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「権力犯罪」

http://www.asyura2.com/10/senkyo96/msg/720.html



陸山会の土地購入問題で「政治資金収支報告書2004-5年分虚偽記載」容疑で小沢前幹事長の不起訴不当を再審理をしていた「東京第五審査会」は すでに議決して結果を今日にも発表するとの記事を見つけました。

現在吹き荒れている検察スキャンダルが追い風となり「『起訴すべきではない』と議決したのではないか」(検察関係者)』との内容です。

しかし今回の検察スキャンダルがあろうとなかろうと、「政治資金収支報告書2004-5年分虚偽記載」事件は東京地検特捜部が小沢氏を逮捕・立件 するためにでっち上げた「権力犯罪」であり、「起訴相当」の議決が再度出されることは絶対ありえないのです。

もしも「東京第五審査会」が「起訴相当」議決を本年4月27日に続いて再度出したならば、検察の意向を受けた「審査補助員」の弁護士が前回の米沢 弁護士同様誘導したことになります。

東 京地検特捜部が2009年3月3日に大久保公設第一秘書を逮捕し強制捜査を開始した「西松建設偽装献金事件」は、岩手県のダム建設に絡みゼネコ ンから小沢氏あるいは陸山会に闇献金がなされた「受託収賄事件」として小沢氏を逮捕・起訴するために検察がでっち上げた「権力犯罪」です。

同 じく東京地検特捜部が2010年1月15日-16日に石川衆議院議員と大久保秘書、池田元秘書の3名を逮捕し強制捜査を開始した「陸山会土地購 入事件」は、もともと正体不明の市民団体「「世論を正す会」が2009年11月4日」が検察へ告発したことを契機としています。

東京地検特捜部は自分たちで「西松建設偽装献金事件」をでっち上げたために、「陸山会土地購入事件」は「在特会」桜井誠代表などに情報を流して実 体のない市民団体を立ち上げさせて「検察への告発」の形にしたのでしょう。

「陸山会土地購入事件」もまた「西松建設偽装献金事件」と同じ構図であり、東京地検特捜部が水谷建設元会長の「小沢氏側に一億円の闇献金を渡し た」と の嘘の供述をベースに「受託収賄」で小沢氏を逮捕・起訴するためにでっち上げた「権力犯罪」なのです。

当時の麻生太郎首相は森英介法相に検察への指揮権発動を命じ2009年8-9月に予想される次期総選挙で自公が敗北し小沢民主党政権が誕生する事 を是が非でも阻止しようとしたのです。

2002 年の「鈴木宗男事件」、同じ2002年の「三井環事件」、2009年の「村木事件」、2009-2010年の「小沢事件」はすべて同じ構 造であり、米国支配層・自民党清和会・検察=法務省・裁判所・大手マスコミが一体となって仕組んだ「権力犯罪」そのものなのです。我々はこのこと をしっかりと理解しなければなりません。

以下の転載記事の中で不服再審査の案件として2つが書かれていますが、内容が間違っていますので下記に訂正します。

(1)小沢氏が陸山会に貸し付けた土地購入代金4億円を2004~05年分の政治資金収支報告書に記載しなかった

 → これは間違い。2004年 分政治資金収支報告書に「小澤一郎借金」と記載されている。

(2)小沢氏に返済した4億円を07年分に記載しなかった 

→ 「政治資金規正法」に「借金返済」の記載義務は規定されていないため法律違反では ない。
                                     
しかもこの件は「東京第一検察審査会」が2010年7月16日に 「不起訴不当」議決を出し検察が再捜査して「不起訴」を
                                    
 決定しているので検察審査会の審査は終了している。

(転載記事)

▼ 検察スキャンダルで追い風? 小沢氏の復権なるか

  スクープ! 4日にも検察審査会が小沢一郎の議決公表へ

  2010.10.04 日刊サイゾー

  http://www.cyzo.com/2010/10/post_5607.html

民主党の小沢一郎元幹事長をめぐる重大発表が、まもなく行われそうだ。

 資金管理団体「陸山会」をめぐる土地取引事件で、小沢氏の不起訴処分が適正かどうか審査している東京第五検察審査会(検審)は、4日にも、議決 結果を公表する方向で動いているという。

