大滝詠一「EACH TIME」解説

 

 

今回は、~ディズニーボーイを探して~と題して「魔法の瞳」の心のルーツをめぐる感動巨編(!?)をお届けいたします。

 

序 章 40thバージョンのポイント と 風の又三郎
1章 アニメの銀幕 と ディズニーボーイ 
2章 萩原哲晶 と ディズニーボーイ

 

 

序 章 40th記念バージョンのポイントと風の又三郎

魔法の瞳」では「夏のペーパーバック」と同様に、曲頭に“独立したヴァース”があります。

 

♪ 眼が逢う たびに 夢うつつさ~

 

 

それら2曲のうち、「夏のペーパーバック」の方の “独立したヴァース” は、最終的にはイントロへと姿を変えました。

参照

解説#1 「夏のペーパーバック」の第1章

 

「EACH TIME VOX」のDisc-3、「 EACH TIME Sessions 」の「夏のペーパーバック」を聴くと、冒頭の“独立したヴァース”にあたる部分で大滝詠一さんはしっかり歌唱しているのですね。
当初の構想では「夏のペーパーバック」はイントロ抜きの“歌はじまり”だったのでしょう。

 

他方、「魔法の瞳」の“独立したヴァース”は、リズムセッションのときには存在していなかったのですが、冒頭部分に後からその“独立したヴァース”を足すプランだったことがうかがえます。

 

それは、どういうことか…。

 

前述の「 EACH TIME Sessions 」の「魔法の瞳」を聴くと、リズムセッションのときに、曲頭の

 

♪ Magic in your eyes ~
 

に該当する部分の直前で、大滝さんはハイハットを16分音符で刻ませているのです。
 

ここがもし8分音符の刻みなら、単なる出だしのカウントということになるでしょう。

それをわざわざ16分音符で叩くよう指定しているということは、スローな冒頭パートが明けた後、テンポチェンジのきっかけとしての役割をハイハットに与えた、と考えられます。

 

大滝詠一 「魔法の瞳」
 

さて。

40th記念バージョンの「魔法の瞳」では、“独立したヴァース”であるところの…

♪ 眼が逢うたびに 夢うつつさ~

のさらにその前で、初めて聞くハープのイントロが流れてきます。

 

この“初出のハープのイントロ”をよく聴いてみると…。

♪ 眼が逢う~たびに~

という歌のバックでハープによって奏でられている2小節のコード、、、

 

G#m7(2拍)  G#m7(2拍)  / C#m7(2拍)  C#m7(2拍)  」

が、そのまま新たなイントロとして鳴っているのですね。

 

この“初出のハープのイントロ”を聴いたとき、初めはこう思ったのです。

 

♪ 眼が逢う~ 」と歌い出すときに、タイミングをつかみやすくし、かつ音程を取りやすくするために、大滝さんの指示により仮イントロとして演奏された部分だろう…。

そして、もともとあったその仮イントロ部分は、「ファースト・イーチ・タイム」では編集でカットされたのだろう…と。

 

ところが、“初出のハープのイントロ”をよくよく聴いてみると、、、

 

♪ 眼が逢う~たびに~

 

のバックで鳴っている2小節のハープと、40th記念バージョンの“初出のハープのイントロ”は、おどろくべきことに、両者のその演奏自体もまるまる同じなのですね…!!

 


『大滝詠一レコーディング・ダイアリー Vol.3』にも、「魔法の瞳(40th記念バージョン)」の“初出のハープのイントロ”の制作・編集過程に関する具体的な記述はありませんでした。
はたして、40th記念バージョン「魔法の瞳」は、どのタイミングで制作されたものなのでしょうねえ…。

 

魔法の瞳」の“独立したヴァース”でハープを響かせるイメージの源流は、解説#2 「ペパーミント・ブルー」前編 で取り上げたハプニングスのバージョンの「恋はくせもの ( Why Do Fools Fall In Love )」にあるのかもしれませんね。

フランキー・ライモン&ザ・ティーンエイジャーズやザ・ビーチ・ボーイズや山下達郎さんらによるアップテンポなバージョンとは趣を異にして、まるで別の曲のように聞こえるハプニングスのスローバラードなバージョンの「恋はくせもの」。
曲の中盤、後半でもハープが鳴り響いています。

