このお話を読んで、似ているなー…と思ったのが『漫才』。(マジメです)
漫才も、ボケとツッコミという"エネルギー的に究極の対"のもので成り立っていて、相方がボケると、同じだけの強さのツッコミをぶつける(^^; 
これがまだあまり上手くないコンビだとどちらかのエネルギーが強くて「相手を否定する」ような感じに空回りしてしまうこともあるんだけど、息の合ったコンビになると
 

お互いのボケとツッコミが

ぶつかり合うなりに混じり合って一つになり、

 

気持ちよく打ち消し合って
エネルギーが0みたいになる
んですが、その瞬間、

この世界の全てのような拡大したエネルギー
=爆発的な笑い
が生まれるんです。
 

(…そろそろ怒られるんちゃうか…)


それではここで具体例を見てみましょう。
絶妙な掛け合い漫才に定評のあるNONSTYLEのネタ漫才『エレベーター』。
(吉本興業さんの公式動画もあるんですが、井上君の謹慎明けでより息の合った感のあるこちらの動画をあえて)

 


どうでしょう、この息の合った掛け合い漫才。
ボケ-ツッコミラインはその都度気持ちよく消えていき、

それでいて次第に笑いのエネルギーは増幅、

最後、オチでパンっ!と双方を統合し、

大きな笑いのエネルギーを解放する(昇華され、次元を超えてゆく)。
いやもうね、そっくりお言葉をお借りして、

これがとてもとてもとても気持ちがいい(*´▽`*)
(ほんまに怒られそう(*´Д`))
(いやでも真面目だから)

つまり、絶妙なボケ-ツッコミを交わすコンビはまるでツインレイのように真逆のボケ・ツッコミエネルギーをぶつけ合い、打ち消し合って、結果生じた大きなエネルギーを「大爆笑」として昇華させている。

…ということは…

ツインレイとはきっと最上級のボケとツッコミ…(なんでやねんパー)


いやあの、そもそもツインレイの気持ちよさはそんなもんじゃない、というのは百も承知の上で、あくまで対になるエネルギーについての説明、ということでご容赦くださいm(_ _)mm(_ _)m

メリーさんが「正しい組み合わせを見つけ出した時のあの爽快感」と書かれていて、これは我々関西人(全関西人巻き込み)にとってまさにボケとツッコミが合った状態やよなぁ…と思ったもので…(あれ?私だけ?)(ごめんなさいm(_ _)m)

もちろんツインレイエネルギーとはレベルが段違いだと思うんですけど、それでもボケ-ツッコミがピタリと合った時の、真空状態にも似た無音の恍惚感は、なんとなくその気持ちよさと似てるんじゃないかという気がするですよ…

 

で、まぁ、みんなこの気持ちよさを体験したくて劇場に通い、またテレビを見るんですよね…

なんでもピタリと合うものは心地よい。
正直、ノリにノッた漫才師の芸、というものには神がかったところがあり、「この世の向こう」まで見せられた気になる時があります。
だから、それがツインレイエネルギーを疑似体験させるものであっても不思議ではない気がするんですよ(´-`*)。oO
ま、このときの漫才がそこまでのものかどうかはわからないけど(NONSTYLEの漫才ではもっと神がかったのがあった気がする)

 

まさかNONSTYLEの漫才をツインレイ目線で語る時が来ようとは…
なんか途中、石田君が一人問答する場面なんかも、悩むツインレイのひとり相撲のように見えてきた…
 

 

あと、これは完全に私の趣味で中川家。
こちらはNONSTYLEのかっちりとしたネタ漫才とは違ってダベり漫才のようなもので、一方的に弟の礼二がネタをやって兄ちゃんの剛がぼそっとボケる。

エネルギー的にはアンバランスに見えるし、ボケもツッコミも自在に暴走しているように思えるけど、どちらも一瞬できっちり元の立ち位置に戻ってくる。
そして兄弟なためか、存在自体の一体感が強い。

 

 

この、元の位置がブレない、一体感の強い中川家の漫才を、私は

『二人落語』、

つまり一人芸である落語を二人で演じているようなものだと考えていて、これはこれでツインレイ的だなぁ…と思っています(なんかもう言いたい放題)。
すると落語は統合後のツインレイ…(ああもう完全にオカシイ(^^;)


すんません、日頃つらつらと思っている妄想をつい書いてしまいました…m(_ _)m

 

 

関西人にとってボケとツッコミは呼吸のようなものなので(無意識のうちにやってるし、やらんと死ぬ(^_^;))、特別なものじゃないんですが、それでも神がかり的な瞬間というものはそうそうあるものではなく。

しかるに、それを頻発させることのできる達者な芸人さんというものは、我々にとってはさながらオリュンポスの神々のようなものであり、もしかしたらその芸のうちにツインレイエネルギーのようなものまで垣間見せてくれているかも…と思うのです。

(なんか間違った関西人像を植え付けたような…)

 


ついでながら、ぶつかり合うツインレイエネルギーについての映画、といえばやっぱり

『ハンコック』

かな…(スターウォーズの最後3部作もだけど)
超人のツインレイ同士が一緒になると、そのパワーが0になる

という設定。(ちょっとメリーさんの書かれてるのとは意味が違うかな)
その力をただただぶつけ合ってる状態はこれ↓

 

 

ただもう"気持ちよくない"段階でしょうか。

とまどいや否定、罪悪感など、メリーさんの記事で書かれているところのエネルギーが消化不良だったり純粋でなかったりする状態が表されている…ように見えます。


蛇足ながら、『ハンコック』についてのツインレイ的解釈の記事です。↓

 

 


そして『ハンコック』から考えてみた、
『「運命の人」と出会うとスターはなぜ"普通の人"になってしまうのか』の考察

(スーパーパワーが消えちゃった(エネルギー0と言っていいのかな)ように見えるのはなぜか、というお話)

 

 



ホンマに怒られへんかなぁ…