10年前に、胃癌の為他界しました。
父の癌が発覚したのは、
亡くなる半年前、
その時点で既に末期の状態で、転移していました。
父は、スキルス癌で胃癌の中でも見つけにくく、進行が早いと言われているものでした。
当時、私は看護学校の2年生で病院で准看護師として働きながら病院の寮で暮らしており、
余命宣告された日は、
父と私が主治医から聞きました。
それまで父は、胃癌というのは聞いていたけど、当時胃癌で腹腔鏡下手術をしていた王貞治さんのように手術をしたら治ると思っていたようです。
でも、父の場合は転移もしていて手術で取れる段階ではなく、
余命半年と宣告されました。
私はなんとなく予想はしていたけど、
それが現実となり、
すぐには心の整理ができず、
しばらく放心状態で、
告知後、
父と今後のことを話し、気付いたらお互い涙を流していました。
父の涙をみたのは、
それが最初で最後でした。
当時父は、74歳、
28歳の時に独立し、
会社を一代で築き、
5年後には、
会社周辺の土地開発が進む予定だから、それに向けてもっと会社を大きくしたいと目標を持ち頑張っていた矢先でした。
本当に無念だったと思います。
ただ、
その後も生きるという思いを強く持ち、
抗がん剤治療を受けつつ、
亡くなる直前まで仕事をしていました。
そして、
告知されて半年後、
父はこの世を去りました。
私は、
父が亡くなった後、
まだ学生の身で、母と2人これからどうすれば良いのか?
私がしっかりしなければと自分に言い聞かせ、
たくましくならなければ、
弱音を吐いている場合ではない、
もっともっと頑張らなければと、
自分を奮い立たせ、
あまり悲しみに浸る間も無かったように思います。
自分を奮い立たせることは必要だし、
その頃の私には尚のこと必要不可欠で、
それがなければ、
その後厳しい実習を乗り越え看護師になり働き続けることは出来なかったと思います。
あの頃からずっと、
自分に対して、
もっと、もっと、
という言葉を無意識に言っていて、
いつしかそれが自分を追い詰めていたことに気付きました。
今の私には、
もうそれは手放していいものなのかなと思うので、
自分を追い詰めるのはもうやめようと思います

今日は、
10年振りに、
父が亡くなった病院へ行ってきました。
病院は、家からバスと電車で40分ぐらいのところにありますが、
父が亡くなってから、
病院に行くことも前を通ることも出来ず、
就職活動の時も、
その病院だけは避けていました。
足が遠のいて気付いたら10年。
でも、どうしても1度だけ行きたかった病院内の場所があって、
それは、
父が亡くなった後、
父の携帯に入っていた1枚の写真をみたから。
病院の屋上庭園で撮影された写真だったのですが、
母と私は、病院にそのような場所があるとは知らず、また父がそこへ行っていたのも知りませんでした。
母は、その写真をみて、
飛び降りようとしたのかしら?
と言っていましたが
病院の屋上は簡単には飛び降りれないようになっているので、
そういうことではないのではとは思いますが。。
その場所で、
父は何を考え何を思ったのかな?
いつか1度行ってみたいと思っていて、
今日久しぶりにその病院へ行き、
父が入院していた同じ階にあったその屋上庭園へ行ってきました。
穴場というのか、
たまたまなのか、
誰もいなくて、
テニスコート2面分ぐらいの敷地に芝生が埋め尽くされ、木がいくつか植えてあるような風景でした。
父はそこで、
普段取らない写真を携帯でとり、
何を考え何を思ったのか?
そんなことを考えながら、
私も同じ場所に立ち、
気分転換をしつつ、
病気のことや、
今後のことを考えていたのかなと、
父になったつもりで考えていました。
結局答えはわからないけど、
あの頃の私は、
親への不信感からかトゲトゲしていて、
本当の意味で父に歩み寄ることが出来ず、
父はそのまま亡くなってしまい、
心残りが沢山ありました。
今日のことで何か変わったのかはわからないけど、
自分の中で何かが和らいだというのか、
気持ちが楽になった気がして、
よくはわからないけど、
そんな感覚が味わえただけで充分なのかなと思います