「マスコミの目を逃れ、この週末に極秘の検審が開かれたというのです。大阪地検の押収フロッピー改ざん事件という検察全体を揺るがす大スキャンダ ルが起きている最中のこと。東京地検特捜部が小沢氏のことを 

無理強いして起訴に持ち込もうとしたいきさつがあるだけに、『起訴すべきではない』と議決したのではないかと憶測を呼んでいます」(検察関係者)

(1)小沢氏が陸山会に貸し付けた土地購入代金4億円を2004~05年分の政治資金収支報告書に記載しなかった。

(2)小沢氏に返済した4億円を07年分に記載しなかった。

 ──の2つ。

 特捜部は、これらの容疑に登場する4億円の中には水谷建設(三重)の裏献金が含まれており、故意に献金全体を隠した、と疑っていた。検審はこの 辺りも踏まえ、すでに「小沢氏は起訴相当」との議決を1回出している。

今回の再審査の結果、2回目の「起訴相当」が出ると、検察の判断にかかわらず強制的に起訴される。

「再審査のとき、検察も小沢氏も新証拠を出していません。そこで、検審は1回目の議決を踏襲し、2回目の『起訴相当』を議決するに違いないとみら れていました。そのタイミングは、第五検察審査会のメンバーの半数が

入れ替わる10月末になるはずでした。ところが1カ月近くも前倒しで議決したとなると......明らかに検審側の事情が変わったことになりま す」(前出・検察関係者)

 いうまでもなく、小沢氏が起訴を免れることになれば、先の民主党代表選で小沢氏に投票した国会議員200人からなる巨大な小沢グループが復権す るのは必至。敵対関係にある菅直人首相や仙谷由人官房長官たち官邸サイドは、

中国人船長の釈放問題で対中関係をめちゃくちゃにしたと批判を浴びているときだけに、党内抗争は激化することだろう。

 その発火点となる検審の議決。小沢氏をはじめ民主党内外の関係者はいま、息を潜めてその発表の瞬間を待っている。

(転載記事終わり)

(終わり)




























「政治主導」が聞いて呆れる、菅内閣の尖閣問題に対する無責任姿勢

http://diamond.jp/articles/-/9560 より転載

尖閣諸島での中国人船長釈放の問題が菅内閣を揺さぶっている。

 中国漁船の領海侵犯事案というきわめて高度な政治・外交的な判断の求められる問題にもかかわらず、政府は、公務執行妨害に矮小化し、検察の粛々とした判断に丸投げしてしまっている。

 結論を先に言えば、その無責任な姿勢こそが今日の混乱を招いている。つまり、自業自得なのだ。

 きょうの衆議院予算委員会でも、菅首相、仙谷官房長官、前原誠司外相、柳田稔法相ら関係閣僚はこぞって「政治介入」を否定した。これまでの発言でも同様だ。

「今回は偶発的な事故だと思っている。日本からすれば、日本の法律に則って粛々と対応するということに尽きる」(前原外相/9月19日/NHK日曜討論)

「検察当局が事件の性質を総合的に考えた上で国内法に基づいて粛々と判断を行った結果」(菅首相/9月26日)

 今回の件に対して、筆者は、「政治介入」の有無を問題視する立場を取らない。むしろ逆だ。多くの外交専門家が指摘するように、政府がこの問題に一切介入せず、官僚任せにしてしまったことに危険性を感じている。

 極端にいえば、指揮権を発動してでも、政治は介入すべきだったと考える。そもそも民主党は、官僚任せの政治から脱却して、「政治主導」を党のテーゼにしているのではなかったか。

