今月11日時点の米バイデン政権に関する支持調査は支持56%、不支持40%(ポリティコ/モーニング・コンサルト調査)だった。同調査によると、国が正しい方向にあるかという質問には賛成、反対とも50%となった。政権発足から100日間で新型コロナ対策法1.9兆ドル(約200兆円)の成立にこぎつけた新政権は、コロナの国内ワクチン接種が目標の2倍以上のペースで進んだと強調した。

 

議会では、労組組成を支援する法案(PRO Act)や子どもや家族に投資する法案(American Families Plan)など急進派のアジェンダが相次いで提示され、変化の兆しが見られた。ただ、これらの法案の成立には重大な障壁が立ちはだかる。オバマ政権時に副大統領を務めたバイデン氏の揺るぎなき決意なくしては、将来振り返ってみると、バイデン支持はすでにピークを迎えていた、ということになりかねない。

上院では長年にわたりフィリバスター(議事妨害)が行き詰まりを招いた経緯がある。同規則によると、法案を通過させるためには全議員の5分の3以上(60議席以上)の支持が必要となる。つまり、超党派の支持が得られる法案以外は廃案となる状況が続き、富裕層や企業の減税、軍事予算の拡大のみが議会を通過するようになっている。今年になって打ち出された数々の法案もまた、この慣習を打破することなくして議会を通過することは難しい。

 

民主党、共和党がいずれも50議席を占める上院では、法案を成立させるには与党全員に加えて野党から10票を獲得しなければならない。だが、少数党院内総務のミッチ・マコネル上院議員(共和党、ケンタッキー州)は「バイデン政権が提示する法案は全て阻止する」と息巻く。さらに、急進派が推進するアジェンダは民主党内でも全面的な支持が得られないことが多い。その意味で、与党では予算委員長のバーニー・サンダース上院議員(無所属、バーモント州)とフィリバスターの改正に消極的なジョー・マンチン上院議員(民主党、ウエストバージニア州)がしばしば議事進行や法案通過のカギを握る。

 

マンチン氏ら中道派の支持層が急進派の政策を受け入れる見込みが薄いことは、米国政治の膠着につながっている。バイデン氏にこの状況を打破する決意があるかは不明だが、これなくして変化を促すことは不可能に近い。

 

フィリバスターの見直しなくして変化を促す見込みは薄いが、こうした法案の行方は、2022年の中間選挙に大きく影響する可能性がある。新型コロナのワクチン接種が進み、パンデミックの悪夢から抜け出しつつある国民だが、若者などを中心に今後の議事の行き詰まりに対する視線は一段と厳しくなる見込みで、こうした法案へのスタンスが選挙結果に反映されることも考えられる。

昨年12月、新型コロナ対策として政権発足後100日間に米国内で1億回のワクチン接種を目指すと明らかにしたバイデン氏は、4月下旬には接種数がその倍にあたる2億回に達したと発表した。人口3億3000万人の米国では、ワクチンに消極的な成人以外はほぼ接種を終えたことになり、疾病予防管理センター(CDC)はマスク着用に関するガイドラインを緩和している。

 

米国株式市場はすでに脱パンデミック経済を先取りしており、相場はインフレ懸念を材料とするまでに変化している。ワクチン接種を通じてコロナに収束の糸口が見えてきた国が増えた一方、インドやブラジルなど、ワクチンを十分に確保できないまま変異種の脅威にさらされている途上国もあり、グローバルにみると総じて厳しい状況にあることは変わらない。

世界の推定ワクチン需要は100億~120億回分だが、残念ながら、ファイザー、モデルナともにこの需要を満たすような生産計画を持たない。ちなみに、ドイツのバイオンテックと組むファイザーは、2021年の生産見通しを20億回分としている。このペースでは、一部の国は本格的なワクチン接種に2023年まで待つことになる。

 

製薬会社には「人命と企業利益のどちらを優先するか」という判断が求められるが、今回のパンデミックはその重要性を一層鮮明にしている。新型コロナのワクチンは、従来の感染症への対応と比較すると驚異的な早さで開発、認可申請がなされ、緊急承認措置が適用された。これによってイスラエルを皮切りに米国、英国など先進国を中心にワクチン接種が進んだ。しかし、インドなどワクチンを確保できないまま感染が爆発的に拡大している国では、イギリス株よりも感染力が強いとされる変異種(インド株)が確認されるようになった。

