが大好きで、今回もそれを見てしめくくることができて本当に
幸せ絶頂でした

ダンナ様には「妊婦ってこと忘れるね」と言われるくらい終日元気で
おまけにゴハンもガツガツ食べて一日を200%楽しんで過ごしました。

名残惜しく帰ってきたけれど、楽しかったこの一日をたくさんたくさん
心に刻んだので、出産も元気に迎えたいと思います。
ちょっと不安がよぎったら今回念願のミッキーサインを見返して頑張る

sign
ミッキーは一生、ワタシの神サマ天使の羽天使の羽

10月末から緊急搬送され入院していたお義母さんが先日亡くなりました。
転院した翌日のこと。

ダンナ様は「運ばれた時から今日まで必死で繋いでたんだと思う」と言い、
入院の間に身内の方たちに会えたことが本当に良かったと言っていました。
生きてる人間の勝手な解釈だけど、急な交通事故・震災のような天災で急に
命を絶たれた人たちのことを思ったら幸せだったと思うって。

そう思いたいと思う一方、何一つ私たちにしてほしいことをいうこともなく何か
してあげたということもないことに申し訳なさを感じます。
そんな中現実的に色々しなければいけないことが山積みで正直まだ実感が
湧いていません。

病院の配慮できれいにしてくれたお義理さんに着せられていたのはワタシが
入院用に用意した浴衣。「かおりちゃんはいつも私が好きな色と柄を選んで
くれる」と言ってこの浴衣も一度しか袖を通していなかったけど喜んでもらえた
ものでした。
お葬式に用意した花束はその浴衣の色をイメージしたものです。
ダンナ様もとても喜んでくれて棺に一緒に入れてくれました。



葬儀中、お腹の中ではぽこぽこ赤ちゃんが動いていました。
見送られる命とこれから産まれる命がすぐ近くにあるんだって思いながら
お別れしました。

お義理さん、ダンナ様を産んでくれてありがとう。


あと少しで2015年が終わります。毎日同じだけど毎日同じじゃない、今年も
充実の一年。来年もまたそうでありますように。
福島ボランティアでお世話になった団体さんが新しい活動を始められるということで本当に本気でお手伝いに行きたいと思っていたのだけど。。。

ご丁寧にスタッフの方が「今は来てはいけない、と伝えなければなりません」と連絡をくださいました。その理由も細かく、ワタシがちょっとした情報サイトから拾う情報より更に詳細に。もちろん全てはワタシの体とお腹の赤ちゃんを想って、です。

とてもありがたく、
やっぱり力になれない自分に哀しく、
遠くの地にも愛してくれる人がいるこの子が嬉しく、
そんな思いで涙しました。

今年、お手伝いで行った時、おそらく震災・原発事故のあたりで生まれたであろうお子さんに会いました。お母さんもずっと福島に住んでいるということ。妊娠中から出産まで、(そして今も)どれだけの心労があったんだろうと思いながら活動をした記憶があります。
それを思ったら今の私の平和なこと。申し訳ないほどの環境です。

仕事でイライラしてて胎教に悪いとか、1日動きすぎて疲れたとか、ワタシ、ぬるいこと言ってるなーと反省。

考え中だった産休でしたが仕事はギリギリまでやることに決めました。
出産前最後になるTOEICも勉強なんとかやって受けます。
やりたいこと、やれる環境があるなら頑張らないといけないと改めて気づかされました。

それでも行けないことは悔しい、です。
自分の【いつも】が変わってきた。

毎週末のバレー
自宅での腹筋運動
不定期ながらの運動(ジムやプール・ランニング)

・・・ワタシ運動ばっかやってたからそれを差し引くと何もない(笑)

妊婦さんが体力つけるために、ということでエクササイズが色々
載っている記事を見つけその中でも「疲れそうで楽しそう」という
やつを最近見つけたのでやってます。
足踏みを腿上げしながらするやつを犬の散歩中に。
この一瞬、そして終わった直後の疲れた感がとっても幸せ♪

基本元気体質なのであんまり自覚がないのかちょっとでも
気を抜くと走ってしまう癖が治らない。
バレーの感覚思い出そうとジャンプしちゃおうとするところも
気をつけなければ。

とりあえずは日々を着々と生きて行こう、というところです。
仕事のある平日はそれに没頭。当然だけど。
でもどうしてもたまってしまう仕事があって一度リセットかけようと
いつもより黙々とそして残業をしてみたら、その日の夜にドカンと
体=腹にきました。
それは翌日も続き、継続的じゃないだけに仕事は行ってみたものの
いったん座ったらそのあと立ちたくない感があってひたすら仕事に
集中してみたのだけど昼も過ぎたころに仕事への集中も切れて
しまい・・・。

結局夕方ごろに早退してしまい【何だかなー】と思いながら帰宅。
とりあえず楽な姿勢で横になること二時間。おかげで夕飯作る
時には普通に起き上ってできたのだけど、働きながら妊婦やる
って、自分でちゃんと限度つけないと続けられないんだと改めて
思いました。

そして先週からダンナ様のお母さんが緊急入院。
痩せて酸素を送ってもらわないと普通に呼吸ができないという
状況。

【色々と重なるときは重なるものだけど何とかやっていけるもの
だから】と会社の人が言ってくれたけど。
・・・・どうなっていくのだろうか。