「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」解説
序章 概論
第1章 裏テーマ ~エヴァリー・ブラザーズに捧ぐ
第2章 表テーマ ~バディ・ホリーに捧ぐ
第2章 表テーマ~バディ・ホリーに捧ぐ
「A面で恋をして」は資生堂のキャンペーンソングとして作られました。
ナイアガラ・トライアングル 「A面で恋をして」(1981年のCM動画)
ソロとしての大滝詠一名義ではなく、ナイアガラ・トライアングルを再登板させよう…。
そんな大滝さんの発案の契機になったのが、このCM企画でした。
CMソングの依頼が持ち込まれたこの時、大滝詠一さんはなぜ「バディ・ホリー・ミーツ・フィル・スペクター」をやろうと思いついたのでしょうか。
君たち二人(佐野、杉)がリヴァプール・イディオムだっていうのは百もわかってるわけじゃない?
だから最初は俺も(英国の)リヴァプール・イディオムでやろうと思ったの。
俺にとってリヴァプールっていったら、(米国の)バディ・ホリーとエヴァリー・ブラザーズなのよ。
これらは10年前の大滝さんの言葉です。
半分は本意なのかもしれませんが、半分はいつものごとく大滝さんが煙に巻くときの煙幕にも思えてきます。
なぜなら、「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」の時の佐野元春、杉真理のお二人は、ビートルズやリバプールサウンドの路線全開だったわけではないからです。
「君たちはリヴァプール・イディオム」と言われて、キョトンとした顔つきになった二人が目に浮かびます。
「A面で恋をして」の下敷きの骨格が“バディ・ホリー”になった大きな要因は、持ち込まれたCMの企画が“資生堂の冬のキャンペーンソング”だったからではないでしょうか。
(※ 往時の資生堂とカネボウのキャンペーンソングについては、「ハートじかけのオレンジ」篇 第2章 をご参照ください。)
●「多羅尾伴内楽團Vol.1」('77年11月25日)で取り上げたジョー・ミーク
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●ジョー・ミークが手掛け、ジョン・レイトンが歌った「霧の中のジョニー」を下敷きに据えて、思い切り歌謡曲へ舵を切った「さらばシベリア鉄道」('80年11月21日)
このような、ジョー・ミークにまつわるリリースと“冬”のイメージがセットになって、大滝さんの記憶に刻まれていたと思うのです。
そして、大滝さんは知っていました。
ジョー・ミークがバディ・ホリーを深く敬愛していたことを。
(※ 詳細は、本ブログ「さらばシベリア鉄道」の回の「第2章 バディ・ホリーに捧ぐ」をご参照ください。)
ですから、冬と言ったらジョー・ミーク、ジョー・ミークと言ったら、バディ・ホリー…。
そんな連想を経て、“バディ・ホリー”が“冬”のキャンペーンソングの「A面で恋をして」で、その土台に起用されるのは、必然だったのですね。
バディ・ホリー「エブリデイ」(アルバム「True Love Ways」バージョン)
大滝さんは「A面で恋をして」('81年10月21日)のサウンド面でも、“冬”を意識したのだと思います。
“冬”のイメージ、すなわち、ジョー・ミークのエッセンスを「A面で恋をして」に投入したのですね。
それはどういうことか、順を追って説明しますと…。
ジョン・レイトン 「 Wild Wind 」(1961年)
この超名曲の動画のバックの演奏を注意深くお聴きください。
「♪ ポロロロン ポロロロン」というサウンドのピアノが鳴っていますね。
“イギリスのフィル・スペクター”とも評されるプロデューサー、ジョー・ミークの手掛けた楽曲では、「♪ ポロロロン ポロロロン」というピアノのサウンドが頻出します。
「♪ ポロロロン ポロロロン」というピアノは大滝さんの“冬”の曲、「さらばシベリア鉄道」にも登場しています。
ここでは、この人のカヴァー・バージョンで確認してみましょう。
氷川きよし 「さらばシベリア鉄道」
では、“冬”のイメージを込めて「A面で恋をして」に投入されたジョー・ミークのエッセンス、すなわち「♪ ポロロロン ポロロロン」というピアノを、オリジナル・カラオケで確認してみましょう。