 今回の件に関して、菅内閣の犯した決定的なミスは少なくとも3つある。ひとつひとつ検証してみよう。

最初のミスは初動で外交カードの
保全を怠った船長以外13名の釈放

 まず事件発生時、船長以外の13名の船員を釈放したのが最初の大きなミスだった。

 きょうの予算委員会でも仙谷官房長官が繰り返し「船員は参考人にすぎない」と言っていたが、公明党の富田茂之衆議院議員の指摘にもあるように、それは単なる詭弁にすぎない。


 確かに公務執行妨害罪での拘留であるならば、それは船長にのみ該当する事案かもしれない。だが、漁船は、領海侵犯の上、操業していた事実が、海上保安庁撮影のビデオでも撮影されているという。それは単なる参考人ではなく、容疑者であることを示している。

 仙谷長官はもう一度ビデオを見直すか、弁護士として本件の勉強をし直した方がいいのではないか。

 さて、問題はその時点で船員含め14人を拘留していれば、中国がフジタの社員を拘束したと同様、外交上のカードになる。さらに個別の証言の矛盾をつくことによって、日本の正当性を主張する補完材料になる。日本政府はみすみす有効なカードを捨ててしまったのだ。

2つめのミス、証拠ビデオの
取り扱いにおける無策

 2つ目の問題は海上保安庁が撮影したビデオである。このビデオを速やかに公開していれば、少なくとも国際社会に対して、日本の正当性を主張する強力な材料になったはずである。

 日本国内では、中国と日本の言い分は圧倒的な差でもって決着がついているように思える。中国の詭弁に対して、日本の正当性は決して揺るがないと日本人ならば誰もが信じていることだろう。だが、それは所詮国内だけに通用する理屈だ。

 国際社会では証拠もなく、さらに船長を無条件で釈放した日本の方に問題があると思っている勢力が少なくない。現実に、欧米のメディアの中では、日本にも負い目があったのだという論調が広がっている。それは、証拠を示さない日本に対する国際社会からの当然の評価である。

 仮に、ビデオを公開できないというのならば、なぜ日本政府はそれを国際社会に発信しようとする方策を怠ったのか。少なくとも、相手国の中国にはそうしたスピン戦略が存在している。



 たとえば事件後、中国政府は日本向けレアアースの禁輸措置を採ったが、それは公式に発表されたものではなかった。ニューヨークタイムズはじめ世界で影響力を持つ3つのメディアにリークしたものだったのである。

 戦略的なリークは巧妙にその責任を回避することができる。おかげでレアアースの禁輸を行っているにもかかわらず、中国はWTO違反を問われずに済んでいるではないか。

 日本政府は国内の記者クラブへのリークばかりに血道を注ぐのではなく、こういったときこそ海外メディアに向けて戦略的なリークを行うべきだったのではないか。

 3つ目の失敗は、中国人船長の突然の釈放にある。

3番目のミスはあまりにも
唐突すぎる中国人船長の釈放

 過去の事例からしても、拘留期限を延長した上で、その途中で嫌疑不十分のために釈放したという例は決して多くない。しかも、それは一切の政治判断を排除した上での、検察独自の決定によるものだという。

 もはや日本は「検察国家」に成り下がったのだろうか。それならば、菅内閣は、外交も政治も検察庁にやってもらえばいいではないか。

 仮にも、菅首相が「政治主導」を謳うのであるならば、中国人船長の釈放も高度な政治・外交判断に基づいて、行われるべきだったのではないか。

 たとえば、船長は病気であり、人道上の見地から釈放したとか、そうした言い訳は外交上はありなのだ。そもそも外交は武器を持たない戦争である。自らの譲歩を少なくし、国益に適うような「うそ」ならば許される。そうしたスピンを行う者は政権内にいなかったのか。


 さらにいえば、「うそ」をつかずに堂々とした釈放理由を訴えたいのであれば、別の戦術もあったはずだ。

 その理由を「検察が粛々と…」ではなく、堂々と検察を指揮した上で、政府の権限に従わせたと言うこともできたのだ。

 つまり、中国人船長を釈放したのは「指揮権発動」によってであり、それは政府の意思で為されたといえば、外交・安全保障の観点からも国内外へのメッセージにもなる。

今回の件は政治主導どころか、
単なる官僚組織の代弁

 ところが、きょうまでの発言を聞けば、菅内閣とは、単なる官僚組織の代弁者に過ぎなかったことを認めざるを得ない。それほどお粗末な政府が日本を牽引していると思うと恐ろしくなる。

