大滝詠一 「EACH TIME」解説
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今回は、 春のめざめ「恋のナックルボール (1st Recording Version)」 と題して、「恋のナックルボール」の心のルーツをさらに深掘りしてみます。
えっ、また「恋のナックルボール」のお話なの!? と驚かれた方も、お気楽にぜひご覧ください。
(タイトルイラストはオータヂロウ画伯の描き下ろしです)
春のめざめ「恋のナックルボール (1st Recording Version)」
2024年3月に「EACH TIME 40th Anniversary Edition」発売記念の企画展示が新宿、渋谷で開催されました。
前回の 解説#7 「魔法の瞳」~ディズニーボーイを探して~ でもご紹介したように、展示資料のうち大滝詠一さんの手書きのメモにあった「春のめざめ」という仮タイトルが目を引いたのです。
曲の並びから察するに「春のめざめ」なる曲は「恋のナックルボール (1st Recording Version)」と思われ…。
ここで、問題の「春のめざめ」の横に書かれた文字にご注目いただきたいのです。
「Dizzy」は“くらくら”する様子で、「Sweet Pea」は“赤いスイートピー”でおなじみの花です。
実はこれら二つは、トミー・ロウのヒット曲のタイトルなのですね。
トミー・ロウといえば、バディ・ホリーのフォロワーとしてデビューした歌手です。
解説#6 「恋のナックルボール」後編 でも取り上げたように、大滝詠一さんがバディ・ホリーへのトリビュート・メドレーで歌った「 Sheila~シャックリママさん~Love's Made A Fool Of You 」のうちの「かわいいシェイラ(Sheila)」を歌ったのが、トミー・ロウです。
Tommy Roe 「 Sheila 」
大滝詠一 「 Sheila~シャックリママさん~Love's Made A Fool Of You 」
そんなトミー・ロウの2曲「ディジー(Dizzy)」、「スイート・ピー(Sweet Pea)」を聴く前に、「恋のナックルボール (1st Recording Version)」をあらためてお聴きください。
この“スロウ・バージョン”も世に出てからもう20年経ったのですね。
大滝詠一 「恋のナックルボール (1st Recording Version)」
では、先述のトミー・ロウの2曲のうち、まずは「ディジー」をどうぞ。
Tommy Roe 「 Dizzy 」(1969年)
いかがでしょうか…。
思えば大滝さんは「イーチ・タイム」のリズム・セッション時に、皆さんがよく知る「恋のナックルボール」の旋律とはかけ離れた、ノリノリでダンシングなメロディをスキャットで歌っていたものです。
※ 「EACH TIME VOX」のDisc-3「EACH TIME Sessions」でご確認ください。
「ディジー」を聴いて、その躍動感から、大滝さんの“ノリノリスキャット”の理由がうかがい知れる気がします。
たまたま、この動画素材が曲に絶妙にマッチしており、気分を“春のめざめ”へと誘導してくれるようでもありますね(笑)。
「ディジー」を一聴して感じるのは、「恋のナックルボール (1st Recording Version)」の重要な元ネタ曲であるマンフレッド・マンの「マイティ・クイン」と違わぬ“跳ね跳ねリズム”であることです。
リズム・パターンが似ていますよね。
Manfred Mann 「 Mighty Quinn 」(1968年)
「ディジー」に続いて今度は「スイート・ピー」の動画もご覧ください。
Tommy Roe 「 Sweet Pea 」(1966年)
イントロ、0:59~、1:35~などで聞かれるドラム・ソロの跳ねるリズム…。
これもまた、「恋のナックルボール (1st Recording Version)」の前奏の歌い出し直前や、間奏の「♪ スー、ハー 」のダース・ベイダー音のバック(3:02~)で聞かれる、“跳ねるドラム”へ影響を与えているようですね。
マンフレッド・マンの「マイティ・クイン」。
それが後に「恋のナックル・ボール」になる。
20周年盤「イーチ・タイム」に入れたスロウ・ヴァージョン。
またあれもバディ・ホリーなの。
俺にとってリヴァプールっていったらバディ・ホリーとエヴァリー・ブラザーズなのよ。
上記の大滝詠一さんの発言に関して、 解説#6 「恋のナックルボール」後編 の回では、「恋のナックルボール」とバディ・ホリーとの結びつきについて、「バディ・ホリー・パターン」のコード進行を例に挙げて説明いたしました。
他方、「恋のナックルボール」がエヴァリー・ブラザースから影響を受けている点として、「♪ バンドゥビ」の音韻、「♪ さーそった~よ」の歌いまわし、3度の音程のハーモニー…を挙げました。