 

「恋はくせもの ( Why Do Fools Fall In Love )」(1967年)

 

40th記念バージョンの「魔法の瞳」で、“初出のハープのイントロ” 以外に「ファースト・イーチ・タイム」とは異なる点といえば、「EACH TIME SINGLE VOX」などでも既出であるところの、、、

♪ Blueの夜明けまーで~
 

から
 

♪ ~揺れてる銀時計
 

までの、付加された約30秒間の一節です。

この足された一節は、前掲の「魔法の瞳」の動画では、間奏明けの3:314:01で聞かれます。

 

ここのメロディの

♪ Blueの夜明けまーで 星がうすれるーまで

と重なるフレーズがナイアガラ楽曲の中にありました。

 

「それはぼくじゃないよ」の一節

♪ それはーぼーくじゃないよ そーれはただの風さ

が重ねて歌えるのですね。

 

大滝詠一 「それはぼくじゃないよ」

 

「それはぼくじゃないよ」は、大滝詠一さんの1枚目のシングル、「恋の汽車ポッポ」('71年12月リリース)のカップリング曲でした。

 

アルバム「大瀧詠一」では「それはぼくぢゃないよ」と表記を改題の上、

♪ それはぼくぢゃないよ あれはただの風さ

と歌い直されています。

 

♪ それはぼくじゃないよ それはただの風さ

という歌詞をしたためたのは松本隆氏ですが、「♪ それはただの風さ」の “風” といえば、宮沢賢治の『風の又三郎』が想起されます。

大滝さんは作詞をオーダーしたときに“風”にまつわるサジェスチョンをしたのでしょうか…。

 

「それはぼくじゃないよ」は大滝さんによる演奏の多重録音で、クレジットは以下のように記されています。

 

BASS  南部半九郎
DRUMS  イーハトーヴ田五三九


「南部」は南部藩(盛岡藩)にかけてあり、イーハトーブは宮沢賢治による造語(理想郷の意)です。

 

大滝さんは同じ岩手出身の宮沢賢治について語ることは少なかったのですが、船村徹氏との対談 の際にはふみこんでふれていました。

© 2005 JASRAC

 

「はっぴいえんど」時代は、オリジナルなもの、自分にしか出来ないものは何かと考えて、
宮沢賢治とかイーハトーブの世界を意識したことはありましたね。

 

これは、まさに「それはぼくじゃないよ」について語っているのかもしれません。
そうであるならば、「恋の汽車ポッポ」は『銀河鉄道の夜』へと連なる…?!

 

はっぴいえんどの「風街ろまん」('71年11月リリース)の一曲、「颱風」は大滝さん自身の作詞ですが、とりわけ印象的な、、、

♪ どどどど どっどー どどどど どっどー

というフレーズは、宮沢賢治の小説『風の又三郎』からの影響があるのでは…と思えるのです。

 

はっぴいえんど 「颱風」
 

青空文庫 『風の又三郎』より

※没後70年間の著作権保護期間が過ぎていることで、宮沢賢治(1933年没)の作品は広く公開されています。

 

「それはぼくじゃないよ」の“ぼく”と、「魔法の瞳」の主人公と…。

この両者のイメージは、はたして重なるのかどうか、次の章から探究の旅に出かけます。

 

 

第1章 アニメの銀幕 と ディズニーボーイ

2024年3月19日からタワーレコード新宿店と渋谷店で、「EACH TIME 40th Anniversary Edition」発売記念企画が開催されました。

 

その企画展示の中に、私は興味深い資料を見つけたのです。

それは「イーチ・タイム」の曲構成を記した、大滝詠一さん直筆のメモでした。

「スケート靴メモリー」は「レイクサイド ストーリー」 だな…。
「春のめざめ」は「恋のナックルボール(1st Recording Version)」かな…。 

 

この中でひときわ目を引いたのは、「Disney Boy(ディズニーボーイ)」という曲名。
あっ、これは「魔法の瞳」だな、とピンと来たわけです。

 

ディズニーといっても、ザ・ビーチ・ボーイズが'71年に発表した曲、「Disney Girls (1957)」(注:1957までが曲名です)とは直接の関係はなさそうです。

 

魔法の瞳」の曲の成り立ちとしては、次の二択が考えられます。

 