 さらにいえば、指揮権発動は、菅首相自身にとっても、大好きな「安全地帯」に逃げ込む理由になったはずである。

 検察庁法第14条では、指揮権の発動は、個別具体的な刑事事件に関する取調べについて、法務大臣が検事総長を指揮することができる、となっている。

 つまり、内閣総理大臣に指揮権はないのであるから、いざとなったら柳田法相に責任を押し付けて、政府を守るということも法的には可能だったのだ。

 いずれにしろ、今回の問題は決着した。だがそれは、もはや日本の政府にガバナンス能力がなく、日本という国家は、外交権も含め「検察国家」になっているという現実を内外に示したという最悪の決着をみたのである。


菅直人の仮面を剥ぐ!

菅直人の仮面を剥ぐ! 文藝批評家 山崎行太郎 「月刊日本」 10月号

菅直人の仮面を剥ぐ!     文藝批評家 山崎行太郎

 第94代内閣総理大臣・管直人。16年振りに非世襲議員として首相に就任し た彼は、市川房枝と共に市民運動に従事していたという経歴を持つ。薬害エイズ事件においてもその本領を遺憾なく発揮し、官僚と果敢に闘い国家の責任を厳し く追及した。しかし現在では、かつてのように官僚と闘う姿をもはや垣間見ることさえできない。今回の民主党代表選挙において小沢一郎氏に勝利し、総理とし ての職を続けることになった菅直人という政治家の本質は、一体如何なるものなのか。文曇批評家の山崎行太郎氏に話を聞いた。


 薬害エイズ事件を利用した管直人

── 菅氏は薬害エイズ事件の時の活躍によって、一躍その名を挙げた。最近もエイズ治療に関する写真展「命をつなぐ」を視察するなど、それが政治家としての彼のアイデンティティとなっている。
山崎 菅氏が厚生大臣だった頃、いわゆる薬害エイズ事件が起こった。菅氏は国の責任を認めて被害者に謝罪し、国を相手取って裁判を起こしていた被害者との和解にこぎつけた。こうした彼の行動に対して、当時の世論やマスコミは喝采を送った。
  しかし、結論を先に言えば、菅氏はエイズ事件の真相をよく知らないままに謝罪し、その責任を役人と製薬会社、そして当時マスコミで責任を追及されていた帝 京大学元副学長・安部英氏に押し付けたのだ。しかし、菅氏がやったことは完璧なスタンドプレイだった。安部氏に全責任を負わせることには無理があったの だ。
 当時のマスコミの論理は、加熱製剤なら発病しないことを知っていたにもかかわらず、安部氏は、エイズ感染の原因である非加熱製剤を使い続 け、殺人に荷担したというものだった。しかし、1984年の段階では、非加熱製剤から加熱製剤への切り替えは、欧米各国においても充分に行なわれていな い。また、ギャロ博士のようなエイズ研究者達でさえ、その時点では原因がわかっていなかった。それは、ギャロ博士、モンタニエ博士、シヌシ博士等の証言で 明らかになっている。
 しかも、非加熱製剤を使い続けたのは、製薬会社に便宜を図るためであり、安部氏は製薬会社から見返りとして多額のカネをも らっていたと言われていたが、まったくデタラメだったということが裁判を通じて証明されている。菅氏はこれらのことを知ってか知らずにか、ご自慢の著書 『大臣』(岩波新書)に手柄話として得々と書き連ねている。笑止というしかない。
 閑話休題。事件の起こった当時、日本各地で「エイズパニック」 が起きていた。例えば1986年、長野県松本市において、エイズを発症していたとされるフィリピン人女性が松本市内で売春行為をしていたことが伝えられた ため、マスメディアは松本市内に大挙して押しかけ、女性が働いていた店や、客となった男性などを探しまわり大騒ぎとなった。
 恐怖がさらなる恐怖 を引き起こす中、世論は薬害エイズの諸悪の根源を求めた。そうした中、薬害エイズの原因である非加熱製剤を三十代の男性患者に投与して死亡させたとして、 安部氏が逮捕された。そして、一連の薬害エイズ問題の全てが、安部氏に責任があるかのような世論が形成されていたったのだ。
 このような渦中において、菅氏は厚生省が薬害エイズ被害を防ぐために必要な手を打っていなかったことを証明する重要な証拠、「郡司ファイル」を〝発見〟し、謝罪会見を行ったのである。そして産業・官僚・学界の癒着という構造にメスを入れたとして、脚光を浴びたのだ。
  しかし私は当時から、彼の振る舞いが世論に便乗して自らの人気を獲得しょうとするパフォーマンスにしか見えなかった。実際、菅氏の謝罪を受けた東京HIV 訴訟(薬害エイズ事件)原告、川田龍平氏(現・みんなの党副幹事長)は「菅大臣が謝罪したとき、皆が泣いて喜んでいたけれど、自分は全然うれしいとは感じ なかった。だって、何を謝っているのかわからなかったから」と述べていた。
 現在では、「郡司ファイル」とは、厚生省内において日常的に使用する事のないメモなどを、当時の厚生省生物製剤課長・郡司篤晃氏がまとめたファイルであり、彼の個人的見解が書かれていたにすぎず、菅氏の言うような重要な証拠でも何でもなかったことが明らかになっている。


