大統領選の投票日を11月3日に控えた米国では、民主党候補のジョー・バイデン前副大統領が支持率で現職のドナルド・トランプ大統領に大差をつけている。今後2週間余りで状況が一変する可能性は残るものの、2016年の大統領選では事前調査で優勢だったヒラリー・クリントン氏を破る番狂わせを演じたトランプ氏にとって、現職大統領の実績が問われる今回の現状は極めて厳しく、通常は共和党が強い選挙区でも苦戦を強いられる様相を呈している。

CNNの10月上旬の全米調査では、バイデン支持が57%で、トランプ氏を16ポイントリードした。

 

トランプ氏は、コロナについて対策や適切なメッセージを一貫して打ち出せてこなかった。バイデン氏との初の討論会では、4年前にしばしば見せたようなウィットは影を潜め、相手や司会者の発言をさえぎる場面が頻発し、詭弁や中身に乏しい発言に終始、「史上最悪のディベート」という評価もなされた。

討論後には、新型コロナ検査でトランプ氏自身や夫人、複数の側近の陽性が判明した。入院中のSUVでの一時外出や退院後のホワイトハウス前でのマスクを外す様子は、周囲を感染の危険にさらすようにも見えた。トランプ氏による他者への感染リスクはない、と担当医師は先週述べたが、検査が陰性だったかは示していない。

 

極めつけは、追加刺激策に関して、大統領選で「自分が勝利するまで」はない、とツイートしたことだった。これを受けてダウ平均は1時間弱で400ドル下落した。あわてたトランプ氏は、成人への1200ドルの追加給付について大統領令を発する意向を示したものの、後の祭りだった。その後、ワシントンポストは、トランプ氏がミッチ・マコネル上院院内総務から「(ナンシー・ペロシ)下院議長の案が上院を通ることはない...」と電話で伝えられた後にツイートした、と報じた。

コロナ禍で、全米の中小レストランの50%が閉店のリスクを抱えるといわれるほか、失業や家賃の支払いに苦しむ数千万の人々がいるにもかかわらず、議会は経済政策よりも選挙前の最高裁判事の任命を優先するかまえだ。これはトランプ氏にとって大打撃になりかねない。共和党の上院での過半数議席を維持を危惧する見方もある。

 

トランプ氏はコーポレートメディア、特にCNNなどリベラル系をしばしば目の敵にしてきた。

 

9月27日のニューヨーク・タイムズは、トランプ氏が大統領選に勝利した2016年に納付した連邦所得税は750ドル、翌年も750ドルだったと報じた。また、過去15年のうち10年は損失が収入を上回ったために納付額はゼロだったという。トランプ氏はこの記事を「フェイクニュース」と位置付けたが、これまでと同様に、自身の主張を裏付ける納税記録は開示していない。

 

フェイクニュースという文言をトランプ氏が用いるのは、しばしば本人にとって都合の悪い記事だ。一方、メディアの方にも、ロシアゲートの共謀疑惑を取り上げる際には、同氏にフェイクニュースを位置付ける余地をもたらしたものもあった。

過去に安定的な収益を享受していたコーポレートメディアの観点からみると、デジタル広告収入の大半をグーグル、フェイスブックなど巨大テクノロジー企業が占めるデジタル時代への変化に対応しきれない中、ここ数年の収益に「トランプ」は大きく貢献している。

 

前回の大統領選に「既得権益の打破」を唱えて挑み、共和党や民主党のエスタブリッシュメントに勝利したトランプ氏と、コーポレートメディアとの関係を巡っては、9月に興味深い録音テープの存在が明らかになった。

 

これは、2016年当時のトランプ氏の個人弁護士、マイケル・コーエン氏とCNNのジェフ・ザッカ―社長など幹部との会話のテープだ。今やアンチトランプの1つの象徴になった感のあるCNNだが、テープでは、当時はトップ幹部がトランプ氏を大統領選に関して励まし、CNN主催の討論会で成功するためにアドバイスしたことも示された。

 

フォックス以外のコーポレートメディアは、「トランプ」現象への言及を避けるためか、このスキャンダラスなテープをあまりカバーしていない。マスメディアがこのテープに言及した少ない例の中には、コーエン氏とCNN幹部の会話の内容を暴露したのがフォックスの人気コメンテーター、タッカー・カールソン氏だったことに着目したものもあった。

2016年、記者の間ではトランプ氏のナレーティブに変化が見られた。ジャーナリストのマット・タイビ氏は、見出しを日々にぎわせ、視聴率やPVを押し上げるトランプ氏の魅力に抗えずに、当初はポジティブな論調で過剰に伝えていたコーポレートメディアが、共和党候補に指名されたことを転機に、カバレッジの密度を維持しつつも同氏を非難するトーンに転じた、と指摘する。

 

このためか、ザッカ―氏がトランプ氏を嫌っている、とのイメージが浸透した。トランプ氏がCNNを再三「フェイクニュース」呼ばわりすることもまた、敵対関係の印象を色濃くしている。

しかし、このテープを聞くと、長年の付き合いがあるザッカー氏とトランプ氏の関係に政治や個人的繋がり以外のものがあることも分かる。ザッカ―氏をめぐっては、NBC在籍時にリアリティ番組「アプレンティス」の主役にトランプ氏を起用した経緯がある。同番組は、トランプ一族やその慣習を視聴者に訴求することに大きく寄与したと考えられる。

 

コロンビア大のジャーナリズム・レビュー(CJR)が2016年の大統領選後に行った研究は、「トランプは、選挙序盤には歯に衣を着せぬ発言で好感を持たれる部分もあったが、投票日が近づくにつれて、真実を折り曲げる人物という描写が増加し、個人のキャラクターに関するネガティブなカバレッジはポジティブなものの6倍にのぼった」ことを示した。

 

CNNとトランプ氏はこれまで、ベイビーフェイスと悪役の役割を代わる代わる担ってきたが、これは現代の「WWE政治」「利益のためのヘイト」に根ざしたメディアの主な収益源へとつながっている、とタイビ氏はいう。

大統領選はバイデン優勢となっている。コロナ禍で期日前・郵便投票の比重が増すため、結果は投票日当日に判明しない公算が大きい。また「真実を折り曲げる人物」が結果を受け入れない可能性も否定できない。

 

それでも、バイデン政権が誕生すれば、WWE政治の側面は薄れるかもしれない。しかし、利益のためのヘイトが一掃されるかは不明だ。たとえば、民主党内の論争を巡るメディアのカバレッジへの不満は、有力ポッドキャストやユーチューブチャンネルに人気が集まる要因の1つだ。事実を伝えるというメディア本来の使命を、米国ではジョー・ローガン氏やジミー・ドア氏など人気コメディアンが担う側面もある。

編集、収益の両面でここ数年は「トランプ」に大きく依存したコーポレートメディアをめぐっては、今やメッキのはがれた感のある「右のフォックス」「左のMSNBC」などの看板に変わるような編集方針の見直しが急務となっている。デジタル時代に淘汰される危機を迎え、若い購読者層の開拓という課題を乗り越えることに苦戦しているコーポレートメディアは多い。