大滝さんから届いた軽快な曲のデモテープを聴いて、松本隆氏がディズニーの要素を持ち込んで歌詞を書いたのか…。
それとも、その前の作曲段階から大滝さんがディズニーの世界を企図してつくった曲だったのか…。

 

これは、やはり後者の方でしょう。

 

魔法の瞳」の間奏では、ディズニー映画『ピノキオ』の主題歌の「星に願いを」に似たメロディが演奏されます。

「星に願いを」は以下の動画でお聴きのとおり、本来は難しいコード進行でつくられた曲です。

 

「星に願いを」

 

♪ かがやーく 星にー 心の ゆめをー
♪ 祈れば いつか 叶ーうでしょうー

 

は、こんな感じになっています。

 

E  C#aug  F#m  B   E
EonG#  Gdim7  F#m  F#m onA  AonB B  E  B

 

しかし、「魔法の瞳」の間奏で大滝さんは、元曲とは似ても似つかないすごくシンプルなコード進行にした上で、そこに “「星に願いを」っぽい” メロディを乗せることで、御本家のディズニーから怒られないようにしています(笑)。

 

このシンプルな「魔法の瞳」の間奏のコード進行を、大滝さんはそのまま「魔法の瞳」のAメロ(ヒラ歌部分)の始まりにもってきて使っています。

 

♪ ほおきにのーった~ 」のところですね。

 

魔法の瞳」のリズム・セッションの段階から既に、Aメロや間奏は“簡略版”の「星に願いを」をエッセンスにして演奏されていた、といえるわけです。

 

さらに、「魔法の瞳」では、ディズニー映画『白雪姫』の劇中で7人のこびとが歌うマーチ、「ハイ・ホー」のメロディが聞こえてきます。

 

このメロディを聴くと、バイク王へバイクを売りに行きたくなる人もいるかもしれません(笑)。


ここでは「ハイ・ホー」と「バイク王」とで韻をふんだCM動画で、そのメロディをご確認ください。

 

バイク王のCM(2005年)

 

魔法の瞳」で「♪ ハイホ~ ハイホ~」というメロディが流れてくるのは、以下の動画(カラオケ)で確認できます。


「魔法の瞳」カラオケ(頭出し済)

 

大滝さんいわく、「♪ ハイホ~ ハイホ~」の部分だけではなくその直後のメロディも続けて演奏してしのばせてあるのだそうです。

先ほどの「バイク王のCM」の動画でいえば、「♪ 査定に行こう」の旋律ですね(笑)。
 

魔法の瞳」への「ハイ・ホー」の“メロディ織り込み”については、過去に大滝さん自らラジオ番組で語っていました。
(↓以下の動画の冒頭部分ですが、後でゆくっりお聞きくださいね)

「YOKOHAMA RADIO開局記念番組 NIAGARA SPECIAL」('93年10月放送)
 

当時、その番組を聴いて私は、「へー、うまくはめ込んであるものだ」と舌を巻いたのですが…。

先述のような、「星に願いを」の引用の経緯を思い起こせば、実は“順番”が違うのかもしれません。

 

魔法の瞳」で「♪ ハイホ~ ハイホ~」のメロディが聞こえてくる部分、すなわち、、、

♪ Magic in your eyes ディズニーの 動画(アニメ)の銀幕

の箇所はそもそも最初から、「ハイ・ホー」を盛り込むことを想定していたのかもしれませんね。

 

子細なコード進行の比較は省きますが、和音の構成音をみると“想定内”な様子がうかがえます。

つまり、大づかみに言うなら、「魔法の瞳」の曲づくりのときに大滝さんは、最初から“ディズニーありき”で、「星に願いを」のシンプルバージョンと行進曲「ハイ・ホー」とを盛り込んだ、といえるのかもしれません。

 

 

ちなみに、アニメつながりで…。

この「ハイ・ホー」の「♪ ハイホ~ ハイホ~ 査定に行こう」という部分は、TVアニメ『のらくろ』('70年~放送)の主題歌でもモチーフにされていると思います。
以下の『のらくろ』の主題歌の動画の0:44~の「♪ ワン!ワン! ワンワワン!」の部分です。

 

大山のぶ代 「しっぽはぐぐんと」

 