 薬害エイズ事件は櫻井よしこの捏造だ

── 何故そのような世論が形成されたのか。

山 崎 それは、櫻井よしこ氏の責任が大きい。櫻井氏は当時、『NNNきょうの出来事』のキャスターだった。彼女が外出中の安部氏を執拗に追い回し、それによ り怒った安部氏がマイクを振り払った時の映像が、番組では何度も何度も放映された。これにより、薬害エイズ事件について詳しく知らない視聴者は、〝安部 英=悪人〟というイメージを植え付けられてしまった。
 このイメージ操作には、小林よしのり氏も一役買っている。
 彼もまた『ゴーマニズ ム宣言』において、安部氏を醜悪な似顔絵で描き、徹底的に中傷していた。 これは、〝仮想敵〟を創り上げて扇情的にバッシング報道を繰り返すという、劣化 した論壇・ジャーナリズムによく見られる傾向だ。鈴木宗男氏の逮捕された事件や、小沢一郎氏の〝政治とカネ〟の問題においても同様である。こうした単純な 言論方法が、横井氏や小林氏の常套手段である。最近彼らは保守論壇において、対外的には中国や北朝鮮を、対内的には日教組や在日朝鮮人を〝仮想敵〟として バッシングを繰り返している。


── 2001年3月28日、業務上過失致死罪に問われていた安部氏に対して、東京地裁は無罪判決を言い渡している。

山崎 安部氏の無罪判決はあまりにも当然の結果だった。
  実際、櫻井氏は当時の自らの言論が誤っていたことに気付いている節がある。というのも、彼女の実質的デビュー作である『エイズ犯罪血友病患者の悲劇』(中 央公論社、1994年)は、厳密な意味で絶版かどうかは分からないが、版元でも「在庫無し」「重版予定無し」という状態だ。もちろん、何処からも「復刊」 「復刻」されていない。何故か。そこに書かれていることの多くが間違いだったことが判明しているからだ。
 詳しくはエイズ裁判の弁護士だった弘中惇一郎・武藤春光編著の『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実──誤った責任追及の構図』(現代人文社)を参照していただきたい。櫻井氏の言論が如何に偏向していたか、詳細に記述されている。
 しかし、菅氏はそのことを知らないらしい。それ故、所信表明演説や民主党代表選においても、薬害エイズ事件を自らが解決したかのように自慢話の一つにしているのであろう。
 先述の『大臣』にも、都合のいいことしか書いていない。増補版に安部氏が無罪になったことは小さく書いてあるが、説明はない。
 自慢話の捏造がばれたら困るからだろうか。


 管直人はボピユリストだ!

