宮本浩次(みやもと ひろじ)「冬の花」の紹介

 

 

いずれ花と散る わたしの生命
帰らぬ時 指おり数えても
涙と笑い 過去と未来
引き裂かれしわたしは 冬の花

あなたは太陽 わたしは月
光と闇が交じり合わぬように
涙にけむる ふたりの未来
美しすぎる過去は蜃気楼

旅みたいだね
生きるってどんな時でも
木枯らしの中 ぬくもり求め 彷徨(さまよ)う

泣かないで わたしの恋心
涙は“お前”にはにあわない
ゆけ ただゆけ いっそわたしがゆくよ
ああ 心が笑いたがっている

なんか悲しいね 生きてるって
重ねし約束 あなたとふたり
時のまにまに たゆたいながら
涙を隠した しあわせ芝居

さらば思い出たちよ
ひとり歩く摩天楼
わたしという名の物語は 最終章

悲しくって泣いてるわけじゃあない
生きてるから涙が出るの
こごえる季節に鮮やかに咲くよ
ああ わたしが 負けるわけがない

泣かないで わたしの恋心
涙は“お前”にはにあわない
ゆけ ただゆけ いっそわたしがゆくよ
ああ 心が笑いたがっている

ひと知れず されど誇らかに咲け
ああ わたしは 冬の花

胸には涙 顔には笑顔で
今日もわたしは出かける

 

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 まず、2019年というごく最近に、この古めかしい曲調と詞で作っているのがとても嬉しい。そして、尋常じゃ無く、特にこの今に!、求められる歌であったのだ。

この曲について、何かのコメントで読んだひとつに、
「最初オッサンが大声で叫んでるだけと鼻で笑い、"もうそんな時代じゃねーんだよ"、と思っていたけど、歌の終わり頃にはぐしゃぐしゃに号泣してた」と言うのがあった。宮本浩次(みやもとひろじ)を初めて知った若い人らしい。

 古参のファンも若い人たちも同じくこの人生を生きる同志であり、皆それぞれに叫びたくなるほどの悲哀を背負って今の日々を生きている。
 だから宮本浩次がこうして、自分の代わりに、大声で、泣き叫ぶような詞を歌う、その声と姿に心を射貫かれる。不意に凄まじい情熱を見、魂を揺さぶられて気づけば涙が溢れている。

 どこか懐かしいようなリリカルなメロディーに、力強く悲壮な詩、単なる失恋ソングに終わらず生きることそのものの哀しさを、私たちの代わりにこんなにも大きな熱量で歌い上げてくれる。平成・令和の若者だろうと昭和生まれだろうと関係なく泣かせるに決まってる。

 宮本浩次という詩人の魂は、年輪を経てひとつの到達点、冬の花を咲かせ、惜しげも無く散華させた。

 散り散りになって風に舞う花びらを、チラと振り向き一瞥しただけで向き直り、彼はふたたび独り歩いてゆくのだろう。
 

 

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 余談
 

  冬の花とは冬薔薇(ふゆそうび)のこと。

『こごえる季節に鮮やかに咲くよ』
冬という、花を咲かせるには逆境の中で、一つ一つ咲き始めるのだが
中には冬の寒さに耐えきれず、咲くことかなわずそのまま枯れてしまうものも多い。

『人知れず されど誇らかに咲け』
冬薔薇の花言葉は、「輝かしく」。
こんな世界で、こんな人間社会で、この人生を生きていくなんて、
私たちはみんな、世界の片隅の「冬の花」なのだ。