“Magic Beat, Magic Life” 鼓動と共に 亞希のブログ -18ページ目

“Magic Beat, Magic Life” 鼓動と共に 亞希のブログ

先天性心臓疾患により手術繰り返すも 命の鼓動を打ち繋げてきています

一歩前へ踏み出したい時
心ほっこり癒されたい時

パーカッション・筆文字・言葉から溢れる Beat (鼓動 / リズム)を通じて HeartにMagicを そして Magicな(魅力的な / 素晴らしい)人生を

なかなか自分の弱さを
出せなかったりする中、
 
どんなひっどい状況状態でも
決して見る目を変えず
以前と何一つ変わらず
温かく受け入れて下さった人。
 
泣けてくる位感謝でしかないですね。
 
 
 
私は、昨年
9年ぶりに関東に戻ってきました。
 
9年間の内、
地元でまともに活動出来ていた時期は
半分にも満たないかもしれません。
 
大動脈解離や
大手術を繰り返しの
リハビリ期間だけでなく
 
合併症後の骨手術で判断を誤ったのもあり
生きがいを失い
人とも関われず
ただ生存はしていましたが
死人同然でした。
 
 
長らくその時期があった中で
いろいろ心の奥で反応することがあり、
このままではいかんと
こんなオバハンなってからでも奮起し。
 
まずは現実問題
生活しなくてはいけないので
自身の得意分野とは関係なくとも
ライワークを頑張ろうと。
 
 
しかし、
身体の方で限界が来て。
 
その時、今一度
命繋げてきていただいた
この人生について考えさせられたのにも関わらず
 
それでも尚
頑張って続けようとし
今度は精神やられました。
 
 
私は自分だからこその
使えるツールを用いて
 
"表現すること"しか
 
能がない人間で。
 
 
みなさんが普通に
難なくできることが
私は出来ず。
 
「常識が無い」
「社会人としてどうなの」
「一般的に考えておかしい」
 
それ言われるとその通りで、
 
自分が悪いのは間違いなく
 
どんどん苦しくなって
どうにもこうにもならなくなりました。
 
 
ライワークをして
生きていけている人程
幸せな人はいないと感じます。
 
私も残りの人生を
そうあれたらと。。
 
 
 
この世界は愛があり
 
弱い自分をさらけ出しても
何一つ変わらず
温かく接してくださる人は居るものです。
 
弱い自分に
心寄り添ってくださる人も。
 
 

 

書店で目に留まった表紙。

この本自体は読んだことがないのですが、

 

ご存命の時、

小池氏の当時twitterを

時折拝見したことがありました。

 

 

AKIのオラクル日めくりカレンダー 18に

"自分が幸せになることを許す"メッセージを

書いておきながら、

 

私自身が幸せになることを

許していないのかもしれませんね。

 

 

 

どんな時でも

心共にいてくださる人に

深く感謝です。

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

「能の音を聴く会」なので、
音を楽しむのは勿論、

私は言葉と音との繋がりが
とても面白く 楽しんでいました。

(昨日の投稿の続き↓)


「ドン」や「ポン」などは

説明無くとも

直ぐに音と言葉が連結しやすい中、


「ション」は

「シャーン」と響く音からとのことで。


私の中では、母音が

ショ(お)より

シャ(あ)の方が広がりを感じるのですが


そんな単純な話ではなく

同じ響くでも 母音が変わることによって


響く方向性

音の圧縮率

変わってくるので


様々な要因から その言葉が

最も能の世界を表現するのに適していて

そうなっているのかしら

とか


鶏の鳴き声が各国によって

聞こえ方が違うよう

その時代の日本人の耳には

そっちに聞こえてきたのかしら

とか


気になり出したら

キリがない世界だわ。


なので、

ここで一旦この話は終わりにし。





今回一番心に残ったのは


小鼓の皮が本番破れてしまった時、

お赤飯が出るとのこと。



破れてしまった時の

ショックは計り知れないものですし、


その奏者のメンタルダメージを

和らげてあげる意味合いもある

その伝統に


演者 楽器 伝統芸能

云々以前に


じんわりと心沁み入ってくる


人としての 人への

思い遣りを感じました。



能を通して

人として大事なこと


大切なこと

大切にしていきたいこと


それをどう表現するのかまで

気付かせられ

想い馳せらされる程で。



貴重なお話を聞かせていただき

ありがとうございました。

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



私にとっては ビジネス書というより

人として 何が大切なのかを

再度思い起こさせてもらえる本でした。

当日は笛・小鼓・大鼓
それぞれのパートのほんの一部を
 
さすがに楽器は使用できないので
声と手を代りに使って
 
会場みんなでやってみる
体験時間がありました。
 
(昨日の投稿↓の続きになります)
 
 
説明前の最初聴いていた時は、
スタートから
拍を追っているので
どういうリズム構造になっているのか
掴めずにいたところがあったのですが、
 
ここからフレーズひとかたまりで
始まっていたのか…
ふむふむ面白いなぁ
とか
 
よくある掛け声の
「ハッ」「ホッ」「イヨー」
だけじゃなく、
 
「ホン」
 

もあるのね!

 

と、なんか妙に

その言葉の響きにグッときたり。

 

 

 

質問コーナーで、

無知過ぎて興味津々な私は

速攻瞬発で手を上げ。

 

笛の代わりで歌っていた

「ホンホヒトウロ」は

何か意味ある言葉なのですか?と。

 

最初体験やる前に説明で

こう聞こえますよね

って話されていたのに

 

人の話聞いてないのかお前は

(と私だったらなるところ)

ではなく、

 

再度、

聞こえてくる音を

口伝承でする際にこうなるので、

伝える人によっては

変わってくると思いますと

ご丁寧にお答え下さり。

 

他にも質問者がいらっしゃり

次々聞けないので

その場ではそれで終わるも、

 

終了後、気になると止まらない

再び駆け寄るしつこい奴。

 

 

ある意味の有る言葉が存在していて、

それを笛で表現しようとして

そうなったのでしょうか?

 

それとも単に

吹いていてそう聞こえるから

というので

その言葉なのでしょうか?

 

と質問したところ。

 

 

もしかしたらそうかもしれないし

そうでないかもしれないし、

 

その当時伝え始められた時代の人に

実際会えて聞けている訳ではないので

解らないところはある

 

とお答えくださいました。

 

 

そうか~ 

確かにそうですよね。

 

伝え伝えの流れの中で

変わっていってる部分もあるかもしれないし、

 

その原点、源流が

 

何始点

何視点

 

であったかは

実際の現場を知るものでないと

謎でもあるのでしょう。

 

 

 

 

 

あぁ、またしても

長くなってしまうので

続きはまた改めましてで。

 

 

2月の公演、

脇・中あたりはまだあるも

正面席は既に満席ですね。