『のらくろ』の主題歌の作曲は山下毅雄です。
『ルパン三世』の第1シリーズのニヒルな音楽や、「♪ しっぽをたてろ! ホホホ ホホホ」が印象的な『ガンバの冒険』の主題歌でも知られていますね。

 

「ガンバのうた」
(↑クリックorタップしてご覧ください)

 

『ガンバの冒険』といえば、第15話『鷹にさらわれたガンバ』('75年7月放送)では、シュガー・ベイブの曲「風の世界」が使われていました。


ケガをしたガンバを助けてくれた人間の男性が山小屋で聴くラジオから、なんと直前の'75年4月に発売されたばかりの「SONGS」の曲が流れてきたのですね。
 

シュガー・ベイブ 「風の世界」
(↑クリックorタップしてお聴きください)

 

少し脱線しましたが、序章からの“風”つながりと本章の“アニメの銀幕”つながりということでお許しを…。

 

ディズニーといえば、皆さんがよく知るこのCM曲も、あのディズニーの曲から引いているのではないでしょうか。

 

「この木なんの木」

 

「この木なんの木」は小林亜星の作曲ですが、ディズニーのアトラクション「イッツ・ア・スモールワールド」のテーマソングである名曲「小さな世界」をモチーフにしていると思うのですね。

 

「小さな世界」

 

小林亜星つながりのついでに…。
小林亜星の作曲したアニメの曲が、“ナイアガラ哀愁コード”へ影響を与えたのかもしれない、と密かに思っていました。

 

解説#5「恋のナックルボール」前編 の「Tシャツに口紅」のくだりで取り上げた、大滝さんお得意の“ナイアガラ哀愁コード進行”って、そのルーツにあたる曲が見当たらなくて不思議だったのです。

 

大滝詠一 「青空のように」
 

“ナイアガラ哀愁コード進行”は「青空のように」で初めて登場しました。
このシングルレコードが'77年7月のリリース。

 

この直前、'77年6月からロボットアニメ『超電磁マシーン ボルテスⅤ(ファイブ)』の放送が始まっています。

このエンディングテーマが小林亜星作曲の「父をもとめて」でした。

 

水木一郎 「父をもとめて」

 

♪ 親にはぐれたー ひなどりもー
♪ いつかはやさしいふところにー
♪ だのになぜめぐりあえぬ 父のかげ
♪ この手で父を だきしめる日のことを

 

など、大滝さんの胸を打つ歌詞が続きます。

 

このエンディングテーマを思い浮かべるたびに、私、以下のような考えが浮かんでは消えて…を繰り返したのです。

 

大滝さんは、まだ小さかった息子さんと一緒にそのアニメを見ていたのか?

 

♪ 親にはぐれたー ひなどりもー」のバックで流れる哀愁を帯びたコード進行が、はたして“ナイアガラ哀愁コード進行”のルーツなのか?

 

「青空のように」は恋人同士の爽やかな恋愛を歌っているようにみえて、その歌詞を読めば読むほど、実はレコードジャケットの写真のように、父・大滝詠一さんと息子さんのほのかな心の交流を描いた曲なのではないのか?

 

「父をもとめて」の編曲者は、ちあきなおみの「喝采」やいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」を編曲した高田弘。
大滝さんの大好きな三橋美智也の曲も数多く手掛けている。
大滝さんは編曲者名にも気をひかれたのかもしれない?

 

しかし…。

 

 

『大滝詠一レコーディング・ダイアリー Vol.1』が発刊されてから確認してみると、「青空のように」は『ボルテスⅤ』の放送に先がけて'77年の5月中から録音を始めていたことが分かったのです…。

絶句…。

 

小林亜星を端緒に横道にそれましたが、'77年リリースの「青空のように」のジャケットに写る息子さんの年齢を推測して指折り数えてみると、「イーチ・タイム」レコーディング当時の'83年ごろといえば、息子さんは小学校の低学年だったはずです。

 

大滝さんは、その時期に息子さんと一緒にディズニーのアニメ映画を見たりしたのでしょうか。

 

そういえば、『未来少年コナン』('78年放送)では、演出などを手掛けた宮崎駿監督が息子(吾朗氏)をモデルにして、主人公のコナンを描いたと語っていましたが…。

はたして、「魔法の瞳」のディズニーボーイというのは、息子さんのイメージを重ねたのでしょうか。
 

「青空のように」のエッセンスが「魔法の瞳」には注がれていたのでしょうか…。

 