ナイアガラ・トライアングル 「A面で恋をして オリジナル・カラオケ」
大滝さんは、「A面で恋をして」を「バディ・ホリー・ミーツ・フィル・スペクター」と言い表していましたが、上述のようなサウンドの仕掛けに鑑みれば、「A面で恋をして」の実際の姿は、こうだと思うのです。
「バディ・ホリー・ミーツ・フィル・スペクター・フィーチャリング・ジョー・ミーク」。
いや、正確に言えば、、、
「バディ・ホリー・ミーツ・ジョー・ミーク・友情出演フィル・スペクター」。
そんなこんなで、大滝さんのいろいろな思いが、ない交ぜになった1枚…。
それが「A面で恋をして/さらばシベリア鉄道」なのでしょう。
その思いとは…。
「A面で恋をして」の前年、'80年末に太田裕美バージョンの「さらばシベリア鉄道」を歌謡界へ投入したが、ボチボチの売上に終わった記憶。
'81年の春から夏へと駆け抜けた「ロング・バケイション」の売上も落ち着きつつあるが、ニューアルバムではなくもっともっと「ロング・バケイション」を多くの人に聴いてもらいたい未練。
渾身の歌謡曲として仕上げた「さらばシベリア鉄道」(大滝バージョン)が'81年の冬にも聴かれて冬の定番歌謡曲として定着していき、それをもって「ロング・バケイション」がさらに大衆に浸透していくアクセルとしたい気持ち。
ナイアガラ・トライアングルの3人の“共通項”も意識して、バディ・ホリーとエヴァリー・ブラザーズの要素も盛り込んだ。
そして…。
“バディ・ホリー・ラヴ”を貫きながら冬のバディ・ホリーの命日に逝った、ジョー・ミークへの手向け(たむけ)として…。
手向けといえば、どうしてもコレです。
(『機動戦士ガンダム』 第43話「脱出」より)
『機動戦士ガンダム』といえば。
折しも、映画『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』が公開されていますが…、ちょっと寄り道へ。
「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」に関わるメンバー3人へのインタビューで話題に上がったのが、「空飛ぶくじら」(大滝詠一)、「Bye Bye C-Boy」(佐野元春)、「Love Her」(杉真理)という、いわば“空飛ぶくじらトライアングル”です。
これらの曲はいずれも、ビートルズの「ユア・マザー・シュッド・ノウ」にルーツを持つ、同じリズムの曲ですね。
●ビートルズ 「ユア・マザー・シュッド・ノウ」(1967年) (←クリックしてお聴きください)
“空飛ぶくじらトライアングル”の「表」(おもて)のテーマ曲は「ユア・マザー・シュッド・ノウ」ですが、「裏」のテーマソングがあると思うのです。
それが、これらの曲です。
タートルズ 「ハッピー・トゥゲザー」(1967年)
タートルズ 「エレノア」 (1968年)
マイナー・コードで、「空飛ぶくじら」や「ユア・マザー・シュッド・ノウ」タイプのリズムで、ホルンが登場する…。
佐野元春さんは、コンテスト出場時にホルン2本を入れたバンド編成にした由来を「ビートルズのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドの世界観をライヴ化したいということで…」と語っていましたが、同時期にリリースされたタートルズの曲も聴いていたかもしれませんね。
思うに、井上大輔の「めぐりあい」('82年2月5日)も、上述のタートルズの「ハッピー・トゥゲザー」などに影響を受けたのかもしれません。
●井上大輔「めぐりあい」(←クリックしてお聴きください)
「めぐりあい」は'82年3月13日公開の映画『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙(そら)編』の主題歌としてヒットしました。
ナイアガラー世代の少年たちは'82年に、“空飛ぶくじらトライアングル”の曲や「めぐりあい」といった、源流が同じ曲を聴いていたことになると思うのです。
ちなみに、映画『機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』(1981年7月11日公開)の主題歌では、ブルース・スプリングスティーンのアルバム「明日なき暴走」(1975年)収録曲からの影響がうかがえます。