山 崎 菅氏は人気を得るためだけではなく、物事を有耶無邪にするためにもパフォーマンスを行っている。それは、腸管出血性大腸菌0157により発生した食中 毒への対応において為された。食中毒が多発した当時、厚生大臣だった菅氏は、原因食材の断定に至っていないのにも拘らず、カイワレ大根が0157の感染源 であるかのような誤解を招く会見を行った。これにより多くのカイワレ農家が破産し、農家の中には自殺する方もいた。そして、それに対して菅氏がとった対応 が、マスメディアの前でカイワレ大根を食べてみせるというものだった。これをパフォーマンスと言わずして何と言うか。
 実際この問題に関しては、厚生省の発表で出荷が激減したとして、「日本かいわれ協会」らが国に損害賠償を求めて訴訟を起こし、国が敗訴している。
 民主党が小泉郵政選挙で敗れた時、菅氏は日本社会のポピュリズムを嘆き、「一億線白痴」と国民を罵倒した。しかし、彼が政治家として名を馳せたその手法は、まさにポピュリズムそのものであったのだ。


 地方を切り捨てる菅政権

山 崎 白熱した民主党代表選挙においても、菅氏はパフォーマンスを繰り返した。最初は小沢一郎氏の主張する政策に批判的であったにも拘らず、小沢氏の政策が 聴衆に人気があるとわかると、小沢氏の政策を真似始める。最後には、小沢氏とほとんど同じ主張をするという始末だ。最後の演説では、小沢氏のキイワードを 横取りして、「私にも夢があります」と言っていた。しかし、いくら小沢氏の口真似をしたところで、その生き方、つまり姿、形まで真似ることはできない。本 居宣長の言うように、「意は似せ易く、姿は似せがたし」だからだ。
 菅氏は「一に雇用、二に雇用、三に雇用」などと言い、現在学生などの志望する雇用先に偏りがあるため、この偏りを是正すべく、福祉や環境の分野における雇用促進を主張していた。しかし、この発想は、仕事と金がない人間はとりあえず福祉か環境の仕事に就け、というものだ。
人 間には職業選択の自由というものがある。全ての人間が生活のためだけに仕事をしているわけではない。給料や儲けが少なくとも、自分の選んだ仕事に喜びと誇 りを感じている人も大勢いる。とりあえず金を稼げればいいという発想は、小泉・竹中コンビの進めた新自由主義政策と何ら変わらない。
 それに対して、小沢氏の主張は旧来のバラマキ政策にすぎないと非難された。しかし、日本経済を引っ張っている東京の労働者の大半は地方出身者である。彼らが一人前の労働者として自立できるよう教育投資をしてきたのは、地方なのだ。
  東京都はその税収の多さを誇り横柄な態度を取っているが、彼らは地方が投資してきた労働者によってもたらされる成果の上前をはねているにすぎない。地方の 成果は地方に還元すべきだ。それはバラマキでも何でもない。こうした循環は、政治家が率先して為さねばならないことなのだ。


 恩師・市川房枝をも利用する


── 市民運動家といえば、国家権力に屈しないというイメージがあったが。

山崎 私は左翼市民運動家というものを信用していない。彼らが時期を見計らって転向し、上手く立ち回って権力や利権に接近していく様を、若い頃から嫌というほど見てきたからだ。
 その典型的なものが、市民運動家時代の菅氏の振舞いだ。
  彼は、最近も代々木にある市川房枝記念館に出かけて、政治的師匠・市川房枝と弟子・管直人という美談作りに勤しんでいた。しかし、市川房枝は菅氏のこと を、本当に弟子だと思い借用していたのだろうか。例えば、『私の国会報告』(市川房枝記念会出版部)において、市川房枝は菅氏を次のように批判している。
《菅 氏は1976年12月5日の衆議院選挙の際、東京都第7区から無所属候補として立候補した。このときは立候補をしてから私の応援を求めて来た。そのとき推 薦応援はしなかったが、50万円のカンパと秘書(市川氏の)らが手伝えるように配慮し、「自力で闘いなさい」といった。ところが選挙が始まると、私の名前 をいたる所で使い、私の選挙の際カンパをくれた人たちの名簿を持っていたらしく、その人達にカンパや選挙運動への協力を要請強要したらしく、私が主張し、 実践してきた理想選挙と大分異なっていた。》
 反論のできない亡くなった方を利用して、自らの人気取りのためのパフォーマンスを行う。もはや政治家以前の問題だ。