「星がうすれるまで」、「Blueの夜明けまで」の後には、「空」が広がるのでしょうか…。

 「♪ Magic in your eyes 」、すなわち「あなたの瞳の中の魔法」を、くるくると変化する「♪ 猫の目 君の顔 」の中に、大滝さんは見つけていたのでしょうか…。

 

 

第2章 萩原哲晶 と ディズニーボーイ

「ファースト・イーチ・タイム」のときの「魔法の瞳」の頭に、“40thバージョン初出のハープのイントロ”がくっついていないのは、以下のような曲展開で <真のイントロ> を目立たせるためだったのかもしれません。

 

“独立したヴァース” (♪ 眼が逢う~)

サビ始まりの歌い出し (♪ Magic in your eyes~)

<真のイントロ> ( 4小節の長いリフの部分 )

Aメロ (♪ ほうきに乗った~)

サビへ (♪ Magic in your eyes~)

 

“ハープのイントロ” と  <真のイントロ> との両方があったらくどくなってしまう…。
大滝詠一さんは、そんな判断をしたのかもしれませんね。

 

 

この <真のイントロ> のうち前半部分は、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の元ネタとして最重要曲である、フランキー・アヴァロンの「恋のラストネーム」のイントロのコード進行が引かれているようです。
 

魔法の瞳」と「恋のラストネーム」、両者の当該部分のコード進行は完全に一致しています。

 

Frankie Avalon 「 Would Ya Like My Last Name 」(1965年)

 

参照
衝撃の元ネタ初公開「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」

 

 

また、<真のイントロ> の後半部分は、フォー・シーズンズの「Opus 17」のイントロがわかりやすく引用されていると思います。
ヴィージェイ・レコードからフィリップスへ移籍済みだった当時のフォー・シーズンズですが、やはり「FUN×4」の世界を髣髴とさせる雰囲気もありますね。

「Opus 17」は「作品番号17」というような意味で、“Opus”はクラシック音楽などでよく目にするものです。

 

The Four Seasons 「 Opus 17 (Don't You Worry 'bout Me) 」(1966年)

 

興味深いことに「イーチ・タイム」とほぼ同時期にリリースされた竹内まりやの「もう一度」('84年4月10日発売)でも、イントロで「Opus 17」の展開型が使われていますね。

竹内まりや 「もう一度」
(↑クリックorタップしてお聴きください)

 

「Opus 17」の歌い出しのメロディは、杉真理さんの「夏休みの宿題」の歌い出しにも影響を与えているような気がします。
「夏休みの宿題」では、フランキー・ヴァリの「君の瞳に恋してる」のコード展開も使われていますね。

杉真理 「夏休みの宿題」

(↑クリックorタップしてお聴きください)

 

話を元に戻して…。

 

こうしてみると、「魔法の瞳」の <真のイントロ> は、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」と「FUN×4」の世界のメドレーといってもよいのでしょう。

 

となると、当初、「魔法の瞳」は「ロング・バケイション」でいうところの、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」+「FUN×4」路線の位置づけの曲だったのかもしれません。

 

大滝さんが「イーチ・タイム」の収録曲の役割を振り分ける際に、もともとは「魔法の瞳」はアルバムのトップバッターを飾る曲ではなく、A面またはB面の4曲目みたいな構想だったのかもしれませんね。
「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」や「FUN×4」のように…。

 

アルバム制作の終盤になって「恋のナックルボール」がブリティッシュビートから三三七拍子へと路線変更したことで、ノベルティ・ソング系のポジションは同曲が引き受け、その一方で「魔法の瞳」は “A面かB面の4曲目” からポールポジションへ取り立てられたのかもしれません。

 

ちなみに、アップテンポ化したとき、「恋のナックルボール」には新たなイントロが足されました。


そこで鳴り響くコンガの連打は、「魔法の瞳」の <真のイントロ> の発想と同じく、フォー・シーズンズの「恋はヤセがまん」から引用されているのだと思います。

 

The Four Seasons 「Big Girls Don't Cry」(1962年)

 