ブルース・スプリングスティーン「ジャングルランド( Jungleland )」
「ジャングルランド」の動画の0:27あたり以降で、その気配がうかがえます。
結果として、アニメ映画の主題歌としては、かなり斬新な曲が生まれました。
●井上大輔 「哀 戦士」(1981年7月5日)(←クリックしてお聴きください)
考えてみると、1981年には、ブルース・スプリングスティーンの印象的なピアノ・サウンドがルーツになっている2曲を、ナイアガラー世代の少年たちは偶然にも同時期に聴いていたことになります。
「哀 戦士」ともう1曲は…、そう「SOMEDAY(サムデイ)」(1981年6月25日)です。
「ロング・バケイション」のセッションを見学した影響でウォール・オブ・サウンドに挑戦した佐野元春さんは、オールディーズ懐古路線とは真逆に、ブルース・スプリングスティーンから新風を取り込んでいたのですね。
ブルース・スプリングスティーン「ハングリー・ハート( Hungry Heart )」(1980年10月)
ここで'80年代から'50年代に一気に話を戻して、本章のメインテーマであるバディ・ホリーのおさらいを。
大滝さんが“バディ・ホリー”の象徴として度々引用しているのが、「ペギー・スー」のイントロのコード進行のパターンです。
バディ・ホリー 「ペギー・スー ( Peggy Sue )」(1957年)
「ペギー・スー」のイントロのコード進行は以下のようになっています。
「 A - D / A - E 」
ナイアガラ・トライアングル 「A面で恋をして」
一方、「A面で恋をして」のイントロのコード進行は次のようになっています。
「 E - A / E - B 」
両者を分かりやすくハ長調にそろえると、どちらも同じであることが分かります。
「 C - F / C - G 」
大滝さん流に言えば、「トニック→サブドミナント→トニック→ドミナント」のパターン。
「A面で恋をして」のイントロの元ネタは「ペギー・スー」だと、とりあえず言き切って良さそうです。
この「 C - F / C - G 」という象徴的な“バディ・ホリー・パターン”は、「シャックリ・ママさん」「あの娘にご用心」「消防署の火事」「恋のナックルボール」などの、大滝さんが手掛けた曲で多用されました。
(※ 詳しくは 「さらばシベリア鉄道」の回 をご覧ください。)
「 C - F / C - G 」の“バディ・ホリー・パターン”は、大滝さんの「イーチタイム未発表曲」でも使われています。
EACHTIME 未発表曲「恋のプレッシャー(仮)」
動画の1:25~、3:58~の部分で登場するキメのリフ、
「♪ (ウン)ッジャーン ジャジャン ジャーンジャーン 」
が、“バディ・ホリー”なのですね。
※「恋のプレッシャー(仮)」については、本宅「れんたろうの名曲納戸」をご覧ください。
「♪ (ウン)ッジャーン ジャジャン ジャーンジャーン 」
というように、「ペギー・スー」の前奏から大きくリズムが変形していると、“バディ・ホリー”のニュアンスがちょっと分かりにくいものです。
「恋のプレッシャー(仮)」と同じ旋律ながら「 C / F / C / G 」と1拍ずつ“バディ・ホリー・パターン”でコードチェンジする前奏の曲があるので、お聴きいただきましょう。
ジョン・レイントン「That's how to make love」(1962年)
「霧の中のジョニー」で知られるジョン・レイントンのこの名曲のイントロは、「恋のプレッシャー(仮)」の前述のリフと共通で“バディ・ホリー・パターン”になっています。
大事なことなので念押ししますが、ジョン・レイントンのプロデュースを手掛けたのは、バディ・ホリーを敬愛するジョー・ミークですね。
ナイアガラ・サウンドに登場する“バディ・ホリー”の要素について、これでおさらいできました。
さて。
バディ・ホリーの代表曲「ペギー・スー」が「A面で恋をして」のイントロだけで使われて、曲全体の骨格の下敷きに採用されなかったのはなぜでしょう。
「エーメン」と「エブリデイ」の「エ」の音韻つながりで、「エブリデイ」の方にはアドバンテージがあったでしょう。
「君は天然色」のイントロやサビのシンプルなコード進行「 C / F - G 」(=ハ長調に変換)が、バディ・ホリーの「エブリデイ」でもコード進行の核になっていることから、高評価を受けた「君は天然色」にあやかりたい大滝さんが、「エブリデイ」に惹きつけられたのかもしれません。
