月の美しい夜に、人工的な光の下で、

照らされている人影を、ただひとり、見つめているものがいた。

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 ふとしたときに、夜空を見上げる。

「わたしにはなんにもない」と、悟ったおとなのふりをする。


「自分には何があるんだろう。」と、思う。

ーーー


 見失ってしまった。


「"自分の行き先は、一体、どこにあるのだろうか?"」

果たして、これから、見つけられるのでしょうか?


 ふと立ち止まると、旅の"目的地"がなくなっている、

そんなことに気づいた。


「必要なのは、目的地ではないのか?、

"目的"が必要なのかなあ?」そんなふうに考えていても、


現実は、なかなか変わらなくて。


なかなか思い通りにはいかない。



そんなの、わかってるさ。

空が眩しい。



自分のちっぽけさを、いつも  


思い知る、

そんな日々、ばかりだ。−ーー


 一歩、歩みだしたものの、まだゴールテープには程遠い。


その先をまた、踏み出したい。踏み出さなければ始まらないのだけれど、勇気が出ないのだ。。


ただ、何かを、誰かを、見失っている、迷子のような気持ちになる。


"「進むべき方向がわからない。」"


また一歩、踏み出したいのに、進むべき方向を見失って


嘆いた、「わたしには 何ができるのだろう?」と。


此のさきへ、導いてくれるような、先生もいない。



でも、"自分にも、「何かできるはず。」だ" と、

しんじたい。

だから、まずは、自分を信じるのだ。


あなたにも、「何かできるはず。」だと、まずは信じてみてほしいのです。


此の先の、進む道を、信じることには勇気がいる。


でもきっと自分が、信じて進む道の先に、新たな光が宿る。


自分が決めなければ、本当の幸せは見つけられないのだ。

例え、他者からのすすめでも、最後に決めるのは自分だけなのだ。


 そんなことを、わかっていても


だれしも、「怖い」のは、当然のことです。

 

人は、一歩踏み出しても、また一歩、「踏み出さなければならない」ときが来る。


また一歩、自分の意志で、進めば


"新たな物語の展開を迎える"ことができるのだ。


あなたは、これから"どんな選択を"して、

どんな道を、歩んでゆくのでしょうか?


 「不安だ」、


それでも、“「わくわくする」かどうか。“



 どうしても、わくわくして


”「やってみたい」かどうか。”



進んでみたい場所ならば、進むべき道なのだ。




 本当は、"好きなものにしがみつくことで、振り落とされるかもしれない怖さ"が邪魔をして



「進むべき方向がわからない」なんて、つい嘆いてしまう。

「わたしにはなんにもない」、と思い知ったように、諦めようとする。


けれど、"そこが、本当のスタート地点"なのだ、と知っておいてください、

ね。


 そこから、また、"自分の声に耳を傾け、" 

聞こえてくるのは、

「じゃあ、これからどうしたい?」ってことだと思うのです。−





 過去を振り返れば、沢山あるのではないでしょうか?




"あなたの好きなもの"、




"あなたの夢中になってしまうもの"に、




とことん潜ってみませんか?−


そうして、自分自身に、堂々とこう言える。

「好きなものは、好きだ」、

と。


好きなものは、自分が"「好き」って気持ち"さえあれば、それでいいのかもしれない。

誰かに認められる必要もない。

"それでいい。" 


それで十分なのだ。


そして、そこから、"手段を順序立てて、考えていけばいい"。ただ、それだけなのです。


「好きだけじゃ、やっていけない」?

いいえ。

"「好き」って気持ち"がないと、"それを大事にしないと。"


あなたの何かに対する、"好きな気持ち"を大切にしてください。


あなたにも"「好き」と感じる熱いもの"が、

どこかにきっとあるのではないでしょうか。


もし、まだこれと言えなくても


必ずあなたは、「好き」なものに巡り合える。


それは、いつか、"あなたを強く突き動かしてくれる"のです。

   

“「好き」を通じて、あなたが見つけたものの先に、きっと。-


 他の人にはできない、

あなたには、

あなたにしかできないことがあるのです。”



いつも心に 

"好きなもの"を。



あなたが、”ワクワクする“方へ



どこまでも進んでみてくださいね



ーーー

オプラ・ウィンフリーという方のこんな御言葉があります。

『意識を向けるものは拡大します。恵まれた部分を考えれば、人生はもっとよくなります。』”

今の、

私には この言葉が、深く胸に、突き刺さるのでした...。


ーーー



 そんな夜は、ひさしぶりに!"昔から大好きだった"、冒険とファンタジーのアニメーションを見る、

と、好きだった気持ちを、思い出したりする。


私も一緒に、🧸たちと

冒険してみた、気持ちになりました。

(あぁ、満足、、、感動。面白い。4みてまいました、よ) 


そんでもって、最後には

「私も冒険してみたい!!」なんて、思えてくる!から不思議だ。


ならば、"「大好きなことに意識を向けていくべきだ」"、と、思うのです。


あなたもそう、思わないでしょうか?