世界各地で物価が高騰している。国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事は今月、インフレの原因として新型コロナウイルスの影響、ロシアによるウクライナ侵攻、世界で多発する気候災害を挙げるとともに、世界の2023年の予想経済成長率を3.2%から2.9%に下方修正した。また、インフレが世界経済に及ぼす悪影響は26年までに4兆ドルにのぼる見通しを示し、この額はドイツ経済の規模に相当すると述べた。

 

 

パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は今月、連邦公開市場委員会(FOMC)が4会合連続の0.75ポイント利上げを決めた後の会見で「金利の最終的水準は従来の予測よりも高くなる」との見解を示した。その後、英国の中央銀行、イングランド銀行も0.75%利上げを決めた。すでにリセッション入りしている英国だが、今回の利上げ幅は過去30年余りで最大となった。

 

「インフレの原因は1つしかない、マネーサプライの過剰な伸びだ」とするジョンズ・ホプキンス大学のエコノミスト、スティーブ・ハンキ氏は、マネーサプライとインフレの伸びは連動するものの1年を超えるタイムラグがあると述べた。直近の米国のマネーサプライは横ばいとなっている。

 

 

10月の米インフレ率は7.7%上昇したものの4カ月連続で減速した。株価の反発や急速な円高ドル安は金融引き締めのペースが緩やかになることを相場が織り込みに行っていると考えられる。1970年代後半のオイルショック後以来のインフレ高騰とこれを抑えるための急速かつ大幅な利上げについては、パウエルFRB議長が9月下旬にインフレを抑えるためにはリセッション(景気後退)も容認するとのシグナルを発していた。

 

FRBは12月から来年1‐3月期にかけて利上げを続けるものの、そのペースは緩やかになると市場はみているが、インフレが抑えられることを前提に、市場の焦点は数十年間続いた低金利時代が終わり、欧米などでの金利の急上昇が及ぼす影響へと次第に移ることが予想される。

 

ただインフレには不確実性が多く、ウクライナなど多くの地域で続く紛争やこれが食品、エネルギーの供給、確保、サプライチェーンの混乱に及ぼす影響などに引き続き留意しなくてはならない。11月初めの欧州は気温が例年よりも高かったようだが、ロシアへの制裁措置の見返りによる経済、インフレへの影響が米国以上に深刻な欧州では、ウクライナ紛争の長期化に反対する動きが広がっており、ウクライナへの支援もドイツやハンガリーの反対もあって次第に難しくなっている。今冬のエネルギー需要に対応するだけのガス備蓄は確保したとも言われる欧州だが、来春以降を考えると紛争長期化を避けることを望む動きは強まっている。

 

 

インドネシア・バリ島で先週開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)では、「大半の国がウクライナでの戦争を強く非難した」ものの「別の見解や異なる評価があった」とする共同声明を巡って合意が取り付けられた。また、これに前後してカンボジアで東アジア首脳会議(EAS)、タイでアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が開かれたが、こうした主要諸国による首脳会談では長年にわたり世界が抱える議題への対処に推進が見られなかったこともあって、今年に入ってアルゼンチン、イラン、エジプト、サウジアラビア、トルコなどBRICSへの加盟を申請する国が増えていることは注目に値する。

 

米中間選挙では、野党共和党による「レッドウェーブ」は起きず、与党民主党が上院で過半数議席を維持した一方、下院は共和党が僅差で過半数議席を獲得し、多数派となることでバイデン政権の主要政権課題の多くを阻止するよう動くことは必至で、ウクライナ支援を巡る議会のやり取りが変化する可能性もある。

 

 

今年に入って株価が急落したハイテク大手にここにきて前例のないようなレイオフの動きが広がることは厳しいリセッション、景気減速懸念を象徴するとみられ、バイデン政権も「ねじれ議会」において従来どおりにウクライナを資金、軍事面で手厚く援助し続けることは難しくなるかもしれない。米国内でも外交を通じた緊張緩和を求める声は軍部からも上がっているほか、ポーランドに着弾したロケット弾が当初はロシアから発射されたと米国メディアが報じたことから一時は第三次世界大戦のきっかけになりかねないとの危機感につながったことが示す極めて不安定な地政学的状況を脱するためにも、ブリンケン米国務長官にロシアのラブロフ外相との外交手段を通じて紛争を収拾させるよう圧力も強まっている。

 

日本の物価には、これに日米金利差を手掛かりに進んだ急速な円安ドル高による輸入インフレの圧力も加わったが、ドル円は150円を伺った後は140円前後まで円が急反発し、相場のテーマはこれまでの金利差拡大からシフトしつつある。インフレ抑制、リセッション回避という極めて険しい状況に直面し続ける米国の動向は、世界に重大な影響を及ぼすだけに、政治のダイナミクスも金権政治から児童税額控除や富裕税を盛り込んだ経済対策により集中できるような環境へとシフトし、生計費への負担が少しでも軽減されることを願うばかりだ。