「 C / F - G 」のパターンは「ハートじかけのオレンジ」のAメロにも登場しています。
しかし、「ハートじかけのオレンジ」がどうしてもキャッチーさを欠くのは、歌い出しのAメロよりもBメロ(サビ)の音域が低く平板で、盛り上がりにくいためだと思います。
日本では、サビの部分でメロディの分かりやすい跳躍が好まれるのですね。
たとえば曲の構成が「A面で恋をして」「ハートじかけのオレンジ」と同じ「Aメロ-A'メロ-Bメロ-A''メロ」である「幸せな結末」は、Bメロ(サビ)の出だしこそ「ハートじかけのオレンジ」の
「♪ タイムスリップでー 」
と同じ旋律をなぞって
「♪ 踊り出す街にー 」
と始まりますが、その後は徐々にメロディラインが上がっていきますね。
Bメロ(サビ)といえば…。
「A面で恋をして」のBメロ(サビ)に聴感上、似た印象を受ける曲があります。
意外なようで意外でないその曲は、「ハートじかけのオレンジ」完結篇 に登場した「ミスター・サンドマン」でおなじみ――、あのコーデッツが歌う楽曲です。
以下の動画の1:22~の部分がBメロ(サビ)です。
実は、イントロも「A面で恋をして」に似ています。
コーデッツ 「 That's Old Fashioned (That's The Way Love Should Be) 」
この曲、'50年代末にコーデッツによって録音されたもののしばらく未発表だったのです。
'62年に代打でリリースしてそこそこヒットさせたのが、なんとエヴァリー・ブラザーズでした。
でも、エヴァリー・ブラザーズのバージョンの前奏は「A面で恋をして」とは似ていないのですね…。
「ハートじかけのオレンジ」にも「A面で恋をして」にも、傍らにコーデッツがいる…。
やっぱり、これらの曲には密接な関係があるのでしょうか。
「ハートじかけのオレンジ」、「A面で恋をして」の両曲は曲の構成が似ていて、両者が“「裏」「表」の関係”のようにBメロ(サビ)をとっかえひっかえできる構成になっています。
それはさながら、『機動戦士ガンダム』でコアファイターを軸にガンキャノンやガンタンクと換装できるのと似ています。
「ハートじかけのオレンジ」篇その2 の回でも唱えたように、“「ハートじかけのオレンジ」は「A面で恋をして」の影武者”という説も、あながち妄想ではないのかもしれませんね。
ちなみに、“「裏」「表」の関係"といえば、「A面で恋をして」のBメロで1回だけ、変形パターンが登場します。
「♪ 恋のー裏表をー 知り抜ーいてるぼくがー 」
のところの一節です。
これは「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の
「♪ キラメクスタイルー 謎めくスマイルー 」
と同様のコード展開です。
大滝さんはその部分で、ブリティッシュ・インヴェイジョンを代表するバンドでもあるデイヴ・クラーク・ファイヴの曲のコード展開のパターンをイメージしているのでしょう。
以下の動画の0:33~の部分ですね。
●デイヴ・クラーク・ファイヴ 「 Whenever You're Around 」(1964年)(←クリックしてお聴きください)
「裏のテーマのエヴァリー・ブラザーズ」と「表のテーマのバディ・ホリー」。
そして、コーデッツがほのかな気配を漂わせ、“ブリティッシュ”と“冬”の要素としてジョー・ミークが草葉の陰から見守る。
そんな「A面で恋をして」のストーリーには、終章に代えて次のエピソードを添えたいと思います。
松本隆氏のお話によれば、先述の、
「♪ 恋のー裏表をー 知り抜ーいてるぼくがー 」
のセンテンスに続く
「♪ 白ワイングラス手に 乾杯さ君の瞳に 」
の歌詞を見て、大滝さんがこう言い放ったそうです…。
「俺は白ワインなんて飲まない」
「じゃあ、何を飲んでるの?」という問いに、大滝さんが答えたのは…。
「柿茶」
この夏に予想される酷暑。
ナイアガラ・ファンは、柿茶を飲んで乗り切りたいですね。
今回も長編をご精読いただき、誠にありがとうございました。
ことしの短い梅雨が明けぬうちに…、と思っていたら梅雨明けしてしまいましたので慌てまくって、次回は「Water Color」篇をお届けいたします。