今後もさらに強力な変異種が発生、感染していく状況を避けるためにも、ワクチンなどを世界に広めることが肝要となっている。ただ、ファイザー、バイオンテック、モデルナらにこの取り組みを進めるインセンティブはないようだ。ファイザーのフランク・ダメリオ最高財務責任者(CFO)は4月の投資家向け電話説明会で「フランチャイズの耐久性」に言及、先進国において毎年ワクチン補助剤を接種する必要性が生じることが同社の収益を押し上げると説明した。

 

中でも気がかりなのは、ダメリオ氏が既存ワクチンの有効性を脅かす変異種が海外で発生する可能性に言及したことだ。率直にいって、これは世界の需要に沿ってただちにワクチンを供給することが同社の収益にとって好ましくないことを示唆している。


財界全体では、ロックダウンを要するような感染症の発生は大半の企業の収益に甚大な悪影響を及ぼす。対照的に、ファイザー、モデルナなどワクチン供給企業の収益には好影響を及ぼすことは無視できない。

 

こうした状況とは別に、ワクチン接種を希望するかは個人の判断に委ねられるとされているが、ポストコロナの多くの事象に関してワクチン接種が条件に加わるようになれば、こうした個人の判断に影響が及ぶことになる。さらに、ワクチン接種を望まない人に同調圧力がかかる場合には倫理上の問題も生じることにも配慮が望ましい。

 

国別の人口当たりワクチンを1回以上接種した人の比率

命と収益とのトレードオフという観点では、新型コロナの予防や重症化の回避について有効性を示すイベルメクチンなどジェネリック薬の扱いや、これを巡る各国および世界保健機関(WHO)など国際機関の対応からも目が離せない。

 

ワクチンが行き渡っていない国のうち、インド、フィリピン、ジンバブエなどでは、新型コロナの予防、治療にイベルメクチンが有効だとの発表がなされている。しかし、WHOは4月、データ不足を理由にイベルメクチンを治験のみで使用すべきとのガイドラインを示した。

東京都医師会の尾崎治夫会長は3月、治験段階にあるイベルメクチンについて、その結果を待たずに「緊急使用」を認めてほしいと述べた、と新潮デイリーは同月伝えた。

 

バイデン政権が、製薬会社によるワクチン関連の知財権放棄を支持したことや、未使用ワクチンの海外提供方針を示した背景にはこうした事情がある。インドのジェネリック薬メーカーなどの生産を可能にする権益放棄について、製薬大手やドイツなど欧州諸国は否定的だ。

 

しかし、今後も命か収益かというトレードオフが問われるおぞましい状況が続くのであれば、製薬ビジネスモデルや管轄当局、国際機関の在り方を見直す必要があると言わざるを得ない。こうしたトレードオフは、気候変動など他の課題にも当てはまる要素であるため、医療や製薬、医療保険を利益追求型の民間企業に委ねるか、あるいは公益と位置付けて法整備を調整するかを含めて、今後の対応や進展を注意深く見守りたい。

 

メキシコとイスラエルの死亡者数推移

また、新型コロナの発生源を巡っては、ここにきて武漢の研究所説が再び注目されるようになった。トランプ政権時には、「チャイナウイルス」という政治色の濃い論調への反動から一蹴された問題だが、最近は科学的見地から問題提起がなされている。

この研究所で行われていた優勢遺伝に関する研究を巡っては、レーガン政権以来の全政権の顧問を務めた米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の アンソニー・ファウチ 所長の関与も含めて、さらなる精査が望まれる。発生源について、動物からヒトへ感染した公算が大だとするWHO調査結果が3月下旬に発表された。

 

しかし、その直後にWHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェソス事務局長は「引き続き全ての仮説を念頭に置く」と述べていた。さらに、ここにきてファウチ氏自身もさらなる調査の必要性に言及するようになった。