前回は光が入っている環境は気分がよくなる話をしたが、では逆だと何が起こるのだろうか??暗いと気分が落ち込むだけだろうか?
例えば犯罪は昼よりも夜に多く発生する。町の同じ場所でも昼の方がたいてい安全だ。危険な目にあいたくなければ夜に寂しい場所に車を止めたり、夜道を一人で歩いたりしないほうがよい。犯罪を減らし治安に関する不安を和らげたければ、街灯を増やすこと。
もちろん犯罪者にとって人目につきにくい夜の方が仕事をしやすいという面はある。しかし、暗さが悪事を容易にする状況でなくても、人は暗い場所の方が非道徳的な行動に走りやすいのかもしれない。暗さと非道徳性の間の連想が犯罪の背中を押す可能性があるのだ。
●ある研究グループの実験。
この実験では、被験者の大学生を二つのグループにわける。明るい部屋のグループ(蛍光灯12本点灯)と暗い部屋のグループ(蛍光灯4本点灯)である。そして全員に20問の問題が記された紙を渡した。全ていくつかの数字の中から足して10になる二つの数字を選び出すという問題だ。解答時間は5分。一問正解するごとに0.5ドルの報酬を受け取れるものとした。実際には5分間では時間が足りず20問すべてを解くことは不可能だ。解答時間が終わると被験者は自分の正解数を別紙に記入し、その紙を回収箱に入れる。そして、報酬として、正解数に応じた金額を自分で封筒から取り出して持ち帰る。解答用紙には氏名を記入しないので、本当の正解数は誰にもわからず簡単にズルができると、被験者たちは思ったに違いない。しかし実際は本当の正解数を研究者たちが把握できる仕組みになっていた。さて、どういう結果になったのか?明るい部屋のグループと薄暗い部屋のグループの間に本当の正解数の差はみられなかったが、薄暗い部屋の学生たちの方が多くズルをした。驚くような話ではないと思うだろうか?薄暗い部屋では不正をはたらいても露見しにくいと思うからズルをする人が多かっただけのことだ、と片付けたくなるかもしれない。しかし、それは違う。この実験の前提を思い出してほしい。明るい部屋の被験者も薄暗い部屋の被験者もズルをしてもバレないと思い込んでいたのだ。ということは、暗さと非道徳性明るさと道徳性の間の連想が行動に影響を及ぼしたとみるべきだろう。部屋には他に誰もおらず、不正がばれない状況でも部屋が暗いときは人が不正に手を染める確率が一層高まるらしい。
同じ研究グループは暗さと不公平な行動の関係を調べる実験も行っている。この実験では被験者を二つのグループに分け片方にサングラスをもう片方に透明の眼鏡をかけさせて「独裁者ゲーム」をさせた。これは人の公平性と道徳性について調べるために心理学の実験でよく用いられるゲームだ。このゲームは被験者がペアになっておこなう。一人が配り手、もう一人が受け手である。配り手はいくらかの現金を与えられ、それを受け手との間でどう分配するかを決める。受け手は分配の割合に異を唱えることができない。そういうルールだ。このゲームの狙いは配り手の利己性をあぶりだすことにある。受け手に配る金額が多いほど、その人物は利己的でないとみなせる。本当に公平に分配するなら、半分ずつ山分けにすべきだろう。このサングラスの実験では被験者全員に配り手の役割を与えた。別の場所に受け手がいると説明し、コンピュータで意思表示させたのだ。すると、サングラスをかけた人が受け手に渡した金額は透明の眼鏡をかけた人に比べて少ない傾向にあった。しかも、その金額は半額を大きく下回った。ほとんどを自分のものにしてしまったのである。一方、透明の眼鏡をかけた人たちは、およそ半額を相手に渡した。どうしてサングラスをかけるという人畜無害な行為が行動の公平性に影響を及ぼすのか?被験者は部屋に一人でいてコンピュータを通じて実験に参加している。サングラスをかけようとかけまいと、相手に見られるわけでない。それでも世界が暗く見える結果、非道徳的な振る舞いになったのだ。暗さという概念と周囲の世界が暗く見えるという状況は人の「暗い」衝動を引き出す場合があるのだ。
よくお母さんから暗いところでご飯食べていると暗い人間になるよと言われていたが、当時は何を言ってるんだろう、部屋の暗さと人間の暗さに関係ないでしょと思っていたが、実際相関関係はあったのかもしれない。だから引きこもり気質になってしまったのではないかと少し考える(笑)
合理的に考えていると思っている人ほど環境や周りからの影響についてそんなことは意味がないと思ってしまいがちだが、自分の感情自体に目を向けてみれば(例えば実際に太陽の下に出た時にどんな気分になるかなど)案外その感覚の方が正しいのかもしれない。
明るいオフィスで働きましょ~♪