もともとが「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」+「FUN×4」の路線でノベルティ・ソング系のポジションでもあった「魔法の瞳」には、歌詞世界に合わせて、サウンドエフェクト(SE)がこれでもか!と投入され、にぎやかな仕上がりになっています。

 

第1章で挙げたFMヨコハマ(当時のハマラジ)の特番で大滝さんは、歌詞にちなんでSEを20個くらい入れ、そのうちの5、6個は単なるSEにとどまらず楽曲のメロディも被せたと解説していました。

 

『大滝詠一レコーディング・ダイアリー Vol.3』を開くと、「小窓をノックした音」「月を横切る音」「飛べなくなったピーターパンの音」「妖精の粉の音」などのSEの録音の様子から、関係者の奮闘ぶりが見て取れます。

 

個人的には、'83年に発売されたばかりのデジタルシンセサイザー、YAMAHA DX7が多用されているのは意外でした。

ここでは、『レコーディング・ダイアリー Vol.3』に記述がないことにもふれておこうと思います。

♪ イチゴみたいに赤いくちびる  まるで生きてる ショート・ケーキだよ

のところでは…。

 

The Beatles 「 Strawberry Fields Forever 」

 

♪ イチゴみたいに」のバックで流れるSEは、ビートルズのナンバーの中でも大滝さんが大好きな「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のイントロで鳴るメロトロンのサウンドとフレーズを再現していますね。

メロトロン

 

♪ ショート・ケーキだよ」のバックにはナンシー・シナトラの「イチゴの片想い」のイントロのフレーズが用いられています。
ここでは、前奏の旋律がくっきり聞こえる中尾ミエのバージョンをお聴きください。

 

中尾ミエ 「いちごの片想い」

 

さて。

大滝さんが「魔法の瞳」について解説するときは、必ず曲の構成について言及していたのですね。

本当はもっとストリングスなんかのキレイなイメージの前奏を長くして、そこから突然ロックっぽくなる、みたいなものにしようとも思ってたんですけどね。

本当はストリングスを仰々しくつけて、なかなか始まらなくてキレイキレイなイメージから急にハード・ロックみたいなのが始まる、みたいなのが基本のアイデアだったんです。

 

魔法の瞳」の“曲の構成”について、大滝さんはこうも語っていました。

ゆっくりしたもので始まるであろうところからアップ・テンポってアイデアは、「ア・ロング・バケーション」が終わった時に、次にはそうしようと考えた簡単なアイデアで…

 

この、テンポを途中で変えてアップ・テンポ化するというお話で、私はピンと来たのですね。
萩原哲晶さんが手掛けたこの曲が思い浮かんだのです。

 

ハナ肇とクレージーキャッツ 「ハイ それまでヨ」(1962年)

 

大滝さんは、萩原哲晶さんと対談した際に、「ハイ それまでヨ」の曲中のテンポチェンジについて直接質問していました。

 

Xの大滝詠一botさんのポストを借りてみましょう。

 

大滝詠一
「出だしがゆっくりで途中から早くなるのは、なにかヒントはあったんでしょうか」

萩原哲晶
「植木さんていうのは、もともとマトモな歌を勉強してきたんだから、多少はそういうのもやりたい。
でも、それだけでは存在理由がなんにもないので後で崩そう。
ドカンと早くなったら面白い…」


大滝詠一
「『テナコト言われて』からの変わり方って、本当にスゴイと思いましたね」
 

 

 

「ハイ それまでヨ」が「魔法の瞳」に与えた影響には、大なるものがあったのでしょう。

 

そして、大滝さんはもう一つ、行進曲のお話も萩原哲晶さんに投げかけていました。

 

 

萩原哲晶さんは戦時中、東京音楽学校から陸軍戸山学校軍楽隊に芥川也寸志、團伊玖磨らとともに入隊した経歴もあったのですね。

 

萩原哲晶さんは、「鉄腕アトム」と同じ'63年に放送が始まったTVアニメ「エイトマン」の主題歌も手掛けていました。
これがまた、“クレージーキャッツの哲晶サウンド” を施した見事な行進曲(マーチ)になっているのです。

 

克美しげる 「エイトマンのうた」

 

アニメの主題歌にマーチを用いるというフォーマットは、その後も長く引き継がれたものです。

「ゼロテスター」(1973年)

 

「勇者ライディーン」(1975年)

