11月6日 父は眠ったまま 静かにこの世から去った。私たち家族からすると本当に突然の別れだった。
土曜日の3日、母が足をくじいてしまい、父が希望したものを買いに出かけられないから代わりに買ってきて欲しいと電話があって、日曜日の4日に会いに行ったのが生きている父との最期になった。
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父は以前、肝硬変を患って入院をしたことがあったりもしていたが、今は自宅でひっそり母と暮らして、散歩に出かけたり、近所のお蕎麦屋さんでちょっとお酒をたしなんだり、まぁまぁ元気にしていました。
でも土曜日、具合が悪くなって食事を摂ろうとしなくなったりして、心配した母がなにか食べたいものはないのか聞いたら「刺身」とか「寿司」とか言ったそうで、「じゃぁ買い物に行ってくるよ」と言う母に「〇店のはダメだ △店のにしろ」なんてお店も指定してきたりして。
それで家を出ようとした母がうっかり転んで足をくじいてしまった。捻挫して買い物に出られなくなり、私に連絡してきた。
翌日の日曜日、父指定のお店でお寿司を買って、あと母に頼まれて父の好きなものをいくつか買って実家に帰った。
私が行くと、父が起きてきていつもの定位置に座ろうとしている。ちょっと手伝って座らせて
お父さん、お寿司買ってきたよ、食べる?と聞くと、「うん」と頷くけど、箸をうまく持てない感じだったので、小さく分けて私が食べさせてあげたら美味しそうにパクパク食べてた。
特にいくらが好きみたいでいくらは最後のひとつぶまであげたらそれも喜んで美味しそうに食べていた。
お水を飲んだりしていてなんか話したりしたと思うけど、何を話したか思い出せない。
ニコニコしていてとても静かにしていた。
そのうちしんどそうにして横になりに寝ている部屋に戻ったので、じゃーそろそろ帰るねーって声かけて帰った。
父は、調子が悪い時はちょっとこんな感じになっていたこともあったけど、その後元気になったら散歩に行ったり動き回っていたし、土曜日も、洗濯物を二階のベランダに干しに行ったり取り込んだりもしていたそうで、まぁまぁまたじんわり回復して母とけんかしながらも仲良く支えあって生活する日常になるのだと思っていた。だけど、なんとなく様子に違和感があって、帰りの電車とか、その日の夜とか、「あれ?もしかしたら…父はあまり長くはないのかな、写真とか探しておいたほうがいいのかな」なんて頭をよぎって、「いやいやいや…いくらなんでも…」「でもお兄ちゃんとお姉ちゃんには今日の様子を連絡しておいたほうがいいかな」なんて考えたりしたくらいだから、予兆はあったといえばあったのかもしれない。
月曜日の夜9時過ぎに兄から「父がやばい」と連絡があって詳しく様子を聞くと、母から来て欲しいと言われてお嫁さんと二人で父の様子を見に行ってきたと。兄が話しかけると内容はわかっているような顔をするけどあまり言葉にならないみたいで、救急車を呼ぶ話もでたけど、なんといっても父は割とこんな様子になることもあって、高熱がでてうなされるとか、なにかどこか痛くて苦しくて…みたいなことはなく静かにしているので、救急車を呼ぶって言っても大げさかなぁなんてことになって、翌日の火曜日は、父がかかっているお医者様の出勤日なので電話で相談してそれから病院に連れて行こうかな、なんて話でまとまり、兄夫婦も帰ったそう。
私も母に電話したら「なんかねーわけわからないことを言うのよー 昔の話をしたりね、社長がどうとか、なんやら…」と母も混乱している様子。とにかく明日、先生に電話してみる、と言うのでひとまず電話を切り、明日は会社休ませてもらって母と父を病院へ連れて行こうと思い早めに寝た。
その夜はなんだか眠れなくて…時計をみると0時…1時…うーん…なんでだ?嫌な予感がして眠れない…明日は会社に連絡して…現金がいるかな…実家の鍵は…なんて明日の段取りを考えながら布団の中でまんじりとしていて、なんか変だなぁと思っていたけどなんとか少し眠ったようで…
朝6時、ふと目を覚ますと4時だの5時だの、兄からの着信やらLINEやら…慌てて連絡すると「オヤジが死んだ」って。
母から「息をしていない…」と4時に呼ばれた兄が車で駆けつけて、ガンガン私と名古屋にいる姉に連絡をしていた。
検死の結果、平成30年11月6日 午前2時頃(推定)「不詳の病死」として診断されました。
父は朝を待たずに眠ったまま79歳で静かにその生涯を終えました。
自宅で亡くなったものですから、そのまま棺に入れてもらい、7日に自宅で通夜を、8日は自宅から出棺して火葬場で見送る形になりました。
父の妹が二人と甥っ子一人、息子家族、娘家族と娘(私)、そして妻(母)。合計13名。
父の本当に近しい親族のみで見送ることができました。
父は神式のとある信仰を持っているのでそちらから先生が通夜にも出棺にも火葬にもきちんと祝詞をあげて下さいまして、私たちはなにもわからないながらもなんとか父が喜んでくれるような格好はつけられたかもしれません。
父は「THE・昭和の頑固オヤジ」という感じで私たちが子供の時は本当に厳しく、母にはわがままな人でしたが、晩年は「老いては子に従え」とよく母に言っていて、顔をみせるといつも喜んでくれていました。
私たち兄妹はやや偏屈な年老いた父の面倒を見るのを嫌がって母と二人きりにさせていたけど、本当に、本当にあっけなく、静かにぽっくりと逝ってしまって、まるで「お前たちには俺の面倒をみさせないで逝くから、母をよろしく」と言っているようで。
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夫とも離別し、子供もいない独身の私がこれから年老いた母を支えていかなくちゃいけない。
今後どうしようか。
父を亡くした悲しみと今後の考えることで頭がぐちゃぐちゃしているので、またこちらのブログに気持ちの整理や記録の場として利用しようと思う。
これからどうすればいいのか、ゆっくり考えていこうと思う。
2018年11月10日
※こちらにエントリーをすると、読んでいただいた方にいろいろと気遣いをお掛けしてしまうかもしれませんが、私は頼れる兄姉もいるし仕事もあるし支えなくちゃいけない対象の母もいるので大丈夫です。今日は一日母からも離れて自宅でボーっと過ごします。明日はまた兄と一緒に母のところに行きます。自宅まで定期を買おうかと考えたけど回数券でいいかもしれないかな、なんて考えながら。