エヴァリー・ブラザースに比して、バディ・ホリーの要素は劣勢だったのです(笑)。
バディ・ホリー・パターンのコード進行の例示だけですから。
バディ・ホリーのフォロワーであるトミー・ロウの“春のめざめ”にまつわる2曲のおかげで、「恋のナックルボール(1st Recording Version)」の “バディ・ホリー要素” が、補完いや増強されたといえますよね。
だからこその、前述の大滝さんの「またあれもバディ・ホリーなの」という発言につながるのでしょう。
さて、曲紹介の順番が逆になったので、ここで時系列順に整理しておきますと…。
'62年にデビューしたトミー・ロウが「かわいいシェイラ」でいきなり全米1位になった後、兵役期間を経て復帰後に出したシングルが'66年の「スイート・ピー」。
この曲はカート・ベッチャーのプロデュースでした。(画像は'70年の国内盤)
'67年にはマンフレッド・マンがその「スイート・ピー」をインストゥルメンタル・バージョンでカバーしてシングルとしてリリース。
これはあまり売れませんでした。
マンフレッド・マン 「スイート・ピー」
しかし、そのカバーの経験が活きたのか、翌'68年にマンフレッド・マンはボブ・ディランの曲をカバーして「マイティ・クイン」を大ヒットさせました。
'69年にスティーヴ・バリのプロデュース、ジミー・ハスケルのアレンジという魅力的な布陣により送り出されたのが、トミー・ロウの「ディジー」で全米1位を獲得。
なんと、そのドラムの演奏はハル・ブレインでした。
その布陣で制作された同名アルバム「ディジー」も名盤です。
「ディジー」などのトミー・ロウの曲で聴かれるパワフルなドラムは、後のクリエイターの耳をも惹きつけたようで、ヒップホップ界ではダ・ヤングスタズの他、数多くのユニットにこのドラム・パターンがサンプリングされて使われました。
Da Youngsta's 「 Pass Da Mic (Remix) 」(1992年)
大滝さんは、目のつけどころが、いや耳の立てどころが、ヒップホッパーよりも先進的だったのですね…(笑)。
ちなみに、大滝さんがラジオ番組『ゴー・ゴー・ナイアガラ』でかけたトミー・ロウの曲は、「かわいいシェイラ」の他、甘い甘い「スージー・ダーリン」と、チャック・ベリーをにぎやかにカバーした「かわいいキャロル」でした。
(↓クリックorタップしてご覧ください)
ところで、“春のめざめ”って、成瀬巳喜男監督の映画『春の目ざめ』から借りた“洒落”なんでしょうか。
成瀬監督の『銀座化粧』や『秋立ちぬ』のロケ地を、大滝さんが巡っていたことは知られています。
ただ、雑誌『東京人(2009年11月号)』の特集で「大瀧詠一の映画カラオケのすすめ」が掲載されたのは21世紀になってからで、'83年当時の大滝さんは、映画より音楽のプライオリティが高かったはずです。
大滝さんの青春時代には、映画『春のめざめ』も封切られてサントラ盤もヒットしたようですが、はたして当時の岩手県でギリシャ映画が上映されていたのやら…。
となると、“春”といわれて思い出すのは「Baseball-Crazy」。
「♪ 四月になれば 外はポカポカ」
「♪ ゴンべ種まく 野球開幕」
はたして、大滝さんは「恋のナックルボール (1st Recording Version)」を最初から野球の歌にするつもりがあったのか?
真相は如何に…。
さて、ここまで縷々述べてきましたように、「恋のナックルボール (1st Recording Version)」においてエヴァリー・ブラザースとバディ・ホリーとの要素がちょうど拮抗したかに見えて…。
「イーチ・タイム」のリズム・セッション時に「恋のナックルボール (1st Recording Version)」をノリノリで歌っていた大滝さんのスキャットのメロディをよーく聴いてみると…。
※ 「EACH TIME VOX」未購入の方は、2026年3月の「EACH TIME Sessions」サブスク配信開始までしばらくお待ちください。
後に「恋のナックルボール」で
「♪ 野球のきっぷー 口実にしてー」
になる箇所で大滝さんが歌っている“ノリノリ・スキャット”の仮メロディって、、、
エヴァリー・ブラザース 「すてきなデイト」
エヴァリー・ブラザースの「すてきなデイト」の
「♪ Bom do-dee bom do-dee bom bom bom ba do-dee 」
「♪ That's what you do to me 」
の上のパートの旋律そのままなんですよね。
いやはや…。
今回も、最後までご覧いただきまして、誠にありがとうございました。
次回は、問題作の「SHUFFLE OFF」に足をふみいれるか、どうしましょうか…。