 転向を繰り返す管直人

山 崎 菅氏は市民運動家から、米国と官僚の手先へと転向した。菅氏にとって市民運動家という出自は、都合の良い時に利用する仮面に過ぎない。実際、沖縄普天 間基地問題ではその仮面をかなぐり捨てて、国民や住民の意思を無視したまま、自ら進んで米国の「奴隷」と成り果てた。また、脱官僚を訴えながらも、その実 質は官僚の掌の上で踊らされていると言えよう。いや、官僚と共闘していると言った方が良いかもしれない。財政危機を克服するために消費税率を10%に引き 上げる、日米同盟を維持するために米海兵隊普天間飛行場の辺野古への移設を強行する、全ては官僚のシナリオである。

── 何故、左翼は転向を繰り返すのか。

山 崎 左翼が簡単に転向し、あるいは教条主義に陥るのは、例えば田舎に住む父親や母親、兄弟姉妹に象徴される日本的な下層大衆というものの存在を軽視し、無 視または軽蔑しているからだ。文藝批評家の吉本隆明氏は『転向論』(講談社)において、戦後に頻発した転向の原因について、「日本的転向の外的条件のう ち、権力の強制、圧迫というものが、とびぬけて大きな要因であったとは、考えない。むしろ、大衆からの孤立(感)が最大の条件であったとするのが、わたし の転向論のアクシスである。」と述べている。逆に右翼・保守派と言われるような人たちが、なかなか転向しないのは、そういう田舎に住む下層大衆と共にある からだ、と言うことが出来よう。
 とはいえ、戦前における本物の左翼や、連合赤軍に代表される急進的な左翼が転向することはあまりなかった。彼ら はむしろ、菅氏のように権力の間を上手く泳ぐ人間を嫌悪していた。また、たとえ転向したとしても、そこには大いなる葛藤があったのだ。それ故、例えばソ連 が崩壊した時に、自ら筆を折り、二度と言論界に足を踏み入れることのなかった共産主義者もいた。たとえ考え方が違っても、ここまで筋を通すことができる人 間に対しては、私はシンパシーを抱いている。
 ところが菅氏には、そうした葛藤など全くない。責任や給拝を持たない彼の言動は、現在のような思想 が劣化した時代を象徴している。テレビやマスコミの報道を見て、〝なんとなく〟小沢氏が悪人であると感じたり、〝なんとなく〟検察が正義の味方であると感 じたりする。全ての物事は雰囲気に流され、一体どこに向かっているのかわからない。まさに、菅氏の振舞いそのものだ。管直人という政治家を生んだのは、こ うした時代の空気だと言えよう。
 菅氏は市民連動家という仮面を振り回し、あたかも一般市民の気持ちがわかる政治家のようなパフォーマンスを行っ ている。しかし、所詮それは仮面に過ぎない。彼は自らの権力の邪魔になるようであれば、下層大衆であれ何であれ、平気で切り捨てる。そして、そこに良心の 呵責など微塵も感じない。
 思想や哲学のない政治家ほど恐ろしいものはない。一歩間違えれば、彼は仙谷氏等を使って、警察権力や検察権力と手を組み、秘密警察国家的な独裁国家を形成するだろう。それ故、私は菅氏が政治家である限り、徹底的に批判を続けていくつもりだ。 43頁


月刊日本編集部ブログ
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