先月20日に就任したジョー・バイデン米大統領は、直ちに世界保健機構(WHO)やパリ協定への復帰、ムスリム禁止令の廃止、マスク着用の義務化などの大統領令に署名した。新型コロナウイルスの死者数が40万人を超える米国で大統領職と上院、下院の過半数議席を得た与党民主党は、救済策や経済対策を進める上で2009年以来となる絶好の機会を迎えた。政治的意思さえあれば、バイデン氏は今後100日前後に新型コロナによる不況や失業、立ち退きに直面する人々を支援、救済することや、構造問題に着手することもできるだろう。

 

新大統領の就任式を欠席するという前代未聞の形で任期を終えたドナルド・トランプ前大統領は、大統領選におけるバイデン勝利にあくまでも不正を訴えたあげく、先月6日にはその支持者が議会議事堂を襲撃するという米国史上前例のない事態を招いた。このため、トランプ氏は共和党内でも議会を仕切るミッチ・マコネル上院院内総務の批判を受けた。また、民主党はただちに同氏に対する2度目の弾劾訴追に動いた。上院では今月中にバイデン政権の人事承認やコロナ対策に関する法案審議とともに前大統領の弾劾裁判の審議入りする。

 

先月上旬のジョージア州の上院決選投票では、民主党の新人2人が予想外の勝利を収めた。共和党が強い南部州での現職2人からの奪還によって、定員100人の上院は共和50、民主50のタイになった。このため、過半数を必要とする議決では上院議長であるカマラ・ハリス副大統領の1票が決定票になる。

 

バイデン氏は、同州で行った応援演説で国民への直接給付金2000ドルの即時支給に言及した。民主党の直接給付金への言及は、パンデミックの影響に苦しむ多くの有権者が両候補に投票する上で1つの決め手になったようだ。

 

しかし、選挙後は2000ドルが「12月の経済対策に盛り込まれた600ドルに1400ドルを加えるもの」に、支給時期が即時から3月、4月へと変化し、人々の怒りを買っている。直接給付金の件では、中道派のジョー・マンチン上院議員(ウエスト・バージニア州)は当初、給付金2000ドルに反対する姿勢だったが、地元で強い反発を受けると見解を「反対したことはない」と改めた。

 

昨年3月の2.2兆ドルの新型コロナウイルス対策法(Cares Act)に盛り込まれた直接給付金1200ドルは、バーニー・サンダース上院議員(無所属、バーモント州)の「パンデミック収束まで1カ月ごとに2000ドル」というベーシック・インカム型の給付案には遠く及ばなかった。それでも、米国で初めて国民に直接給付金を交付した大統領となったトランプ氏は、大統領選で前回を上回る7000万票以上を獲得し、白人至上主義を掲げるにもかかわらずアフリカ系、ヒスパニック系の票数が増えた。ヒスパニック系の票を得るにはメキシコ国境沿いの壁建設構想がマイナスに働くと考えがちだ。しかし、実際にはこの取り組みが国境沿い地域の雇用創出につながり、票数拡大に寄与した。

 

下院でもかろうじて過半数こそ保ったものの議席数を失った民主党は、前回のヒラリー・クリントン氏の予想外の敗北を払拭するような圧勝をしたとはいえない。

 

民主党を席巻するのはクリントン、オバマ、バイデンなど中道派だ。主流派は、ウォール街や製薬、保険、軍需関連の企業資金をバックに、企業や富裕層の減税や軍事予算では共和党と足並みを揃える超党派政策を推進、「左系メディア」の論調をテコに勢力を保っている。

 

大統領選に先立ち、民主党候補を決める予備選では序盤にサンダース氏がバイデン氏を大きくリードした。医療の国民皆保険制度(メディケア・フォー・オール)や最低賃金水準の引き上げ、連邦雇用保障、大学学資ローンの返済免除、気候変動対策の推進、犯罪司法制度改革、大麻合法化など支持率の高い政策を提唱するサンダース氏に対する支持者の期待は、昨年2月のネバダ州の予備選にかけて今までになく高まった。

 

しかし、金権政治の一掃を目指すサンダース氏の台頭を脅威とみなすエスタブリッシュメントは、他の候補が軒並み伸び悩むとバイデン支持へと舵取りを切った。オバマ氏は、他の有力候補に大統領候補選からの辞退を促し、同意を得ることでバイデン氏への一本化を一気に進め、結局急進派の勢いを阻止した。サンダース氏が最後の討論会で「友だち」と称したバイデン氏の支持を表明したことに支持者は失望した。

 

それでも、バイデン政権下でサンダース氏は上院予算委員長という要職に就く。長年の超党派政策で蚊帳の外に置かれた人々、特にコロナによって一段と深刻な状況に置かれた向きの間で蓄積した不満を、平和的に鎮静化するような政策を推進する上で鍵を握るのはサンダース氏になる公算が大だ。議会では小勢力にすぎない急進派だが、党派を超えて有権者の支持を得ている政策をどれだけ推進してゆくかは今後の政局を見極める上で1つのカギになる。

 

米国における富の極端な集中は、コロナ禍で大量の失業や住居立ち退きを招き、経済のかなめである消費活動にも影響が及んでいる。昨春のコロナ対策では株価維持や企業支援に重点が置かれた。失業保険申請件数が数千万規模になる中でこうした政策の恩恵を受けた超富裕層の資産が軒並み増加したこともまた、不満がつのる要因になっている。

 

先月6日の連邦議会議事堂襲撃事件について、トランプ政権の元幹部は、前大統領は大統領選の結果を不正と位置付け、支持者を利用して議会の(バイデン氏)承認プロセスを遅らせようとした、と述べた。この事件を受けて長年の支持者による共和党離れの動きもみられる一方、弾劾裁判については、マコネル氏を始め党内でも支持が出ている一方、上院共和党の大半はトランプ支持に回る見込みだ。

 

コロナ禍で苦境にあえぐ人々は支持政党を超えて多い。トランプ政権の救済策では、景気悪化、失業急増にかかわらず株価は下支えされ、富裕層の資産は膨張した。バイデン政権がこうした構造的な歪みに対応することなくして平常通りを装えば、現状に不満を抱く新しい超党派のうねりに巻き込まれるリスクがある。そうでなくても、長年の教育や科学的知見を軽視する方針が国力をむしばんでいることに留意すべきかもしれない。

 

バイデン政権は、気候変動担当大統領特使にジョン・ケリー元国務長官を任命した。オバマ政権時よりも機関投資家による化石燃料からのディスインベストメントや掘削、パイプラインの開発中止では進展がみられることもあり、クリーンエネルギー政策による経済や雇用への好影響が鮮明になればコロナ禍を脱する上で重大な要素になることも考えられる。それでも、急進派が提唱する包括的決議「グリーン・ニューディール」が党内で幅広く受け入れられたわけではないだけに、気候変動による壊滅的な悪影響を食い止められるか注視する必要がある。

 

一方、コロナ禍での国民皆保険のない医療制度は、失業によって健康保険をも失った人が多いだけに、一触即発の危機的事態につながりかねない。バイデン氏は国民皆保険を支持していないだけに、今後のワクチン接種状況は政権の行方を左右する要素になるかもしれない。