 


「ナイアガラ音頭 EP」ひとこと解説その2 で詳述しましたが、「 Let's Ondo Again 」のイントロで大滝さんは、「軍艦マーチ」から始まる行進曲のメドレーを紡いでみせました。

 

そもそも、大滝さんが行進曲に興味を持った契機について、私はこう思うのです。

 

クレージーキャッツの「大冒険マーチ」「ホンダラ行進曲」「ゴマスリ行進曲」などの行進曲を聴いて“哲晶サウンド”のとりこになったこと、それこそが大滝さんが行進曲に惹かれたきっかけだったのではないか、と。

 

2024年7月8日放送のNHK BSの番組『天下の無責任男!~植木等とその時代~』では、 大滝詠一さんのクレージーキャッツへの傾倒ぶりが紹介されました。

 

そして、大滝さんのディスクジョッキーの模様がそのまま流れたのです。

クレージーキャッツの「スーダラ節」は、ぼくの音楽体験の中では、エルヴィスの「ハウンド・ドッグ」に勝るとも劣らないという、そういうところに位置しております。
スーパーマンですね。
植木等さんはスーパーマンだと思います。

 

番組では、大滝さんによるD.J.がクレージーキャッツの再評価を高めたことや、歌手・植木等復活の立役者としての大滝さんの策動ぶりが紹介されました。

 

© 2024 NHK

 

大滝さんは、「うさぎ温泉音頭」や「イエロー・サブマリン音頭」で、あこがれの萩原哲晶さんとの共同作業を実現させています。

 

萩原哲晶さんへ編曲を依頼した「イエロー・サブマリン音頭」のイントロでは、クレージーキャッツの「遺憾に存じます」すなわちビートルズの「抱きしめたい」に続いて、米海軍行進曲の「錨を上げて」が登場し、また、サビの前では「軍艦マーチ」が登場します。

 

それらの行進曲(マーチ)は、大滝さんからのリクエストだったのか、それとも、お二人の阿吽の呼吸の産物だったのか…。

 

「イエロー・サブマリン音頭」~ナイアガラ盆踊り2024より~

 

萩原哲晶さんは'84年1月13日に亡くなっています。
「イーチ・タイム」の音を萩原哲晶さんへ届けたいという大滝さんの願いはかなわったのですが、「恋のナックルボール」をアップテンポ化してリズムを録音し直したのが'84年1月12日のことであり、“導かれたのではないか”と大滝さんは思いを新たにしたのかもしれません。

 

大滝さんはしみじみと語っていました。

「恋のナックルボール」と「魔法の瞳」は、自分でも面白いサウンド作りが出来たと思ってる。
「峠の早駕籠」以来、SEの魅力にとりつかれてきたわけだけど、ここへ来てようやくつかんだというか。
萩原哲晶さんに、ぜひ聞いてほしかった曲なんだよ、2曲とも。

ホントに萩原さんに聴いてもらいたかったのよ。
今回の2曲。
あれは完全にぼくが萩原哲晶ズ・チルドレンであることを立証する作品なわけ。
クレイジーのあのサウンドがそういうふうに甦ったって考えているの、自分で。

 

© 2024 NHK

 

魔法の瞳」のディズニーボーイ…。


それはクレージーキャッツの「スーダラ節」「ハイ それまでヨ」「ホンダラ行進曲」「五万節」などに夢中になった、榮一少年自身なのかもしれません。

 

「ナイアガラ音頭EP」の解説の その1その2 で述べたことに連なりますが…。

はっぴいえんどの「颱風」から「♪どどっど どっど」リズムの「ナイアガラ音頭」への道…、

萩原哲晶ワークスをきっかけに始まる「行進曲」から「 LET'S ONDO AGAIN 」への道…、

そして、“宮沢賢治の「風の又三郎」” から “「魔法の瞳」のディズニーボーイ” への道程…、

それら全てがつながっているように感じるのです。

 

私も含めてナイアガラーの皆さまが今もなおナイアガラ・サウンドにときめくのは、♪  催眠術だね」の作用によるのでしょうか…。


いや、“全てがつながる”ナイアガラ・ワールドの「♪ とけない魔法」にかかっているのかもしれませんね。

 

今回の長編も、最後までご精読いただきまして、ありがとうございました。